1-2 それぞれの事情
咄嗟に喋ってしまった俺は、慌てて弁明をすべく口を開いた。
言語が通じるかは不明だが、俺には外国人らしきロウドとシルヴィアの言葉が判っていた。
話しても通じるかもしれない。
俺は一か八かで、日本語のまま説明をしてみた。
「ええっと、その・・・俺は、元々人間で・・・その人を騙して、お金を取ったことを恨まれて。
殺されたら・・・なんでか猫になってたんです」
俺は偽りなく猫になった経緯を説明する。
飯田怜皇という名前の男で、年は25歳。
仕事の帰りに詐欺で騙した相手の息子に腹と胸を刺されたら、いつの間にか猫になっていたことを言う。
喋る猫なんて化け物認定されるかもしれないと俺は不安に思いながらも、ロウドとシルヴィアに事情を話した。
聞き終えたロウドは腕を組み、思案顔になる。
「ふむ・・・人間が、猫か。シルヴィア、少し調べてくれないか」
異界人やもしれん、とロウドが言えば、しばらく呆けていたシルヴィアが飛び上がった。
そして、少々、ぎこちない動作で俺の元にやって来ると、俺の前足を握った。
何をされるのだろうか、と俺が緊張しているとシルヴィアは目を閉じる。
「・・・この者の魔力を司る精霊よ。
かの者に秘められた力を我に示したまえ」
シルヴィアが呟いた瞬間、ぼんやりと握られている俺の手が黄色に光る。
光は不規則に点滅を繰り返し、数秒ほどして消えてしまう。
光が消えると、シルヴィアは瞼を開いて、俺から手を離した。
「異界人特有の魔力回路とこの世界の魔力回路が混ざっているよ」
「なるほど。では、異世界から来た転生者ということか」
シルヴィアの言葉にロウドは納得した様子だった。
一人・・・いや、一匹置いていかれた俺は少々、混乱しながらもロウドとシルヴィアの言葉を反芻する。
二人の言葉から、此処には魔法というものがあると仮定できる。
先ほど、シルヴィアがやって見せたのも、多分、相手のことを調べる魔法だったのだろう。
鑑定とか分析とかに特化した魔法! みたいな。
しかし、魔力回路というものが混ざっているとどうして転生者なのだろうか?
「あの、すいみません。どうして、俺が異世界からの転生者だとわかったんですか?」
「あぁ、それはな。
異世界から来た奴には特有の魔力回路があるんだ。
この世界で生まれた奴にはないような特殊な形をしているらしい。
そして、異界からの転生者の場合、元々あった異世界の魔力回路とこの世界で生まれたときに出来た回路が混ざり合うんだ」
つまり、異界の回路とこの世界の回路が混ざっている奴は転生者ということらしい。
俺の場合、死んだ後に異世界で転生し猫になったということだろうか。
なんとも判りやすい説明に、俺は礼を言いつつも、一つの疑問を持った。
「俺が言ったことを、信じてくれてるんですか?」
「あぁ、転生者の話は王都で聞いたことがある。
数は少ないが、稀に勇者などが召喚されたりしたそうだからな。
お前の言っていることも本当なのだろう」
ロウドは、そこで言葉を区切ると俺を見つめた。
「それで、お前はこれから、どうしたいんだ?」
「どうって・・・言われても」
確かにやって来た経緯は褒められたものではないが、異世界転生など心踊ることこの上ない。
かつて、漫画やアニメ、ラノベなどを好んでいた身としては、異世界転生というキーワードには心踊る。
猫ではあるが、異世界転生は異世界転生だ。
限りある猫として人生を楽しんだ方が良いだろう。
「ひとまず・・・猫として生活するつもりですけど」
そう伝えると、ロウドは力強く頷いた。
「なら、うちで息子として生きるか?」
「え?息子?」
何で、息子だ。
そもそも猫と人間だぞ。
息子も何もないだろう。
その疑問にもロウドは答えてくれた。
「お前の場所ではどうか判らないが、ここでは喋る猫などの不可思議な生き物にも権利は与えられる。
身元を保証する奴がいれば、亜人や獣人でも仕事が与えられる。
・・・喋っている時点で、ただの猫で通すのは無理があるだろう。
なら、俺が獣人の亜種であるお前を預かった方が得策だ」
ただの猫として生きるより、喋る猫という生き物ということにして仕事を貰ったことが良い。
ロウドは、そう言いたいらしい。
「息子というのは俺の気分の問題だ。
息子同然に扱う、という意味のな。
シルヴィアもいいか?」
「私は別にいいよ。
家族が増えたら、楽しいし!」
にっこりと天使のような笑みをシルヴィアは浮かべる。
その笑顔に、俺の心が傾いた。
「えっと、じゃあ・・・よろしくお願いします」
その日から、俺はレオナルド・オニクスとしてロウドに身を預けることとなった。
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ロウド・オニクスにとって、彼と出会ったことはまさに僥倖だった。
とある日、ロウドは森の中で灰色の猫と出会った。
緑の草木の中に、灰色のふわふわとした毛並みと金の瞳を持つ子猫。
母猫もいないようで、このままでは野犬などに襲われかねないと気まぐれに保護をした。
だが、その猫はただの猫ではなかった。
異世界の人間が転生した猫であったのだ。
名をイイダレオといい、成人した男性だったという。
彼は人を騙して、金を奪い、その恨みから殺されたらしい。
元近衛騎士として犯罪を犯したという点は到底、許せなかったが、彼には彼なりの事情があるのだろうと追及することはしなかった。
そして、どこに行く当てもなさそうで、結果的に身を預かることにした。
喋る猫など見世物小屋に送られる可能性や、奴隷のように扱われる可能性がある。
出会った彼を放りだして、そんな目に遭われたら目覚めが悪いというのが、一番の理由だった。
しかし、その出会いが僥倖だったことにロウドは気づくこととなる。
イイダレオ、もといレオナルドはよく働いたのだ。
シルヴィアのことも可愛がり、病であるロウドの手伝いだって買って出る。
森で出会うスライムなどを見て「美人なモンスター出ろよ!」とか言ったり、「チート補正こい!」と天に向かって叫んでたりなどの奇行はあるものの。
心根は悪くなく、むしろ仕事はしっかりと行なう男だった。
猫でありながら二足歩行に挑戦しようとしたり、肉球のある手で物を持とうと奮闘したりする姿勢も好ましい。
本当に俺の息子として、育ててもよいかもしれない。
そう思ったロウドはレオナルドを本気で、息子として育てることにした。
そして、レオナルドが二足歩行できるようになった頃、剣術を教えることを決めたのだ。
「どうした、レオナルド!その程度か!?」
今日も今日とて己の剣戟から逃げようとするレオナルド相手にロウドは満面の笑みを浮かべる。
あまりにも凶悪な笑みに、レオナルドは悲鳴じみた声をあげながら、ロウドの突きを避ける。
「動物虐待!」
「何を言う。これは父から息子への愛情表現、だ!」
最後の一言と共に、連続の突きを放つ。
ぎりぎりで、レオナルドはそれを避けるが灰色の体毛が、はらはらと落ちる。
少々、掠ったようだ。
「ハゲたら、どうするんだよ!?」
「そのときは、その時だ!
男は髪の毛がなくなっても、心さえ強ければ輝いてみえるものだ!
問題ない!」
笑いながら、ロウドは袈裟掛けにレオナルドを切り伏せようとした。
しかし、とんっとレオナルドは地面を蹴ると、軽々とロウドの身長を飛び越え、その背後に着地する。
「問題ありに決まってんだろ!!
というか、こっちは武器持ってないんだから手加減しろよ!?」
悲鳴をあげるレオナルドをみて、ロウドの口角はますます上がった。
何だかんだ言いながら、しっかりと攻撃を避けている。
やはり、レオナルドには才能があるとロウドは感じていた。
実を言うと初日に猫パンチを食らったとき、ロウドは内心で焦っていた。
いくら猫の軽い攻撃とはいえ、ロウドは近衛騎士として鍛えあげた反射神経があった。
どんな攻撃でも予測し、避けるだけの力は今も残っている。
にも関わらず、レオナルドの攻撃には反応できなかった。
また、レオナルドは人間のように二足歩行したいと言い出したときのこと。
猫が二足歩行など、人間の赤子が立つよりも、倍の時間は必要だとロウドは思っていた。
しかし、レオナルドはたった一ヶ月でやって見せたのだ。
加えて、オニクス家の剣術を半年で、ほぼ形にするなど。
ただの猫にも人間にもない才能を発揮するようになっていた。
こいつは、本当に俺の跡を継げる。
いや、俺を越える大物になるやもしれない。
ロウドはレオナルドと出会えたことを、心から僥倖だと感じ取っていた。