伯爵
顔には出ないように気を付けたが、どうしても失望の色が出てしまっていたかもしれない、伯爵ですらそうなのだから、ヒルデガルトはなお露骨だった。
テオはテオで自分に向けられたヒルデガルトの視線からいたたまれなさを感じていた。とっとと挨拶だけ終わらせて王都に向かうのがお互いのためであろうと考えていたが、そこで伯爵から晩餐会と一泊の提案を受けた、断ることもできず提案を受け入れたが、晩餐会にヒルデガルトの姿はなかった。
晩餐会のテーブルで伯爵は盛んに先代との武勇伝を語っていた、話のとっかかりから少しでもこの新領主がどんな人物なのかを探ろうとしての行動であった。
「そなたの父上であるレギナント殿にはどれだけ戦場で助けられたことか、合流の予定がまったく現れずイライラしていたら、かなり遅くなってからヒョッコリ現れたもんだから嫌味の一つでも言ってやろうと思っていいたんだよ、そしたら『いや~こいつ捕まえるのに手間取っちまってどうもすいません』って言って縛り上げられた敵の大将を担いできたもんだから唖然としたよ、あの時はたしかカイ、君もいたよな?」
「はい、よく覚えています、あの後の3日3晩続いた盛大な祝賀会もよき思い出です」
過去を懐かしむような目でカイが応じると、テオも続けて応じる、
「たしか25年ほど前の戦役の話ですよね?今回王都行きのメンバーの中には当時参加した者もおり、村でもよく自慢話を聞かされたものです」
「さもあろう、ただ本当に恐ろしいのはそれと似た事を3度に渡って行い、味方から一人の死者も出さなかった事だ、死神の化身と恐れられ、鴉と死神の旗を見ただけで震え上がったものだ、私ももし敵だったらと考えただけで頭が痛くなったよ」
「私は父には遠く及ばないでしょう、若輩な上に騎士としての教育等まったく受けておりません、どうか折に触れご指導の方よろしくお願いいたします」
こんなテーブルの上での会話ではどれだけの素養があるのかは分からない、ただ少なくとも『そこまで馬鹿ではなさそうだ』というのが伯爵のここまでの印象であった、もし未来の伯爵がこの時点の伯爵に助言をするなら、「説き伏せてでもヒルデガルトを説得し、一緒に王都に連れて行け」と言ったであろう、死神と恐れられたレギナントに互する才があることが発覚するのにそこまでの時間はかからなかったのだから。
「代替わりの承認のために王都で陛下に謁見する必要があるが、中央につてはあるのかな?」
唐突に聞かれテオは一瞬思考停止した後、チラっとカイを見たが、カイも困惑した顔で戸惑っている様子がうかがえた、すると伯爵はそれを見逃さず、
「いや、レギナント殿も戦は滅法強かったが、中央と関わるなど政治的な立ち回りはひどく苦手としていたからな。王都まで私が同行しよう、手続きなど中央とつてのある私が動けば早く済むだろう」
「ああ・・・感謝いたします」
そこまでやってもらっていいものだろうか?と、疑問に思いつつも申し出は素直にありがたかったので謝意を述べその好意を受けることとした。
「病床のレギナント殿から、自分の没後の事は頼まれている、後見としていくらでも力を貸そう、困ったことがあったら頼ってくれて一向にかまわないからな」
「ありがとうございます、深く感謝いたします」
伯爵としては、この時100%の好意からこの申し出を行ったのではなかった、うまく恩を売れば寄騎として部下のように使えるかもしれない、新たに嫁の世話をするに際して伯爵令嬢よりはるかに格下の嫁を世話することになるかもしれない後ろめたさ等がこの申し出に根幹をなす部分であったと思われる。それでも彼は後に「もっと恩を売っておけばよかった」と少し後悔することになる。