プロローグ
前作のやり直しです。未熟者ですがどうぞよろしくお願いします。
見渡す限りの草野原に、雲一つない晴天の空。草特有の青臭い香りが、いやおうなしに鼻を刺激してくる。空で巨大な鳥が、ぎゃあぎゃあと鳴きながら飛んでいったのを見たときは飛び出しそうになった目も昼間から出ている紅の月には、もう慣れてしまったようで。
「.....で、ここはどこなんだ?」
「ん...。ここは異世界コーウェルンのミニル王国」
ポツリと呟いた独り言に、となりから抑揚の乏しい声で返され、心臓が飛び上がる。イクスは急いで声のした方向へと振り向いた。
「誰...だ.......」
彼女を見たとたん、イクスは言葉を続けることができなくなった。
そう。声の主である少女は、産まれたままの姿で、なにか期待するような面差しでこちらを見ていたのだ。
自分の真横に裸の美少女がいたら、誰だって驚くだろう。イクスもその例に漏れず、あまりの驚きに声も出せずに固まっていた。次第に状況が飲み込めてくると、今度は恥ずかしさに顔が熱くなってしまった。
少女はそんなイクスを見て、満足気に目を細めると、いそいそと服を着始めた。服が地面に畳んで置いてあったことを見るに、少女が裸だったのはきっとわざとなのだろう。
「ん...。上々の反応。ご主人様は足フェチね。メモメモ」
「.......ご主人様?」
「ん...。まず、ご主人様という言葉に反応するとは......。ご主人様は中々レベル高い」
「いや、なんのだよ......」
少女の顔は、このような会話を繰り広げているというのに、全くと言っていい程変化しなかった。多分、感情が表に出にくい性格をしているのだろう。もしくは、表情筋が異常なまでに固いとか。
そんなくだらないことを考えていると、少女の顔を観察するくらいまでには心に余裕が生まれた。
少女の顔はぞっとするほど美しかった。幼い風貌の中にも漂う色気。腰ほどまである白銀の髪を風に揺らす姿は、高名な画家が描いた一枚の絵のようで、その無表情と相まってまるでロシアン人形のように見えた。
「ごくっ.....」
イクスは、自分が生唾を飲み込む音を確かに聞いた。ここまで美しい人間を自分は見たことがない。この美しさは、もう神に愛されているとかそういうレベルの話ではなく、まるで人間を堕落へと誘う悪魔かなにかのように思えた。
――――ゾワッッ!!
その思考に至った時、背中を蛇が這いずり回るような、それでいてどこか懐かしい感覚をイクスは覚えた。
(俺はこの少女に会ったことがある...?)
そんなイクスの疑問は、少女の次の言葉によって全て消し飛んだ。
「ん...。私は悪魔王様に作られし悪魔、七大罪シリーズの一人。『色欲』のアスモデウス。どうぞよろしくご主人様」
「色欲...?悪魔...?」
「ん...。まず色欲という言葉に反応するとは.......やはりご主人様はレベルが高い」
「だから、なんのだよ.........」
無表情でそんなことを言わないで欲しいものだ。本当に自分の何らかのレベルが高いのかと疑ってしまう。
だんだん話が、彼女のペースに呑まれていっている事に気づいたイクスは、なんとかして話の主導権を握りたいと思う。
「アスモデウス...で合ってるか?」
「ん...。それで合ってる」
「色々と質問したいんだが、いいか?」
「ん...。ご主人様の仰せのままに」
「あ、ああ」
やはり彼女のペースに持っていかれそうになる。彼女から漏れ出る独特の雰囲気は、どうもこちらの調子を崩すようなのだ。
イクスは、気合を入れなおすように頭を振ると、彼女の顔を真剣な目つきで見つめた。そんなイクスの顔に少女は顔を赤くする。
「.........ポッ」
「ポッてなんだよ、ポッて!!」
「ん...。私を見惚れさせるとは、ご主人様はすごい」
「訳が分からん.......」
そう。イクスも彼女、アスモデウスに負けず劣らずの美貌の持ち主だった。女を惑わすような甘いマスクではないが、鋭い刃物のような、そんな危ない色気がある。肩までかかる黒髪を後で一つにしばり、その真紅の瞳の奥には強い意志が見え隠れしていた。
そんなイクスに彼女が見惚れてしまうのも無理からぬことだろう。
「ん...。私のことはアスモでいい」
「ああ、わかった。で、アスモ。その色欲とか悪魔についてもっとよく教えてくれ。あとなんで俺がご主人様なんだ?」
「ん...。悪魔とは悪魔王様が創った使い魔のこと。堕天使っていう悪魔もいる。その中で私は七大罪シリーズの悪魔。その中でも『色欲』を司る。つまりはエロエロ。エロエロ悪魔なの」
「あ、ああ。悪魔のことはよく分かったが、それでなんで俺がご主人様なんだ?正直恥ずかしいんだが。後、エロエロを強調するな」
「むぅ...。ご主人様はエロエロ...嫌?」
「そういう問題じゃなくてだな....いや、別に嫌じゃないんだが」
「ん...。なら問題ない」
「...............」
マイペースなアスモにずるずると引き摺られつつも、イクスは色々と説明を受けることに成功した。また、それによって大まかに現状を把握することができた。
まず、最初にアスモが言っていた通り、ここはコーウェルンと言う世界で、今いる場所はミニル王国のセイラン草原という場所なのだそうだ。他にも色々な国があるそうだが、覚えてないとか。
で、ここが一番重要なところなのだが、この世界には魔法や魔物といったものがあるそうだ、もう一度言おう。魔法や魔物があるのだ。
なんてファンタジー!!
そう思ってしまったイクスは、決して間違ってはいないだろう。魔法なんてロマン溢れる事言われたら誰だってこうなる、と心の中で言い訳するイクス。その顔が少し嬉しそうだったのは見間違いではないはずだ。
と、ここで当たり前だがさらなる疑問が出てくる。つまり、なんで自分はそんなファンタジーな世界にいるのだ?ということだ。
ちょっと前までは、アスファルトのジャングルにいたはずなのに、目の前にあるのは人工物とは程遠い草原だ。あるのは精々、獣道くらいのものだろう。しかしこの疑問にもアスモは答えてくれた。
「ん...。これ読んで」
「あ、ああ」
前言撤回。答えてはくれなかった。代わりに、と言ってはなんだが、一つの便箋を渡された。
その便箋は真っ黒でとても禍々しいオーラが出ているのに、ピンクのハートで封がしてあった。こんな破壊的なセンスの持ち主をイクスが知っているはずもなく、もしかするとアスモか?と勘繰ってみるが、アスモはそんなイクスの思考に気づいたのか勢いよく首を振る。その様子が更にイクスの不安を煽り......。
いつまでもビビっている訳にもいかず、意を決してその封を開けるイクス。ピンクのハートは無残にも引き裂かれてしまった。そんなことを気にも留めず、イクスは手紙へと目を移す。
その手紙には、真っ黒の用紙に真紅の文字でこう書かれていた。
初めましてイクス。どうもパパだよ~ん。
今回、こうして人間として地球で暮らしていたお前をそこに送ったのは、ちゃんと理由があるんだ。パパを恨まないでおくれ。
で、その理由だけど単純明快。逃げたパパの下僕、七大罪の奴らをぶっ殺すか封印して欲しいってこと。でないとその世界が崩壊します。
まあ、簡単だろ?それに逃げたのは5匹だけだしね。
そんなわけでよろしくな!!パパはママといちゃこらやってます。イクスならできると信じてるよ。
あなたのパパより
P.S.
そういえば説明してなかったな。お前は実は悪魔王である俺の子供なんだ。どうだ、驚いたか?
「............なんだこれ?」
「ん...。書いてある通り」
「.......俺は本当に悪魔王?の息子なのか?」
「ん...。ご主人様は歴とした悪魔王子。だからご主人様」
「ご主人様はそういうことか.........」
自分が悪魔王子という事に対する驚きよりも、この微妙にイラッとする手紙を書いたのが、自分の父だと本気で信じたくないイクスだった。
イクスは、はぁ、と溜息を吐いた後、気分を切り替えるように頭を振った。
(まあ、前の世界に未練があったわけでもないしいいか)
そう考えると陰鬱な気分が幾分か和らいだ気がした。前の世界では本当に嫌なことばかりだった。それから逃げ出せたのだから、悪魔王は一概に悪い父親でもないのかもしれない、そうイクスは思った。
まあ、せっかくの異世界だ。楽しまなければ損と言うものだろう。イクスは、グッと握りこぶしを握ると自らの決意をあらわにした。
「決めた!異世界を楽しみつつ、七大罪の悪魔を倒す!!」
その目に迷いや戸惑いは見受けられなかった。
そんなイクスの様子を見ながら一息ついたアスモ。彼女はイクスが七大罪の討伐を拒否した時、多少強引な方法や、体を売って既成事実を作ることも厭わない覚悟だったのだ。
それをやる必要が無くなったため、肩の力が抜けるのも当然のことだろう。決意を固める自らの主人に、アスモは自然と笑みを浮かべていた。
「ん...。ご主人様の仰せのままに」
「ああ、アスモ。これからよろしく頼む」
「ん...。私とご主人様はいつでも一緒。さ、暗くなる前に街に行く。早くしないと高慢ちきな悪魔が来るかもしれない」
「あ、ああ」
よく分からないが、アスモの言うことに頷くイクス。辺りはまだ明るいが、いつ魔物が出るかも分からないので、早く安全な街に行くべきだという案には賛成だ。高慢ちきな悪魔うんぬんはよく分からなかったが。悪魔特有の方便か何かだろうか?
ちなみに魔物というのは、邪神の眷属やその子孫のことだ。人間、動物、同じ魔物でさえ、種族が同じでない限り襲いかかるんだとか。時々、人間に懐く魔物も――このことをテイムという――いるそうだが、それは稀なことだ。悪魔やドラゴンのような、邪神の眷属でない者達も魔物と呼ばれているそうだ。
また、魔物には強さのランクがある。F~SSSまであり、代表例を挙げるならFはスライムやゴブリンだ。SSSは、古文書にも一匹いるとしか記されておらず、知るものはいないとか。ちなみにアスモはSSだとか。今は封印状態で精々Aくらいだそうが、それでも十分にすごいとイクスは思った。
アスモは何かを思い出したみたいに焦りだし、早く早くと手を引っ張って街まで行こうとする。イクスは不自然なまでに急かすアスモに不信感を覚えつつも、間違ったことは言っていないので黙ってついていく。
「街の方向はわかるのか?」
「ん...。東のほう。それより急ぐ」
「あ、ああ。なにかヤバいのか?」
「ん...。とてもヤバい悪魔が来る」
「そ、そうか。なら急がないとな」
どうやら本当にヤバいようだ。ランクAのアスモが焦るくらいだから相当に強い悪魔なのだろう。もしかしたら、逃げた七大罪の一人で、お荷物のおれがいる状態じゃ勝てないのかも。.......そもそも俺、強くないのにどうやって七大罪を倒せって言うんだ!?
走りながらそんなことを考えていたイクスは気付く。後ろから大きな音が迫ってきているという事に。
――――ドドドドドドドッ!
だんだんこちらに近づいてくる。どうやらこれは足音のようだ。
――――ドドドドドドドドドドドドッッ!!!
音が大きくなってきた。もう近くまできているのではないだろうか?
――――ドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!
もう真後ろから聞こえている。もしかして通り過ぎたりしないだろうか?それならありがたいんだが....
そうイクスは切実に願う。異世界1日目にして死亡とか、喜劇にもなり得ないだろう。
(どうかこないでくれッ!!)
そんなイクスの淡い希望は、少女の可憐な声で粉々に砕け散った。
「ちょっと待つのじゃッ!!そこの淫売と我が主様!!」