臣従と別離
オトリシュ陥落その報を受けるとルディガーはフェルディナントの処遇についてどうしたものか考え出してしまった、娘とも相談したが、特に愛情らしきものもなく、これで縁が切れるならそれで結構と言う非常に素っ気ない反応であった。子もなくそれほど関係が良好ではなかった事が伺えたが、そうなってしまうとフェルディナントを匿い支持する理由も薄らいでしまう。
エルザスの新王はまだ幼くどのような人物に成長するかは未知数であるが、少なくともその父で今回の騒動で実権を握る事になるであろう人物の噂は隣国であるカリンティアにも伝わってきている、『常勝不敗の死神』噂には尾鰭がつくもであるとは思っていたが、侵略された状態から敵国の第二都市を陥落させる手腕はその噂の真実性を限りなく高めているように思われた。
もし現在の状況で四ヶ国同盟を結べばどうなるであろうか?領土の多くを占領下におかれたガリシはまず最初の標的とされる事になるであろう、その同盟へ参加することで他国に矛先が向く可能性に賭ける可能性はそう高くないように思われた。そもそも自国の利を最優先に考えるのが普通であり、足並みを揃えるように侵攻するとは思い難い、どこかが侵攻を開始し、その隙に防衛の穴がありそうなら漁夫の利を狙うかのように侵攻しようとするのが関の山であるように思われた。
むしろ、エルザスとの同盟を強化しガリシを切り取った方がよほど利益は確定しそうな気さえした、以前からガリシとの関係は良好とは言い難く国境地帯における小競り合いは頻繁におこっていたため、助ける義理など皆無と言ってよく、侵略する口実ならいくらでもある状態だった。
そんな中でフェルディナント宛に来た急使が齎した内容は驚愕に値するものであった、自分を罠に嵌め追い落とした者からの同盟提案、あまりにも都合のいい提案であるとしか思えないものであったが、復権の機会を得るためには落ち目の二人が手を組むことは悪い事ではない気もした、問題はお互いに全く信用していない事であり、破たんする事が目に見えた同盟では先が知れていた、しかし厄介払いができる丁度いい機会でもあったので、本人が乗り気であればそのまま送り出してやるつもりであったが、その際のフェルディナントの提案は完全に意表を突くものであった。
「ガリシ軍1万も同行してくれるそうですので、つきましては食料、糧秣の援助をお願いできませんでしょうか?復権なった暁には十分な御礼をさせていただきますので」
その提案を受けた時すぐには理解が追い付かなかった、正に裸の王様ともいうべきフェルディナントに何故付き従おうとするのか、しかも彼らは本来ガリシの兵であり、特にフェルディナントの為に戦う義理も義務もない者達であるはずなのに、何故付き従うのか全く理解が追い付かなかった。
本人に聞いても皆簒奪者に対しての義憤に駆られての行動であるというだけであったが、そんな都合のいい話があるわけもなく、どのような詭弁を用いて1万の軍勢を手に入れたのか最後まで分からなかった。
食料と糧秣を手に入れ解除した武装に関しても国境付近で返還される約束を取り付けエルザス国境を目指す一行であったが、完全に無表情なフェルディナントに付き従うゼルマンもまた不機嫌な顔をしていた。
フェルディナントに最早利用価値はなく、せめて1万残った兵力を率いて本国に帰ろうとしていたゼルマンにフェルディナントは送別の宴と称して小さな別離の会を設けた、恨みはあっても恩があるわけでもない自分達とそのような席を設ける事に不信を感じてはいたが、基本的に敵国の中でありどうしようもないという開き直りの下で語られたフェルディナントの言葉は皆を怒らせるに十分なものであった。
「ここでお別れする事になりますが、皆様のご冥福を心よりお祈りさせていただきます」
その第一声を聞き殴り掛からんばかりに激高する者もいたが、ギリギリのところで抑えゼルマンは真意を問いかけた。
「どういう御冗談ですかな?」
「え?何が冗談なのですか?」
さも不思議そうに質問を返すフェルディナントにさらにイライラを募らせるが、それでも冗談でも嫌味でもないとすればどんな真意があるのかを重ねて問いかけた。
「どうも禅問答のようなやり取りは苦手でしてな、真意をお伺いしたい」
「簡単ですよ、ガリシでは第二都市オトリシュが陥落したそうですね、陥落の理由は色々挙げられるでしょうが、国内の4万の軍勢引き連れでエルザスに侵攻し、なんの成果も出せず3万の兵を失い帰国、国内が手薄になったせいでオトリシュは陥落したのだと責任を押し付けるには格好の相手だと思いませんか?」
自分達遠征軍の将校に敗戦の全責任を押し付けられ処刑される可能性は極めて高い事は予想できた、フェルディナントの言葉の真意が分ると腹立たしさはあっても明確な反論もできず、嫌味を返すくらいしかできなかった。
「裸の王様は目の付け所が明敏ですな、それで王座を失っているのですから滑稽とは思いませんか?」
「鴉の目が予以上に明敏であったという事であろう、鴉が光物を好むのを知らなかったかね?」
鴉がガラス片やコインなど光に反射し輝く物を集める習性がある事は知っており、鴉の巣に宝石があったなどという話すら聞いた事はあった、その鴉とテオドールの事を掛けて話している事は理解できたが、その口ぶりに口惜しさは感じられず、むしろ楽しげですらあった。
「嫌味の言い合いにこの席を設けたのではないと思いますが、何が目的なのですかな?」
「単刀直入に言おう、予の配下になれ」
その言葉に一瞬言葉を失ったが、すぐに嘲笑が沸き起こる。玉座を失い亡命中の王様、しかもその亡命先でも持て余し気味という悪条件を積み重ねた人物が何を偉そうに言っているのかと、笑いが起きるのが普通であることは皆理解していた。
「嫌なら好きに死ね」
その淡々とした発言に笑いは止まり殺気立った、立場をわきまえず偉そうな元国王に対し怒りが沸き起こるのも理解できた、しかし嫌味の一つでも言ってやりたいとの思いから、一人が言う。
「裸の王様についていって何かいいことがあるんですかな?」
その言葉に軽くため息を吐き頭の悪い人物に淡々と説明するように解説を始めた。
「国に帰り処刑されるか、予の配下となりエルザス奪還に協力するか、その二択しか選択肢はないように予は考えるが如何に?」
言語化され目の前に選択肢を提示されると確かに他の選択肢はないように感じられた、しかし理屈ではなく感情的な問題で納得がいかず、一人が声を荒げる。
「成功の見込みがあると思ってるのか?処刑が早いか遅いかの違いしかねぇだろう!」
「それがどうした?粛々と処刑を受け入れるか、奇跡の逆転勝利に賭けるか、これはそういう賭けだ、予に着いてくるなら勝利の栄光を保証せん!などとありえん嘘を言う気はないぞ」
黙らざるを得なかった、一見開き直ったかのような発言であったが、誇張に誇張を重ねたような内容であればいくらでも論破は可能であったろう、しかし奇跡が起きて初めて成立する勝利とまで言い切られてはそれ以上何も言えなくなってしまった。
「言いたいことは分かりました、しかし死に方を選びたいって気持ちもあるんですよ、実際の勝算は如何ほどと見積もっているんですか?」
フェルディナントはゼルマンのこの発言を聞いた瞬間己の勝利を確信した、嘲笑していた者達がその内容に興味を示しただけで、すでに勝負はついていると言ってよかった、ここまで来れば処刑か逆転勝利かの選択で粛々と処刑を選ぶ者など皆無であろうと考えられた。
「卿らはレイヴン卿についてどう聞いている?」
皆少し顔を見合わせるようにしていたが、代表するようにゼルマンが答えだす。
「血も涙もない死神の化身、悪い噂も聞くが一環しているのは戦に強いという点ですな」
「奴の祖父は傭兵、祖母は農民、そういう情報は知っているかね?」
「ああ、祖母の話は知りませんでしたが、祖父が傭兵から成り上がったって英雄譚は有名ですな、それがなにか?」
「此度王を僭称したグリュックは奴の子だ、そんな出自を持つ者を王として認めたくないと考える者は国内に少なくないとは思わんかね?」
「言いたいことは分かりました、しかし血が卑しいというだけで覆ると考えてるなら甘すぎると思いますがね」
「その王は5歳、権力を握るのはヴァレンティン、割を喰ってその構造に不満を持つ者が出てくることは予想できんかね?」
少し考えてしまった、政権が大きく変われば割を喰い権力の構造から弾き出される者は必ず出てくる、そういった者達の受け皿として旧政権の代表者が復権の旗を掲げればそこに集まる可能性は否定しきれなかった、それ以外にも不満分子を糾合する事に成功すればたとえ勝ち目は薄くとも0ではないことが予想された。
元々少し前まで政権の中枢にいたヴァレンティンが復権しただけなのだから、割を喰らう人間などそうは出ず、出自に関してもゼルマンが言う通り、血筋のみで領地も兵も失くした王に従うお人好しなどまずいないと言ってよかった。 大半はフェルディナントの詭弁であったが、ゼルマン達にとって目の前に迫った処刑に比べればその一縷の望みに賭けてみたいという心情から、その詭弁は魅力的な光を放っているように感じられた。
「あんたの配下になり、あんたが王になった暁にはどういった地位を保証してくれるですか?」
「大将軍の地位を保証しよう」
完全に落ちた瞬間であった、しかしゼルマンは全く異なる事を考えてしまっていた。ここまで切れる男が何故みすみすと王座を失ったのであろうか?と、全てを失った事により開き直り覚醒した彼の変化を元々の姿をほとんど知らないゼルマンには理解できない事であった。
オスカーの誘いに乗りアクサナを後にする一行を静かに見送る一人の女性がいた、彼女の名はカトリーン離縁はしていないため、現状でもフェルディナントの妻である女性であった。彼女はフェルディナントとアクサナで再会してからも個別で会見を持ったのは二度のみであった、一度目は最下位の挨拶を行った時、二度目は別離の挨拶に訪れた時のみであった。
素っ気なかった一度目の会見と異なり、二人だけで行われた二度目の会見は意外なものであった、フェルディナントの口から開口一番に聞こえてきたのは謝罪の言葉であった、自分の未熟さ故に夫婦の関係が良好とはいかなかった事、国を失い不自由な思いをさせてしまっている事、その他まるで気にしていない小さな事まで事細かに覚えており、ひたすら謝罪を行っていた。その様に違和感を覚えるのと同時にこのフェルディナントという男の本質、素の部分を自分もまた興味深く見ようとしてこなかったのではないだろうか?そんな疑問が自分の中に沸き起こるのを感じた。
国王という仮面を被らざるを得なかった少年はいつからか、素を表面に出せなくなっていたのかもしれない、もしこの二人が同じものを見て笑ったり泣いたりすることができていたら、子供の有無など関係なく良好な関係が築けていた可能性は極めて高かったかもしれない、そんな事を考えさせられる二人の会見だったが、別離の言葉で終了する事となった。フェルディナントがこれから行おうとする国の奪還は成功の可能性など奇跡にすがるほどの可能性しかなく、しかもこれから向かうオスカーの居城は完全な敵地といっていい場所である、そんな所に連れて行く事など絶対にできない相談であった。
彼にとって彼女への謝罪は今生での懺悔であったのかもしれない、これから死地へ向かう前に心残りを一つ片づけると、心なしかスッキリとした顔で部屋を退室して行った。
閨を共にし肌身を許す関係であった男に一片の情も持っていないわけではなく、最後の会見でその心情に触れると、どうしても涙が止まらなくなっていた、その止まらない涙の理由がもう二度と会えないという確信にも似た予感から来るだけに延々と止めどなく泣き続けるのみであった。




