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アブダクション

 カチャリと小さな音を立てて、高橋が、二人、いや、一人と一羽の前にミルクティーで満たされたウエッジウッドを並べた。黒の三揃いのスーツをビシッと着こなした高橋は、助手というより伯爵家の執事といった風情だ。

「すまんね。俺はコーヒーが苦手でね。あんたが紅茶を嫌いでなければいいのだけれど」

 その執事が仕える伯爵家の主人……目の前のベニコンゴウインコは、まるで英国紳士のような洗練された仕草で優雅にティーカップを持ちあげ口をつけた。インコであることをのぞけば、その動きは完璧だ。

「はい。私も紅茶の方が好きです」

 話すうちにリラックスしてきたのか、由良の声も二〇分前よりだいぶ穏やかになっていた。

「それで、確か、メールに画像を添付してくれていたね? 彼氏が送ってきたという」

「彼は、UFOだって……」

 消え入りそうな声。目を伏せて唇をかんだ彼女の表情からは、行方不明になっている彼を心配する気持ちが溢れだしていた。

「それを、見せてくれるかな?」

「もちろんです」

 彼女は、ポケットからピンク色のスマートフォンを取り出し、目的の写真を開いてタカの前に差し出した。

「ふむ。間違いない」

「やっぱり!? やっぱりUFOなんですか?」

 由良の声のトーンが一段上がった。思わず身を乗り出している。

「UFO。未確認飛行物体。正体不明の飛行物体にはみんなこの名前が付けられている。しかしこれはUFOではない」

「え?」

「なぜなら、こいつの正体はすでに分かっているからだ」

 タカはそう言って、少し離れた席に座っていた高橋を呼んだ。

「和也。例のあれ、ここへ」

「はい。ただいま」

 高橋が機敏な動きで立ちあがり、大きな執務机の片隅に立てられた本の中から、一冊を抜き出してテーブルへと運んできた。

 それは、古めかしい茶色の表紙のアルバムだった。分厚いそのアルバムには、小さなインデックスシールがびっしりと貼られていた。

「マーダルだ」

「はい。マーダルですね」

 高橋は、立ったままタカの言葉に返事を返し、慣れた手つきでアルバムをめくる。

「依頼人に見せてやってくれ」

「こちらですね」

 すぐに目的のページを探し当て、そこを開いて由良の前に差し出す。

「きゃっ!!」

 由良は、受け取ろうとした手を反射的に引っ込めた。ゾワゾワと湧き上がってくる嫌悪感。

「ある事象が起きた場合、その事象が起きた原因を説明できる最良の仮説を考える、というのがアブダクションの本来の意味だが……。宇宙人が絡んだ失踪のことを、アブダクションと呼ぶようになって久しい。これはテレビの超常現象を扱った番組が原因だが、おかげで、人間に説明するのにより説明しやすくなった」

「こ、ここここ…これ! ゴキブリですよね!」

「よく見なさい。それは、ゴキブリ型宇宙人。マーダル星人だ」

「マ……、マーダル星人!?」

 由良の声は、驚きのあまり上ずっていた。

「次のページをめくってみなさい」

 めくってみなさいと言ったが、由良はまだ、そのアルバムを手にとってすらいない。ゴキブリは、彼女が最も苦手な虫の一つだ。

 高橋が細く長い指でページを繰る。

「あ、これ!!」

 マーダル星人の次のページには、『マーダル星人の利用する飛行艇』というタイトルがついていて、写真やイラストが貼られていた。

「マーダル星人の飛行艇の特徴は、その色と形にある」

 タカは椅子に腰掛けたまま、優雅にミルクティーを口に運ぶ。

「彼らは薄っぺらいから、薄っぺらい飛行艇を好む。彼らは普通、夜に活動する。黒っぽい飛行艇は、夜の闇の中を飛ぶのにふさわしくできているのだ」

「ゴキブリの、飛行艇……」

「ゴキブリ『型』宇宙人だ。ゴキブリとは違う。よく見てみたまえ。彼らは、触角が四本で、目を保護するためのオレンジ色のゴーグルをかけている。地球上の光は強すぎて、ゴーグルをしないと目を傷めるらしいのだ。それから、手と足が二本ずつの計四本。つまり、足が六本のゴキブリとは明らかに違う。普段は二本足で立って歩くのだが、調査中は、ゴキブリに偽装して四本足で這うように歩く」

 言われて恐る恐る前のページを覗いてみれば、確かにゴキブリとは違う形をしている。それに、二本足で立つ姿まで写真に収められている。

「普通は、マーダル星人だと確認される間もなく殺虫剤をかけられたり、ハエ叩きで追いかけられたりしているな」

「当たり前ですよ! ゴキブリですよ」

「だから、ゴキブリ型宇宙人だと言っている」

「そ、そうだけど……」

「まぁ、残念だが、マーダル星人は案外逃げ足が速い。人間のスピードでは叩き潰されることはないだろう。何しろやつらは、一瞬だが、意識を集中させれば瞬間移動ができるんだ」

「瞬間移動!」

「そう。まぁ、移動できる距離は、二〇~三〇メートルってことだそうだが、それでも逃げるにはちょうどいい。なにしろ、壁だって越えるそうだ」

 由良は話の内容についていけなかった。

「それにやつらの宇宙服は、殺虫剤にも耐性だからな」

 彼女に構わず、タカはすでに話を進めていた。

 取り残された彼女は、目を白黒させている。

 ティーカップが、カチャリと小さな音を立ててテーブルに戻された。

 タカは、右手の羽を開いて、パサリと顔の前で広げた。

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