捜索の始まり
廊下に出て、入り口の階段のある方向とは逆に進む。L字型になった角を曲がると、突き当りにエレベーターがあった。
「3階建ての建物なのに、エレベーターがあるんですね」
「えぇ。駐車場が地下なので」
由良が素直な感想を述べると、高橋が揺るがない執事イメージのままドアを抑えながら振り返ってくれる。
「それにきれいなエレベーター」
言外に「外観と比べて」という台詞が含まれている。
「所長が、庶民的なのが良いとおっしゃるので」
最後の言葉を飲み込みながらドアが静かに閉まる。由良の左腕で、タカが意地悪な笑みを浮かべている。
「ふふん。人間は外観に騙されやすいのだ。この下町でおしゃれなハイテクビルなんか建てたら、たちまち注目を集めてしまう。探偵業務には人目につかない方がやりやすいんだ」
由良は、喉元まで出かかった言葉を胸の奥にそっとしまった。
駐車場には何台か車が止まっていたが、乗ったのはベンツ。お約束の黒。
内部は、運転席と助手席の間の絶妙な高さに止まり木が設えてあって、タカはその上に留まっている。その姿は、どこから見てもベニコンゴウインコだ。
「それで、どこに行くんですか?」
革張りシートの後部座席に座った由良は、落ち着きない動作で、タカに話しかける。
「新宿だ」
「新宿?」
「それも二丁目だ」
前を向いたままのぶっきらぼうな返事。
「とりあえずナイトメアへ」
「はい、所長」
ベンツのエンジンがかかる。
車は、そのまま1階まで、乗車している人ごと上昇した。そして、自動で開く駐車場のシャッター。秘密基地のような駐車場だ。
「あぁ、そうだ和也。キャサリンの好きな例のあれ、買っていかないとな」
「分かりました」
車は滑るように道路に出た。ハンドルを握ったままの高橋が、落ち着いた声で小さく頷く。
「ナイトメアってとこに、そこに彼がいるんですか!?」
「たぶんな」
「た、たぶんって……」
頼りない返答に、由良は体中の力が抜ける様な気がした。
「マーダル星人は、ゴキブリに偽装して調査をしていると言っただろう」
「それは聞きました」
「その調査の拠点が、この東京にも複数箇所ある。そのうちの一つが新宿だ」
言いながら、タカは体を回して、由良の方に向き直った。
「ナイトメアの主人は、俺のネタ元だ」
「ネタ元?」
「新宿界隈の宇宙人情報に詳しい」
「でも、そこに行っても、彼はいないかもしれないんですよね」
「ナイトメアにはいないだろうな」
彼女のテンションが、また一段下がった。羽を開いて羽繕いをしていたタカは、ちらっと視線を上げて由良の方を見た。開いたままの携帯電話の画面を食い入るように見つめている。その眼は、今にも泣きだしそうだ。
「ふむ。仕方ない」
そんな彼女の姿にタカが同情を示した。
「俺の推理を話してやろう」
羽繕いをする嘴を止めて、タカは顔を上げた。
「アブダクションを解明するためには、推理の積み重ねが必要になる。まず調べなくてはいけないのは、宇宙人の種類だ。それは運良く、あんたの彼氏が撮っていた写真があったからすぐに判明した。実はそれが無いとなかなか難しいのだ。まぁ、最終的にわからなかったことはないのだが、宇宙人の種類を確定するためには、いろいろ情報網を駆使しないといけない。労力と時間、それと、それに見合うだけの報酬も必要になる」
タカは右手の爪でお金マークを作って、いたずらっぽくウインクした。
「マーダル星人ということが分かれば簡単だ。飛行艇が光るのは、帰還命令なのだからな。それぞれの飛行艇には独自の信号があって、彼らはその信号を読み取って、どの船団が招集されているのかを知る。実はここ数年、帰還命令が出た直後に、人間が行方不明になる事件が何件か起きているんだ。そのうちの三〇件ほどは俺自身が担当したし、全ての案件の情報を、俺は記憶している」
「三〇件って! 他にも彼と同じような事件起きているんですか? でも、全然ニュースにならないですよね?」
由良が驚きの声を上げた。三〇件も起きているなら、もっと大騒ぎになっていてもおかしくない。
「いろいろ事情があってな。表に出ないような仕組みになっている」
「なによ。それじゃまるで、ハリウッドの映画みたいじゃない」
「そう、まさにそれだよ」
冗談で言った台詞に大きく相槌を打たれて、由良は目をまんまるにした。
「そ、そうなの? そう、そう言えば確か、あの映画にもゴキブリみたいな宇宙人出てきたような…。1だったか2だったかの最後に戦った敵は確か、ゴキブリを同胞とみなす宇宙人だった!」
由良の声がワントーン高くなった。
「あの映画の脚本家は、宇宙人コンサルタントかもしれないな」
冗談ともつかない言葉を呟いて、タカは乾いた笑い声を上げた。
「まぁとにかく。マーダル星人の中に、星への帰還を嫌がって、暴走してしまう連中が出てきているのは事実だ。そいつらは、決まって、帰還命令が出た直後に暴走を始める。なぜそのタイミングなのかは、我々の間でもまだ議論が行われている」
「でも、星に帰りたくないって? 地球が気に入っちゃったってこと?」
車は相変わらず、滑るように街中を走っていた。高橋の運転技術は一流で、止まる時も、一切ブレーキの感触を感じさせない。車はまるで、フクロウが飛行するかのように音も立てずに走りだし、音もなく止まる。
「それはもちろん、彼らは自分の星に帰りたいさ。調査団に選ばれる人達は超エリートだ。政府の教育も行き届いている。だから、調査自体も非常に礼儀正しく、多くの場合、人間の目に触れることもなく密やかに行われる。星に帰れば、彼らには豊かで穏やかで自由な生活が保障されている。みな喜んで星へと向かう」
ゴキブリの生活がそうであるように、彼らは憎らしいくらい秘密裏に、夜の闇を行動する。
「ではなんで、誘拐事件が起きるんです?」
「調査団の質が、均質ではなくなってきているんだよ」
あっさりと言ったが、実はそれは、すごく重要な出来事だ。
「それって、どうい……」
由良が質問するより早く、タカがその答えを話し始めた。
「地球調査団のメンバーの中には、地球で世代を変える人達が現れている」
「世代を変える? 繁殖するってことですか?」
「マーダル星人の寿命は、通常二五〇年くらいと結構長いんだ。地球で一〇〇年くらい調査をして星へ帰るのが一般的だ。でも、世代を変えて、つまり、地球生まれの子供を持つ家族が出来上がることがある。子供たちにも調査の目的と使命が正しく伝達されている場合は問題ないのだが、時にそうでないこともある」
「ってことは、今回はそういう子供世代のマーダル星人の仕業だったってことですか」
「あんたの彼氏が、マーダル星人の光る宇宙船を目撃した翌日にいなくなったということが事実ならば、間違いなく地球生まれのマーダル星人の仕業だと、そう考えているがね」
「地球生まれのマーダル星人……」
タカの言葉の意味を理解するために、由良は彼のセリフを何度も何度も噛みしめた。
「特に子供世代がたまり場にしている場所が何箇所かあって、新宿二丁目はその一つだ。あんたの彼氏の写真、携帯の画面を見せてもらったがかなりのイケメンだ。ナイトメアの主人キャサリンは、彼氏みたいな顔が特に好みだ。今回の件は、あいつに聞くのが恐らく一番早い」
由良は携帯電話をギュッと握りしめた。




