幕間 聖職者たちの会議
創聖教会の総本山たる都・テプシオン。
そこでは連日、とある議題について話し合いがなされていた。
美しいステンドグラスに光が差し込む大講堂では幹部達が集められている。
議題はカルタス王国の北西・セリャエの街において復活した魔王についてだ。
「ですから、魔眼班が透視した灰色の猫が犯人だと言っているでしょう!?」
「ただの猫に何が出来るというのだ?
そもそも、あの場所には生物は干渉できないはず。封印に綻びがあったのではないか?」
「封印の強化を施したのは、半年前の第3支部が最後だったはずだ。
我が第4支部は途中経過を報告していただけだ!
文句があるなら、第3支部に言え!」
「それよりも、あの街が植物で覆われた現象は何なのだ!?
あれも魔王の仕業なのか?
封印には、あのような作用は含まれていなかったはずだ!」
聖職者とは思えないような、罵詈雑言までもが飛び交う。
もはや議論というより、ただの文句の言い合いになっていた状況に飽きはじめている者が数名いた。
そのうちの一人である栗毛の青年が、左隣に座る少女に話しかける。
「ねぇ、アンナちゃん。こんな無意味な会議抜け出してさ、お茶しない?」
「死ね」
がす、と鈍い音がして机の下で青年の足が少女に踏まれる。
青年は短い呻き声をあげると、慌てて足を引き、涙目で少女を見つめた。
「酷くね!?俺、先輩のはずなんだけど・・・!?」
「会議中にふざける阿呆は先輩とは思いません」
「冷たいなぁ・・・じゃあ、マルガちゃんはどう?」
青年は、振り向くと右隣にいる金髪の女性に話しかけた。
美しいその女性は、にっこりと愛らしい笑みを浮かべると。
「丁重にお断りさせていただきますわ。というか、死んでください」
「マルガちゃんまで・・・!酷いよ!」
青年は、哀しげな声を出しながら机に突っ伏した。
アンナとマルガはそれを一瞥すると、会議の前に配られた資料へと目を通した。
しばらくの間、青年はシクシクと哀しむような素振りを見せていたが、二人が慰めてくれないのだと気づくと、さっさと起き上がって、つまらなそうに呟いた。
「こんな会議なんて無意味だって、二人も判るだろ?
だったら、抜け出してお茶でもした方が有意義に時間を使えると俺は思うなぁ」
「無意味なのには同意しますけど、あんたとお茶をする予定はない」
きっぱりとアンナに断れて、青年は溜息をつきつつ口論している幹部たちを見回した。
大司教クラスのものまで居ると言うのに、一向に責任の擦り合いから前に進んでいない。
解決策も出す者もいなくて、本当に無意味な会議としか言えない状況になっている。
「こんなことなら、会議なんて出るんじゃなかった」
青年が、周りに聞こえないように呟く。
しかし、遠く離れた場所にいながらそれを聞き取った人物がいた。
「そう言うな、ファブロ」
唐突に大講堂に響いた声に、皆が背筋を伸ばした。
先ほどまで机に寄り掛かっていた青年・ファブロも、自然と背筋を伸ばした。
「会議で、情報を刷り合わせるのも大切なことなのだぞ?」
「はい、仰るとおりで。教皇様」
諫められてファブロは首をすくめた。
その間に、教皇と呼ばれた男が大講堂の扉の前から、ゆっくりと階段を降りてくる。
金髪を靡かせ、金色の瞳を持つ眉目秀麗な男はステンドグラスを背に、奥にある椅子に腰を下ろした。
男は、辺りを見回すと人のよさそうな笑みを潜めて、険しい様子で口を開いた。
「魔王・カルタフィスが復活し、かの王は自軍を終結させつつある。
すでにゴブリンの集落のいくつかが軍門に加わった。
このままでは、再びカルタフィスが世界を滅ぼそうとするだろう。
・・・封印を解いた猫については、早急に捕獲、または処刑しよう。
その猫が、カルタフィスの部下であり、封印を解くだけの魔力を有していたとしたら問題だ。
そして、各地に通達し、封印の強化に努めよ。
・・・我等は一丸となり、魔王を倒さねばならぬ。
決して、終焉の日を起こさせてはならない。
それが、神のお言葉だ!」
教皇の言葉に大講堂にいた皆が頭を一斉に下げた。
そして声をそろえて言葉を述べる。
「全ては神と、教皇さまの御心のままに」
皆の言葉に教皇は満足げに笑みを浮かべた。
教皇の指示により、先ほどまで無意味な言い争いをしていた幹部たちが動き出した。
己の支部がどう動くか話し合いがなされる中。
ファブロ、アンナ、マルガの三名は行なう仕事もなく大講堂から出て行く。
魔物の退治などを専門とする三人には、このように犯人探しをしたりするのは性に合わないのだ。
ファブロは回廊を進みながら、ふとアンナへと視線を向けた。
「そういえば、ヴェルロは来ていないみたいだけれど、また狼狩りか?」
「ええ。定期集会にも顔を出さないし、ずっとダガの森から離れません」
アンナが呆れたように呟く。
「免許の更新にも来ていませんでしたね。
・・・このままでは教会から抜けることになってしまいますわ」
いいのかしら、とマルガが不思議そうに首をかしげる。
するとアンナが面倒くさそうに言葉を吐いた。
「あの男は、自分が教会の一員だってことすら忘れているでしょうね。狼狩りに固執する変態ですから」
「はは、そういうアンナちゃんも狼狩りは好きだろう。他人のことは言えないと思うけど?」
ファブロは笑いながら、アンナが背負っている巨大な鋏を見やった。
銀色の巨大な鋏は人の背丈ほどあり、その柄には血がこびりついていた。
「確かにそうですけど。あれと同じにしないでください」
アンナは肩をすくめると歩き出す。
「今度、ダガの森を通るので、声をかけてみますよ」
そっか、とファブロは頷くと回廊を進みながら窓の外を見つめた。
しばし無言で見つめていたファブロは、振り向くと二人に笑いかけた。
「封印を解くだけの力を持った猫って面白そうだね」
そんなファブロにアンナたちは肩を竦めるのであった。