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レイヴン戦記  作者: 一弧
第一章 急転
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悪夢

 エンゲルベルトは愕然としていた、最後の補給を終え村へと突撃をかけると、予期せぬ奇襲攻撃に右往左往しながら逃げ惑うレギナントを生け捕りにして、自らの味わった屈辱をそっくり返す、そんな夢を見ながらの足取りの軽い行軍であったが、最終補給ポイントにおける部下の報告、自らの目による状況確認により呆然としてしまった。



 軽い足取りで行軍をを行うエンゲルベルトの元に血相を変えて、偵察に出していた兵が駆け寄ってきた、


「たいへんです!補給小屋の食料が消失しております、そしてこれが・・・・・」


 オズオズと差し出された手紙には、あまり綺麗とは言えない文字が血で書かれており、内容を読むと怒りで我を忘れんばかりとなった、


『親愛なるエンゲルベルト廃太子閣下に御礼申し上げる、

 食料物資の援助まことにかたじけなく候

 ごちそうさまでした♡

 あなたの親愛なる テオドール・フォン・キルマイヤーより愛を込めて♡』


 怒りで紅潮しながら、偵察兵を怒鳴りつける、


「見張りはどうした!交代要員もふくめ4人置いてあったはずだぞ!」


 言いずらそうにしながら、うつむきがちに回答する、


「切断された首がテーブルの上に置かれており、壁には鴉の死骸が張り付けられておりました・・・・・」


 そこまで聞くと小屋へ向かって駆け出していた、ほどなく見えてきた小屋に駆け込むと中は血の臭いで充満しており、血の乾き具合からしても殺されてそう長くは経っていない事が容易に想像できた。中の惨状を見ると、彼は小さくつぶやいた、


「奴のやり口だ!」


 扉を乱暴に閉め外に出ると、主だった者達が不安そうな面持ちで次の指示を待っていた、どうするべきであろうかと逡巡したが、まずは落ち着いて現状認識であろうと、


「ゲルトラウデ、兵糧の残りの状況はどうなっておる?」


「はっ!各自3日分ほどかと!」


 この回答を得て、エンゲルベルトは計算を開始した、もし今から引き返すとなると、山間部を抜け最も近い村まで10日以上の日数がかかる、どうやっても間に合うものではない、しかも敵がここの様子をうかがっているとなると、追撃も予想される、弱り果てた軍が背後から追撃を受けたら全滅は必須、それならば、あと5日の行程で到着するアルメ村を陥落させ、そこで食料を得る事に望みを託す方が確率が高いのではないだろうか?3日分の食料があるなら、少し節約すれば5日くらい持つのではないだろうか?彼の考えは進軍へと固まり、その考えを皆に告げた、後が無くなった緊張感からより一層の闘志をその目に宿していた、そんな兵士達をゲルトラウデは冷めた目で見ながら、どうせ、昂った劣情をまた自分にぶつけることになるのだろうと、今夜も多数の男達の慰み者になる事を予想し憂鬱な気分になっていた。

 余談にはなるが、戦後この時の選択肢について、カイがテオドールに質問した事があった、『あなたならどうされますか?』と、彼の回答は明白なものだった、『食料のみを持って、武器防具を捨てて全力で逃げる、もし追いつかれたら白旗を挙げて降参だね』その答えに対しカイは何も言わなかったが満足そうな笑みを浮かべていた、なぜならその回答は、はるか昔にレギナントが出した回答とまったく同じものであったのだから。


「警戒を倍に増やせ!奴らはここぞとばかりに奇襲、夜襲をしかけてくるぞ!仕掛けのわかった戦術なら対応は容易!返り討ちにしてやれ!」


 エンゲルベルトの激に対して士気高く兵達は応じるが、ゲルトラウデはまったく異なる事を考えていた。まずアルメ村攻略作戦の肝は村への奇襲が成功するか否かに全てがかかっている、この軍の存在を知られる事なく、村付近へ近づく事が絶対条件なのである、見抜かれて対応を練られてしまっているならもう勝機は無に等しいはずである。もしこちらの存在が知られてしまった場合、300名の食料不足に陥った兵士で、村民数300名前後の村を陥落できるのであろうか?村側は非戦闘員を多数抱えているだろうが、籠城作戦をとられたら食料のあてのないこちらは簡単に自滅するだろう、バカなのだろうか?自分が敵の指揮官ならこの状況であえて夜襲をしかけるようなマネはしないだろう、勝手に敵影に怯えて自滅するのを高みの見物でもしていればいいのだから。村の構造や建造物の配置までは知らないが、山中にあり天然の要害として機能させるのは容易であると考えられ、壁を盾にしながら持久戦に持ち込むだけで、凡将といわれる者でも容易に勝利できるように思われた。そういった15の小娘にすら思いつくような事すら思いつかない父に心底嫌気がさした、もはや長年の鬱屈とした歳月が冷静な判断力を奪ったとしか思えなった。それももうすぐ終わる、楽になれる、それだけが彼女の唯一の心のよりどころだった。


 夜の見張りは50名が歩哨に立ち夜襲を警戒していた、戦力の16%にも及ぶ人数を警戒にあてるのは過剰であるように思われたが、今までの戦いで散々奇襲攻撃や夜襲攻撃に悩まされたエンゲルベルトにとってこれでも足りないくらいであった、いっそ全員で寝ずに待ち構え、夜襲してきた敵を全滅させ一気に勝負を決するのはどうだろうか?等と考えもしたが夜間の戦闘では敵を全滅まで持っていくのは厳しいと考えなおし、警戒要員以外もすぐに戦闘対応できるよう、武器を手元に置き、防具を身に着けての就寝を義務付けた。

 そのようなピリピリとした状況で眠れるはずもなく、自ずとゲルトラウデの所に向かう男達が列をなし、順番を巡って喧嘩騒ぎが起きたり、小さな物音を奇襲と思い込んでの同士討ちが発生したりで、一晩だけで10人が戦闘不能の状態になった。

 その状況を見て、ゲルトラウデは心中で呟いた、『バカしかいないのか・・・・』と。


 一夜明け、被害内容は味方同士の物ばかりであった、敵の影も形も見えなかった。この結果に対してエンゲルベルトはテオドールという男の人物像が分からなくなった、それまではレギナントのような人物と見ており、奴ならば絶対に奇襲攻撃を仕掛けて来ると予想していたが、それが全くないとなると一体どのよう人物であるのか見当がつかなくなってしまっていた。本人の中ではレギナントと何度も戦いレギナントの事を深く理解しているつもりになっていたが、表面的な理解にとどまり、本質的な理解が全くできていなかった事に本人は終生気付くことはなった。『相手の嫌がることをやりましょう』彼の戦術の本質はこれであり、今まさに最もイヤな戦術をとられている事にも全く気付いていなかった。

 結局今夜こそ来るだろう、今夜こそ来るだろう、と同じことを毎晩繰り返し、村のすぐ近くに着いた時には憔悴しきっていた。中でもゲルトラウデの消耗は激しく立っているのがやっとで、短槍を杖代わりに体を支え辛うじて立っていた、『死神と天使はどう違うのだろうか?』そんな事を考えながら、村の入り口に掲げられた鴉の旗を彼女は見つめていた。



 

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