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駆除

 その間にも、秘書の高橋和也は黙々と作業を続けている。ポケットからソムリエナイフのような細身のナイフを取り出し、紫の立方体の上部に丸く穴を開け、長い指で、中から蝋燭の芯の様なものを引っ張り出す。

「それは、ミラクルキューブと言う。マーダルが特に好きな匂いを発するんだ。集中力が無くなったマーダルは、本能的にこの匂いに誘引される」

「ゴキブリホイホイみたいなもの? ホウ酸団子とか」

「まぁ、それに近いかもしれないな」

 タカが肩越しに由良に視線を落とし、苦笑いを浮かべた。

「マーダル星人は、人間のうなじの辺りに取りついてそこの皮膚と融合する。融合しながら四本ある触角を脳の中に伸ばして、人間の食欲を司る部分を刺激して、よりたくさんの食物、よりたくさんの種類の食品を食べるようにコントロールする。そうしてその情報を収集するんだ。普通は一人の人間には長くて数日、通常は数時間しか寄生しない。それがマーダル政府の発行している調査マニュアルなんだ」

「準備できました、所長」

 全ての作業を終えて、高橋がタカの顔を見上げる。

「よし、火をつけろ」

「いきます」

 高橋は、ミラクルキューブの導火線の先にライターで火をつけた。

「いよいよ、悪質マーダルと対決だ」

 タカは再び、由良の方に翡翠色の長い尾を向けた。

「悪質なマーダル、そう、地球生まれのマーダルの中には、そのルールを破って長時間寄生するやつがいる。寄生が長く続くと、融合が進んで、マーダル自体が人間の神経細胞の一部になってしまうことがあるんだ。マーダルにとってはその方が心地いいんだが、もちろん、憑かれた人間はまともではいられなくなる」

 ゴキブリが首根っこに張り付いているという想像だけでも刺激が強すぎたが、そのゴキブリが脳と融合している映像を想像したことで、由良は吐き気を催してきた。

「そうなると、特殊な道具がないと引きはがせないのだが……あんたの彼氏はまだ一週間程度の寄生だ。これで何とかなるはず……。見ろ、出てきたぞ」

 吐き気を堪えて身を丸めていた由良は見ることができなかったが、彼の首の後ろの皮膚が盛り上がり、徐々に肌色から茶色、黒へと変化していく。

 ピシ

 ピシ

 ピシッ

 耳を澄まさないと聞こえないくらいのボリュームで、乾いた音が、三回鳴った。

「出るぞ!!」

 タカの鋭い一言に合わせるように、真っ黒のゴキブリ、否、ゴキブリ型宇宙人、マーダル星人が床へと飛び出してきた。床に逆さまに落ちたマーダル星人は、両足をバタバタとばたつかせて一生懸命起き上がろうとしていた。マーダル星人が抜け落ちた瞬間、床に座っていた憲祐の体がガクッと脱力して、由良に倒れかかる様に前のめりに倒れた。

「憲祐!」

 悲痛な叫びが店内に響いた。

「あら。大丈夫??? ウサギちゃん」

 グレートナオミも、二人の傍へと駆け寄る。

「大丈夫です。少しあちらのソファーで休ませてあげて下さい」

 高橋が立ちあがり、グレートナオミと協力して、憲祐の体を壁際に置かれたソファーに運んだ。

「まぁ見ても仕方がないと思うが、一応見ておくか? マーダル星人を」

 タカは、依頼主の由良の答えを待った。

「……はい」

 一瞬の間があって、由良は再び戻ってきた。

 ひっくり返っていたマーダル星人が、二本足で立ちあがり、ちょうど紫のキューブにかじりついたところだった。

「ほら。触角が四本、手足は四本」

「オレンジ色のサングラスですね」

「CNRのおかげで、彼には本能しかなくなっているから、ミラクルキューブを幸せそうに食べている」

 足元で真剣に紫色のキューブにかじりついているマーダル星人を、タカは溜息混じりに見下ろす。

「どうするんですか? これ」

「駆除する」

「え?」

 あまりにもそっけない返答に、由良は拍子抜けした。

「調査ルールはいわばマーダル星の国法だ。俺達アブダクション専門の探偵は、マーダル政府から正式に、その法を犯した者は駆除するよう依頼されている」

「そ、そんな取り決めになっているの?」

 工具箱の中から怪しげなピンク色の液体が入ったスプレーを持って、高橋が戻ってきた。

 スプレーをタカに差し出す。

「駆除は、正式に依頼されている俺の仕事だ」

 言い終わるか終らないかのタイミングで、ピンク色の液体が泡となってマーダル星人の上にかけられた。

「それ、何?」

「エイリアンキャプチャースプレー、通称ACSだ。強粘着封じ込めスプレーだよ」

 ピンク色の泡は、見る間にぶくぶくと膨らみマーダル星人全体を包み込んでしまった。

「お……終わったの?」

「終わった。後三〇秒も待てば……」

「でも、マーダル星人って、宇宙人なんでしょう? 悪いことをしたからって、勝手に駆除しちゃって問題にならないの?」

「駆除をマーダル政府から依頼されているって言っただろ」

 大きな嘴で器用に自分の胸もとの羽繕いをしながら、少し不機嫌そうな返事を返す。

「そもそも、調査が許されているのがわかんない。だって、短い時間とはいえ、寄生するんでしょう? 警察とか、日本政府とか、知っているの?」

「それについては話すことはできない」

「ちょっと……」

 高橋が立ちあがって、工具箱の中から昔懐かしのフィルムケースサイズの黒い容器を持って戻ってきた。

「もういいだろう」

 由良の言葉を無視して、タカは足元のピンクの泡をツンツンとつついた。

 高橋が手を伸ばし、ピンセットの先でそれをつまみ上げる。

 ペリッときれいに剥がれた泡は、完全にマーダル星人を包み込んでしまっていて既にその影すら見えない。

「あ、それ! 確かそんなタイプのゴキブリ退治のものが!」

「あぁ。それと原理的には同じだ。ただACSの場合は、既にマーダルの体は完全に溶解して無くなってしまっているということだが」

 高橋が長い指でピンクの塊を黒い容器に入れて蓋をした。

「これは、宇宙人犯罪調査会への資料として提出しなくちゃならない。欲しいと言われてもあげるわけにはいかないぞ」

「いりませんよ!」

 ぶんぶんと大きく首を振って、派手な身ぶりで拒絶した。

「では、依頼も終わったことだし、帰るとするか」

「そうですね。所長」

「あ、ちょっと待って、まだ話が」

 由良の言葉を完全に無視する形で、舞い上がったタカが、高橋の肩に、ふわりと留まった。高橋は、首から下げているラジオ型のCNRをいじって、青い方のスイッチをカチャリと押し込んだ。

 キィィィィィィェェ~

 タカは軽く両羽を広げながら、今まで聞いたこともないような甲高い声で一声鳴いた。

 一瞬、部屋の空気が変わるような感触があった。記憶がすっとどこかへ吸い上げられていくような感覚。

「さて。店長」

 何事もなかったように、ベニコンゴウインコがグレートナオミの方に向き直った。

「救急車だ。彼は恐らく記憶が混乱していて、フラフラしている。もしかして頭を打ったかもしれないし、精密検査が必要だ」

「あぁ、はい。呼ぶわ」

 タンポポの店主グレートナオミは、タカに言われるままに受話器を取る。

「で、あんたは大丈夫か?」

 タカは赤い羽根を広げて、その場に立ったままの由良に声をかける。

 ビクン

 と、一瞬、彼女の体が痙攣した。金縛りから唐突に溶けたような動きだ。

「……は、はい! ありがとうございました。タカさんのおかげで、彼を見つけることができました。本当に感謝しています。あの、私……」

 何かを一生懸命に探すように、由良は宙を見つめた。

「心配ない。まだちょっと、記憶が混乱しているだけだ」

 タカの言葉に、機械仕掛けの人形のように、由良は深々と頭を下げた。

「なぁに、病院に行って、一晩くらい入院すればすぐに治るよ。数日くらいは頭痛が続くだろうが」

「あの、残りのお金は……」

「そっちの方はしっかり頼むよ。たまには高級クルミを食べたいからね」

 タカが冗談ともつかない要求をしてウインクをした。

「残金は、一ヶ月以内に、前回と同じ口座にお振り込みください」

 高橋がそう言いながら一枚のカードを由良に差し出す。名刺サイズのそのカードには、振込先の口座が記されていた。

「はい、必ず」

「じゃぁ、俺達はこの辺りで」

「はい。どうもありがとうございました」

 何事もなかったかのように、由良は穏やかな声でまたお礼を言った。

 それに合わせるように、高橋和也も丁寧に頭を下げた。

「では、失礼します」

 工具箱を片手に持って、高橋がタンポポのドアを開ける。

「本当に、本当にありがとうございました」

 由良は深々と頭を下げて、一人と一羽を見送る。

 カチャリと小さな音を立てて扉は閉められて、一人と一羽の姿はその場から消えていた。

「あれ? 私、ここで何をしてるんだったかしら?」

 膝の上に頭を乗せて気を失っている彼氏の姿と、手の中のカードを交互に見つめながら、由良はそんなことを呟いた。

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