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転生猫の御伽噺  作者: 海月野
第一章 犯罪者になるまで
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1-4 井戸の魔王

 次の日、俺はシルヴィアに貰ったローブとベルトをつけ、ブーツまで履いて出かけた。

 それなりに上等な生地で、出来ているため、街の人間からは褒められたりもした。

 中には、やはり俺を裸だと認識していた人もいるみたいで「よかったわね」と言っていた。

 この1年間、全裸で生活していたと思うとなんとも恥ずかしいものがある。

 しかし、それは過去の話!

 俺はもう立派に服を着ているのだ。

 裸じゃないから、笑われることも、馬鹿にされることもない。

 






 ・・・そう思っていた時期が俺にもありました。


 『だっはははは!レオナルド、なんだよそれ!』

 『うわー、見ろよ。ローブ着てるぜー』

 『似合わねー』

 

 街の猫が集まる空き地に行くと、色んな猫に爆笑された。

 オスだろうが、メスだろうが関係ない。

 とりあえず、出会った猫には爆笑、失笑、苦笑された。

 人間から見れば、猫に服は良いかもしれない。

 だが、猫からみればそれは可笑しいことなのだと改めて気づいた。


 『うるせー!!妹がくれたんだよ、悪いか!』

 

 ヤケクソに俺が猫語で叫ぶと、オス猫の数匹が、首を傾げた。

 中には、やれやれと言った表情をするものもいる。


 『そんな苛立つなって』

 『どうした、発情期なのか?』 

 『ばっか、お前。そういうこと言ってやるなよ』


 『お前らと一緒にすんじゃねェよ!!』


 誰が、発情期だ。

 俺は猫語で吐き捨てると、ぶすっとして座り込む。


 猫の社会は、独自の文化を持ちつつも、人間とさほど変わらないものがある。

 礼儀を欠けば怒られるし、無粋なことを言う奴もいれば空気を読まない奴もいる。

 こういう集会になれば、井戸端会議のように様々な噂話が立ち込める。


 『そういえば、此処から北にあるダガの森で狼が出たんだって』

 『あそこは何百年も狼の巣になっているからねェ。当たり前さ』


 『そういえば東のアシハラ国に行った旅人からの話らしいが。

  なんでも、あそこは次代の王をどうするか、決まっていないんだと』

 『確か、現王の息子が鬼神なんだっけか。大変なこったな』


 『アムル湾の人魚に奇病が流行ったらしいよ』

 『あぁ、私も聞いたよ。不老不死の人魚が死ぬなんて、恐ろしいね』


 『そういえば、行商人から聞いた話なんだが、動く宝箱があるらしいよ』

 『動く宝箱?ミミックじゃねェのか?』

 

 『そういえばまた教会のやつらが、魔物を倒したってよ』

 『ワイバーンを10匹だっけ?

  僕も猫じゃなければなぁ』


 『ほら、だからこの近くに森があるだろう。

  あそこにはかつての大戦で負けた魔王が眠ってるんだと』

 『あぁ、願いをかなえてくれるらしいね』

 

 

 にゃーにゃー にゃーにゃー にゃにゃにゃー


 五月蝿いほどの鳴き声が重なり合って、何を言っているのかこちらにはよく聞こえない。

 もう少し小さな声で喋れないのか。

 俺がそう思いながら、視線を遠くに向けたときだった。

 街中をシルヴィアと医者が慌てた様子で駆けていくのが見えた。

 反射的に、俺は地面を蹴るとその後を追う。

 猫の身体は身軽で、あっという間にシルヴィアたちに追いつく。


 「シルヴィア、どうしたんだ?」

 

 俺が人語で語りかけると、シルヴィアは焦った様子で答えた。


 「お父さんの容態が悪くなったの・・・!

  突然、倒れちゃって・・・!」

 

 その言葉に俺は自然と加速する。

 医者とシルヴィアを追い越して、農道を駆け抜けると家に飛び込んだ。

 親父はベッドの上で荒い息を繰り返して、苦しそうに呻いていた。

 お湯とか沸かしておいたほうがいいかもしれないと、俺は竈に薪を放りこみ火をつけた。

 そうしていると、ほどなくして医者とシルヴィアが家に駆け込んでくる。

 医者は親父を診察すると、取り出した粉状の薬を水に溶かして飲ませた。

 親父の呼吸が落ち着いたところで、医者は険しい顔をして俺とシルヴィアを見やった。

 

 「・・・ロウドさんの魔力欠乏症は日に日に、身体を蝕む。長くて、あと1年と言ったところでしょう」

 「そんな・・・!」

 

 シルヴィアが青ざめて、膝から崩れる。

 顔を覆って、泣き声をあげるシルヴィアを見て、俺は苦しくなった。


 「先生、どうにか治せないんですか?」

 「・・・魔力欠乏症は不治の病。原因も不明で、特効薬もありません」


 どうにもできないのです、と医者は鎮痛な面持ちで答えた。

 この世界で人間は体内で魔力と呼ばれるエネルギーを生産する。

 本来ならばその生産が止まることなく、死ぬその時まで作り続けられる。

 というよりは、魔力の生産が止まれば、生物は死んでしまうと言うことらしかった。

 ロウドの場合は、魔力欠乏症という突然に魔力の生産量が減っていき、いつか途絶えてしまうという病を患っていた。

 病はゆっくりと進行していき、いつか完全に魔力の生産は止まる。

 そうなれば、ロウドは死んでしまうのだ。

 

 俺は顔色の悪い親父を見つめて、思わず、拳を握った。

 この世界にはMRIやレントゲンと言ったものは存在しない。

 製薬技術もそれほど発展しているわけではなく。

 魔力を元に、作られている道具もあるらしいがそれは高価で数も少ない。

 そもそも医療用に作られているものも稀なのだという。

 

 俺に医学や魔法の知識があれば、親父は救えるのだろうか。


 もしかしたら、現代の知識を使って、親父を助ける為の薬や道具を作れるかもしれないのに。

 俺の記憶が鮮明に覚えているのは古典の漢詩だったり、英語の単語ぐらい。

 親父を助けるために使えそうなものはない。


 「シルヴィア、大丈夫だ。きっとよくなる」


 俺はそんな声をかけることしか出来なかった。




 *************************

 

 親父が倒れた次の日、俺は少しでも親父の治療代を稼ぐべく麦畑で仕事をしていた。

 俺たちが暮らしているのは、カルタス王国の北西に位置するセリャエと呼ばれる街。

 そこから麦畑と森を挟んだ外れに、家が建っている。

 セリャエでは、少々、差別はあるものの保証人さえいれば、どんな生物でも権利は保障される。

 他では決まりごとも違うらしいが、今の俺はロウド・オニクスを保証人としてセリャエで住民権を得ている。

 

 「オニクスのところの。荷車を持ってきてくれ」

 「はいよ」


 今日も農夫の皆と一緒に麦の刈り入れを行なう。

 猫の仕事では、道具が大きすぎて刈り入れも一苦労だが慣れれば問題ない。

 練習すれば肉球のある手でも意外に物は持てるし、細かい作業だって出来る。

 そんなことを、誇らしげに考えているのがわざわいしたのか。

 鎌の先端が少しだけ腕を引っ掛けた。

 鋭い痛みが走り、思わず舌で舐める。

 

 「おい大丈夫か?

  ・・・少し手当てしてこい」


 農夫のおじさんに言われて「すまない」と一時的に畑から離れる。

 傷を舐めていると、ついで毛づくろいまでしたくなった。

 うーん、猫生活に染まっているのが寂しいような、嬉しいような。

 

 「お兄ちゃん、怪我したの!?」

 

 隣の畑で手伝いをしていたシルヴィアが慌てた様子で、やって来る。

 農作業の為にいつもよりラフな格好で、頭には手ぬぐいを巻いている。

 中々に深い傷だったので、今回ばかりは治癒魔法を頼む。

 すると、シルヴィアは、俺の側に膝とつくと両手を傷口の上に重ねた。

 淡い光が傷口を覆い、ほんのりと温かくなった。

 数秒ほどしてシルヴィアが手を離すと、そこには傷口の塞がった腕があった。


 「ありがとうな、わざわざ魔法で治してくれて」

 「ううん、大丈夫だよ」


 シルヴィアは笑いながら、手をふって畑仕事に戻っていく。

 それに手を振り替えした俺は、改めて自身の腕を見やった。

 灰色の毛に隠れた傷は、完全に塞がっている。

 

 「本当に凄いもんだな、魔法って」


 魔力は最大保有量が決まっており、その保有量が大きくないと魔法は使えないという。

 また、魔法を使うには才能と知識がいるらしくシルヴィアは母親が魔法使いであった為に魔法を扱えるそうだ。

 魔法には種類が様々あり、俺のローブには伸縮の魔法。

 傷を治したのは治癒魔法。

 他にも攻撃するための魔法や、召喚魔法などもあるらしい。

 俺が関心しながら畑仕事に戻ろうとすると、農夫の一人が声をかけてきた。


 「悪いが、森で落ち葉を拾ってきてくれるか?」

 

 新しい畑にいれる肥料が足りなくなったという。

 別に問題はなかったので了承して、籠を背負って麦畑の左手にある森に入る。

 落ち葉を集めて、籠に入れるという動作を繰り返しているとシルヴィアが、後を追うようにやって来た。

 どうやらシルヴィアの手伝っていた畑でも肥料が足りなくなったらしい。

 一緒に落ち葉を集めながら、森の中を歩いた。


 「前から思っていたんだが、この森には強い魔物とか出ないのか?」

  

 見てもスケルトンかスライムだけだ。

 もっと上級の強い魔物はいないのだろうか、と尋ねると。

 

 「大丈夫だよ。この森は『眠り森』だから」

 「ねむりもり・・・?」

 「伝説にある大昔の戦いで、封印された魔王の一人が眠っているんだって」


 魔王の恐ろしさを魔物は知っているから、森には近づかないという。

 魔物がいないのはありがたいのだが、魔王というのは逆に興味をそそられる様な、恐ろしいような。


 「魔王って、あれか。魔物を率いて人間を滅ぼせーとか。勇者に倒されたーとか?」

 「うん。大勢の魔族を集めて、人間と神様を倒そうとして負けたんだって」


 人間はRPGでもよくあるが、神を倒そうとは、これまた大物を狙ったな。

 

 俺が思わず、関心しているとシルヴィアは伝説の内容を簡単に説明してくれた。

 かつて魔王と呼ばれる恐ろしい者たちが、幾人もあられた時代があった。


 「って、魔王が何人もいるのかよ」

 「うん。赤の魔王とか、黒の魔王とか色々いたんだって」


 運動会の赤組、白組みたいなものなのだろうか。

 何か組み分けがあるのかと聞いたが、シルヴィアも詳しいことは判らないらしい。

 ただ、その魔王たちと神との間におきた戦争で、人は神側について戦ったという。

 結果的に、魔王は倒され、このセリャエにも一人の魔王が封印された。

 亜人や妖精、竜などは魔王側について戦ったために今でも差別が残っているらしい。

 

 「でも、この場所に眠る魔王様って願いをかなえてくれるらしいよ。

  お父さんの病気を治してくれないかな」

 

 今は薬のお陰で、容態は安定しているが家で寝たきりの状態が続いている。

 俺としても、確かに治ってもらいたいとは思うが魔王に願うというのは些か、恐ろしいものを感じる。 

 魔王など創作物のなかだけで十分の代物だ。

 

 「その魔王様が眠っているのは星の書かれた古井戸なんだって。

  本に書いてあった」


 シルヴィアはそこまで言って、唐突に足を止めた。

 どうした、と尋ねる前にシルヴィアは前を指差した。


 「古井戸・・・」

 「は?」


 そんな都合よくあるわけがないだろ・・・と言いかけそうになりながら俺が振り向くと、木々に囲まれた中に古井戸がぽつりと存在していた。

 石を組まれて作られた井戸には、石のひとつひとつに星のマークが刻まれいる。

 見るからに怪しいそれに、俺が顔を顰めているとシルヴィアが井戸に駆け寄る。

 止める暇もなく、井戸に手をつくと穴に向かって大きく息を吸った。

 

 「魔王様、お願いします!お父さんの病気を治してください!」


 藁にもすがる思いなのだろう。

 悲痛な声でシルヴィアが叫ぶ。

 父を思うのは娘として仕方ないが、そんなことをしても意味はないと俺は思った。

 だって、魔王が封印されたのは伝説の話で、本当かどうか判らないのだから。

 伝説が本当だったとしても、封印されているのなら易々と人が接触できるはずがない。

 俺が「戻ろう」と声をかけようとした。

 そのときだった。


 『汝、我に願うものか』


 しわがれた声が、直接、頭に響く。

 それは威厳や恐れ、怒りなどをすべて混ぜ込んだような不可思議な声。


 まさか、本当に願いを叶える魔王まで、いるのか・・・?


 俺が混乱しているのを他所にシルヴィアは何かを理解したかのような顔をして、頷いた。


 「はい、そうです! 

  何でもしますから、代わりに父の病を治してください!」

 

 興奮したような声音でシルヴィアが叫んだ。

 瞬間、俺とシルヴィアは井戸から飛び出した黒い手に掴まれ、強い力で引っ張られる。

 そして、一緒に井戸へと落ちていってしまった。

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