表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生猫の御伽噺  作者: 海月野
第一章 犯罪者になるまで
6/18

1-5 魔王は可愛い

 

 水が滴る音がして、俺は目を覚ました。

 目を開けると一面が闇の中で、井戸の中というにはあまりにも広い空間にいることに気づく。

 地面は濡れておらず、どちらかというと滑らかな石の上にいるような感覚だ。

 上を見上げても出口は見えず、入ってきたはずの井戸の口もない。

 俺は混乱しながらも、こんな場所に入った経緯を反芻した。

 確か、森に入って井戸があって・・・・。


 「シルヴィア!?」


 黒い手につかまれて、井戸に引きずり落とされたのだと思い出して俺は叫んだ。

 シルヴィアはどうなった。

 慌てて、辺りを探ると、足元にシルヴィアが倒れているのに気づいた。

 暗がりの中、シルヴィアを抱き寄せて怪我はないかを確かめる。


 「シルヴィア、大丈夫か!?」


 外傷はないようだが、揺さぶっても返事がない。

 まさか・・・死んだりしていないよな?


 「おい、シルヴィア・・・!?」


 再び、呼びかけた時だった。


 「・・・そう五月蝿くするな、猫」


 シルヴィアではない幼い少女の声が聞こえて、俺は顔を上げる。

 暗がりの中、少し離れた場所に18歳ぐらいの赤毛少女が立っていた。

 黒いワンピースを纏っており、顔立ちは可愛らしいのだが、どこか威厳のある風体をしている。

 そんな少女はゆったりと余裕のある笑みを浮かべながら、こちらに歩んでくる。

 

 「この魔王・カルタフィスに魔力を献上した故、疲れて眠っているのだろう。

  そのうち、目覚めるであろうよ」


 少女らしい高い声なのだが、その声には威厳や気品というものが滲み出ていた。

 それは、井戸から聞こえた声と似たような雰囲気を持っている。


 「久方に、肉体を手に入れた。

  貴様等には感謝するぞ」


 魔王は、クスリと笑うと嬉しそうにその場で回り始めた。

 くるくると回って、楽しそうに闇の中を駆け抜ける。

 本当に、肉体を得られたのが楽しいと言わんばかりの様子に、見ているこっちも警戒心が薄れる。

 しかし、魔王が発した次の言葉で俺は固まってしまった。


 「さて、肉体を得た祝杯に、近くの街を焼いてみるかのう・・・」

 「にゃ゛!?」


 近くにある街だと!?

 そんなのセリャエの街しかないじゃないか!?

 俺は、慌てて「ちょっと待ってください!」と魔王に向かって叫んだ。


 「なんだ、文句でもあるのか?」

 「いやー・・・その、文句と言いますか、お願いといますか。

  俺たちの住んでいる街なので、焼くのはちょっと止めて貰えないかなーみたいな」


 魔王相手に通じるとは思えないが、一応、頼んでみる。

 反感を買って殺されませんように、と内心で祈りながら言うと、魔王は。


 「む、そうか。なら止めにしよう」


 あっさりと焼くことを中止してくれた。

 意外に話の通じる魔王なのだろうか。

 ひとまず、街が焼かれないようだし、俺自身も消し炭とかにされないようで良かった。

 ホッと安堵の息をつく俺を見て、魔王はツボに入ったらしく、吹き出した。


 「くっ・・・はは・・・はははは!」

 

 魔王は可愛らしい表情を浮かべて、腹を抱えて笑う。


 「貴様は面白いな・・・!

  我に意見するかと思えば、己の身が無事なことに安堵しているし・・・!

  何より、その身体は面白いぞ!」


 身体?

 何のことだろうと・・・俺は自身の身体に目を落として、息を呑んだ。

 普段の体毛に覆われた身体ではなくなっている。

 これはもしかしなくても、人間の姿!? 

 俺は一つ一つ確認して、歓喜の声を上げかける。

 肌色の腕、長い四肢、そして柔かな胸!


 ・・・・・・胸?


 は?

 

 俺は己の胸元に目を落とし、ぽかんとした。

 かつて、薄くも胸筋があった場所には何故か、女性のような柔らかい双丘が。

 何かの間違いでは・・・。

 俺は両胸に手を伸ばし、触ってみた。

 おお、柔らかい。

 女性の胸は触ったことがないが、妄想どおりだ!

 いや、違うだろう。

 どうして、胸がある?


 「くく・・・これを見てみろ」


 魔王が軽く腕を振ると、俺の目の前には全身を映せるほどの大きな鏡が現れた。 

 そこに映った自分の顔と、身体を見て・・・俺は絶叫した。


 「はあああああ!?」


 金色の大きい二重の瞳に長い睫毛。

 髪は腰まである黒の長髪で、肌の色は真珠のように白い。

 シルヴィアがかけた魔法のお陰で、ローブやブーツも身体に合う大きさになっているものの。

 それなりに膨らんだ胸と尻、手足の細さは隠しきれていない。

 鏡の前に立っていた俺は、美しい大人の女の姿へとなっていた。


 「どう・・・して・・・?」

 

 俺はオス猫だぞ!?

 人間の姿になったとしても、どうして女性なのだ!?

 俺が混乱していると、魔王が耐えかねたように再び笑い始めた。


 「くく、ははは!

  恐らく、我の発する強力な魔力に当てられた為に姿が一時的に上書きされたのであろう。

  我が女であるから、それに影響されたのだ。」


 「つまり、俺は魔王の魔力に当てられて人間になれたけど。

  魔王様が女性だったから、それに引きずられて女になった、と?」


 「そうだ。

  だが、しかし・・・ここまで他人の魔力に左右されるとは・・・ぶふっ!」


 魔王は、ひーひー、言いながら笑い転げる。

 俺はそんな中、真っ白になった思考回路をそのままに鏡の中の女性を見た。

 いや、美人にしてもらったのは有難いけれどさ。

 せめて、男にしてくれよ。  

 何が悲しくて、初めて触った胸が自分のものじゃなければいけないのか。

 

 「最悪だ・・・」

 「まぁ、そう悲観するな・・・。

  強力な魔力を持つ男がいれば、姿も男になるであろう。

  それにしても猫になるとは・・・珍しい呪いーーーっ!?」


 魔王は途中まで言葉を切ると、息を呑んだ。

 女性の姿である俺と、そして俺の腰にある剣を交互に見比べる。

 剣と鞘もどういう訳か、俺の身体の大きさに合わせて巨大化して腰にぶら下がっていた。

 

 「そうか・・・。お前・・・あの一族か・・・」

 

 あの一族?

 いや、それよりも呪いって何のことだ・・・?

 口ぶりからして、こういう姿になる呪いがかかっているということなのか?

 

 「それって俺は猫じゃないとか?」


 不思議に首をかしげると、魔王は首を横に振った。

 先ほどと打って変わって、その顔は真剣そものだった。 


 「・・・いや、確かに生まれたときは猫だっただろう。

  これからも。

  だが、それが貴様の・・・いや、其方の本来の姿ではない」


 魔王はそこまで言うと一歩前へと踏み出し、俺の頬に手を添えた。

 そして、寂しげな笑みを浮かべる。

 美しい笑みに、俺が緊張し、赤面していると魔王は静かな声音で尋ねてきた。

 突然の雰囲気の変わりように鼓動が高鳴る。

 

 「其方、名をなんと言う?」

 「え、あ・・・レオナルド・・・です・・・っ!」

 「そうか。私はカルタフィスだ」


 ふっと妖艶に魔王が笑う。

 いきなり、雰囲気が変わりすぎではないか。

 俺が戸惑いを隠せないでいると魔王は優しげな表情から一変、弾かれたように振り返った。

 どこか遠くを見つめるようにして、憎らしげな声を上げた。


 「教会の犬共め・・・もう嗅ぎ付けよったか」


 次の瞬間、魔王は勢いよく手を天へと翳した。

 すると、爆音と共に天井が砕け散り、大穴が開く。

 それと共に、俺とシルヴィアがいる場所にも手を翳した。

 ゆっくりと地面が溶け、まるで砂地にいるように俺とシルヴィアの身体が地面に沈んでいく。


 「ちょ、え!?

  いきなり、何だよ!?」


 「すまぬな。

  説明している暇はないのだ!

  さらばだ・・・レオナルド!」


 魔王が軽く地面を蹴る。

 俺が手を伸ばそうとするも、すでに身体のほとんど床に呑まれて身動きができなかった。

 魔王は跳躍すると穴から飛び出し、空へと舞い上がった。

 そして、空を蹴り上げると、どこかへと飛んで消えていった。


 「え、ちょ・・・何なんだよ、一体!?勝手に話、終わらせるなよ!?」

 

 せめて、男にするか。

 猫に戻してから行ってくれー!


 そう叫んだのを最後に、俺の身体は完全に地面へと沈んでいった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ