獣
これはだいぶ前に獣化した人が出てくるようなやつを書こうと思って書いたやつですね。見事に途切れてます。
月夜の下で河川敷に体育座りする男がいた。冷ややかな風が彼の頬を撫でる。しかし男の頬が乾くことはない。
──目を閉じれば嫌でも思い出す。数々の怒号、嫌味、視線……。
全て自分が悪いのだ。仕事が出来ない部下を叱咤するのは上司の務めでもある。何一つ間違ったことは言われていないのだ。そう、何一つ……。
全て自分が悪いのだ。同僚に馬鹿にされるのも、陰口を叩かれるのも、自分が仕事が出来ないという事が元凶なのだ。
全て自分が悪いのだ。人に強い態度で当たられるのも、意地悪されるのも、自分がはっきりとしていないからだ。
どれだけ嫌なことがあったとしても日はまた塗り替えられてゆく。それがどれだけ苦しいことか。それがどれだけ嫌なことか。どれだけ日が昇らないことを望んだか。
しかしそれらは自分の勝手なワガママなのだ。そんなことを願うようになったのは全て自分が悪いのだ。
「あぁっ……うっぐ……」
男はむせび泣く。
風が一段と強くなり、それに伴い風音も大きくなっていった。それと呼応するかのように男の声も段々と大きさを増して行った。
終いに男は激しく叫び、大きく震え、泣いている。
見ると男の姿形が人間のソレから変わろうとしていた。手先から留めどなく毛が生えてゆく。爪も長く、そして鋭く伸びてゆく。
「アァァアァッ!! 嫌だぁッ! 獣なんかになりたくない……ッ!!」
男は自分の身に起きている変化を見てそう叫んだ。しかしそれらは全て男の本心ではない。獣、野生、なんのしがらみのない世界。人としての理性をぶち壊し、己の内なる獣を解き放つ。それがどれだけ幸せであることだろうか。
一人の男の醜い声が夜空に染み渡る。その声が泣いているのか、はたまた笑っているのかはわからなかった。
そしてその声はしばらくの内に一匹の獣の咆哮へと変化したのであった。