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彼との再会

 店を出た二人と一羽は、徒歩で次の目的地に向かっていた。「ナイトメア」のビルから二ブロック進んだ角を左手に折れると、すぐに目的の店、「タンポポ」の前に辿りついた。

「本当に、彼はここにいるの?」

 由良の声は、期待と不安が複雑に入り混じった色をしていた。

「そのようだな」

 対するベニコンゴウインコの声は落ち着いている。

「いいか。俺達の指示に従うんだぞ。中に入ったら、高橋のそばを離れるな」

 彼の肩で、首だけを回してタカがもう一度忠告した。

 タンポポは、名前の通りパステルイエローのかわいらしい内装だったが、相変わらず照明は仄暗かった。

「ごめんなさぁい。お店、まだ準備……あら? タカさんじゃない」

 タカというベニコンゴウインコ、実は新宿二丁目ではかなりの有名人……いや、有名鳥なのだ。

 グレートなサイズの主人が、ちょっと低めの声を上げながら、満面の笑みでカウンターから出てきた。準備中と言うだけあって、まだいろいろと、準備途中のようだ。内側から限界まで張っているオレンジ色のワンピースは営業用のものではなく私服だ。体の線をばっちり拾うジャージ素材のワンピースは、彼女が動く度に、お腹の辺りが不自然に揺れた。

 主人に軽く頭を下げて挨拶を済ませた高橋は、手に持つ工具箱を手近なテーブルの上に置いて開けている。

 無言のまま、箱の中から、あのラジオの様な小さな装置を取り出す。

 タカは既に、店主を正面に見る位置に飛び移っている。カウンターに留まり、鋭い目つきで、店内の隅々まで舐めるように視線を送る。

 カチャ

 高橋が工具箱から取り出した装置に電源を入れて自分の首から下げるのを確認してから、タカの視線は目の前のグレートナオミの両目に戻った。

「タカさんがうちの店に来てくれるなんて、うれしいわ~」

 伸びてきた彼女の腕を、軽い羽音を立てて拒絶する。

「すまない、仕事なんだ」

 感情を排除した声に、グレートナオミの顔から、さっと笑顔が消えた。

「単刀直入に聞く。新しく入った従業員がいるな?」

「い、い……いませんよ。そんな……」

 彼女が目に見えて動揺した。

「従業員じゃなくてもいい。新しい彼氏でも」

 タカはさらに一歩、グレートナオミに詰め寄る。

「い、いませんってば」

「由良、あの写真を」

「あ、はい」

 ピンク色のスマートフォンがタカの足に渡された。

「この男だ。一週間ほど前から、ここにいるな?」

「知りませんよ」

 視線を泳がしたままのグレートナオミは、落ち着かない様子で髪をいじっている。

「まぁ、いい。それならとりあえず、休憩室を見させてもらうぞ」

「ちょ、っちょっと!」

「なんだ? 居ないのだから、別に見られて困るわけじゃないだろう? この穏やかで愛すべきベニコンゴウインコの俺に出会って、困るような従業員がいるとは思えないが」

 既にカウンターの上を歩きはじめていたタカが、意地悪な笑みを浮かべながら振り返った。

「そ、それは」

「和也。始めろ」

 タカはフワリと高橋の肩に移る。

「はい」

 高橋の指が、ラジオのような装置のボタンを押し込む。

 ガダガタガタ……

 突然。大きなものが倒れるような音が、奥の部屋から響いて来た。

 バタン

 と、椅子か何かが倒れる音。

「ウサギちゃん?」

 グレートナオミが、反射的に走り出し休憩室に駆け込んだ。

 すかさずタカも飛び立ち、店主の後を追う。

「あぁ、あぁどうしたの? ねぇ、どうしちゃったの? ウサギちゃん」

 壊れたチェロが唸るような声が、その部屋の中から廊下に響く。

 タカが廊下を歩きながら戻ってきて、手近なソファーの背もたれに舞い上がった。


 間もなく、店の奥から、グレートナオミに肩を抱かれるようにして青年が出てきた。ふらふらと足元もおぼつかない足取りで、両手で頭を押さえてウンウンと唸っている。

「憲祐!!」

「もうしばらく」

 駈け出そうとした由良の腕を、高橋が引く。

「大丈夫、心配はいりません」

「でも!」

 苦しそうに頭を抱えて小刻みに震えている彼の姿に、由良は動揺していた。

「そのCNGは、それぞれの宇宙人に合わせて苦手な音を出せる装置なのだ。今はもちろん、マーダル星人撃退モードになっている。その音声を聞いている間は、マーダル星人は意識の集中ができない。つまり、瞬間移動能力が使えないから逃げられる心配がないのだ。彼氏が苦しんでいるように見えるが、それは実は、ついているマーダル星人が混乱していることを表しているんだ。意識の集中ができないと、人間サイズのものを操るのは難しいのだよ」

 タカはそう言い終えると、店の中央に連れて来られた由良の彼氏、憲祐の頭の上に、バサバサと大きな音を立てて飛び移った。覗きこむようにして憲祐の首筋を見る。

「ふむ。やっぱりまだこのままでいける。和也。ミラクルキューブを」

「はい」

 工具箱の中から、小さな小箱と何点かの道具を掴んで、高橋がタカの、そして憲祐の元へと歩み寄る。

「私は?」

「来てもいいぞ。ただし、気持ち悪くても知らんぞ」

 後半のセリフは、もう由良の耳には届いていなかった。

「触っても、大丈夫?」

「あぁ。手でも握っておいてやれ」

 反射的に、由良は彼氏の両手を包み込むように握った。

「憲祐。大丈夫? ねえ、大丈夫なの?」

「まだ無理だ。言葉は聞こえても、返事はできない」

 憲祐の頭の上のタカが、背中を向けたまま言う。

「ねぇ、何が起きているの? 彼は? 大丈夫なの?」

「マーダル星人が寄生して操っている。それを取らないと、彼はずっと奴隷のように、やつらのいいなりだ。調査ならば合法的だが、ただの使役は、もちろん認められていない」

 その間に高橋は、黙々と作業を進めている。白い小さな皿の上に、小さな紫色の立方体を乗せ、それを床に置いた。

「待って下さい!」

「なんだ?」

 タカが振りかえると、首元の羽がふわりと跳ね上がる。

「そもそも、彼らの調査って何なんですか?」

 調査なら合法、という意味が、由良にはやはり理解できなかった。

「地球上の食品の調査だ」

「食品の調査!?」

 あまりにもありふれた単語に、拍子抜けして、由良はぺたりとそこに座りこんだ。

 ゴキブリに偽装して行う調査としては、確かに最適な調査ではあるのだが。

「マーダル星人はグルメな宇宙人でね。地球上で多様化している食品の情報を調べて、本国、マーダル星に持ち帰るという使命を帯びているらしいのだよ」

 憲祐が前後に激しく頭を振ると、それに合わせてタカの体も前後に振られる。

 髪の毛の上で器用に向きを変え、タカは由良の方に体を向けた。

「食品を、持ち帰るってことですか?」

「それは違う。持ち帰るのは情報だ。以前、実際にマーダル星人に会った時に聞いたことがあるのだが、情報を書き込む媒体、CDやUSBメモリーみたいな記録媒体があって、それに書きこんで星に持ち帰るって言っていた。なんでも、このくらいの記録媒体で、CDなら地球を二周半もするくらいの情報が書き込めるらしいんだ」

 タカが右足の爪で示したサイズは、チロルチョコひとつにも満たない大きさだった。

 ゴキブリ型宇宙人のマーダル星人のテクノロジーは、なかなかにすごいらしい。

「その記録媒体に、どんな情報を?」

 マーダル星人の話がようやく宇宙人らしいスーパーテクノロジーの描写になって、由良の目が輝いてきた。

「初めは、食べられる植物や動物の情報、いわゆる遺伝子情報なんかを収集していたらしい。ちょうど彼らが地球に来たのは、原人が火を使って調理を始めた頃だったらしいから、その頃のご馳走だった食べ物、マンモスの遺伝情報なんてものも収集されたはずだ。それから、そのマンモスをどうやって食べたのか、塩焼きにした、とかそんなレシピ情報なんてものも収集されたようだね。一通り収集を終えたかと思えた頃、ホモサピエンスが出現して、人類は次第に、各地で文明を持つようになった」

「料理もどんどん増えたってことですね」

「そうなるね。遺伝情報の収集は必要なくなっても、料理の種類はどんどん増える。その加工技術やレシピを収集し始めたらきりが無くなってきた。全ての食品を味見して、味の構成成分がどうなのか、何を入れて作りだされているものなのか、報告すべきことが膨大になってきていて大変らしい」

 タカが、ご自慢の羽を軽く広げながら、マーダル星人に聞いたという調査方法を丁寧に説明してくれる。

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