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好きだと気付いた瞬間。

作者: まがつき

 恋に落ちた瞬間は、明確に記憶している。

 交錯した視線は、急に質量を帯びて私に圧し掛かってきた。


 ―――戻れない。


 そして、当の昔に、二度と戻れない状況に嵌っている事など知っていた。

 だって今、彼は私の前に居て。

 私と彼は、殺し合いの最中に居るのだから。

 彼がその鋭い腕を突き出せば、私の体躯が抉られる。―――右脇腹を持って行かれた。

 防戦一方。けれど、十分前の私は、決してこんな私じゃ無かった。

 

 ―――ならば貴方は、どんな気持ちで居るのか?


 右足を軸に、左拳を大きく振るう。一拍遅れて追従した刃先が彼の線の細い肉を削いだ。

「愚かよな」

 なのに、彼の顔には一切の焦燥は無い。

 むしろ、あるのは冷笑。

 衝撃。ずどん、と何かが私の身体を殴って、

「熱い―――」

 急速な熱量が私の腹を巡った。次いで、口腔から溢れ出る血流。

 視線をゆっくりと降ろせば、一本の直線が私を貫いていた。


 ―――どうしようもないとは、分かっているけれど。


 彼の絹の様な銀髪が、月光を反射して酷く美しい。

 崩壊する私の存在は、無様に朽ち始めながら、亡とその光景を眺めていた。


 ―――目と目があった瞬間に、気づいた。


 /


 全ては無に還る。ずるり、と引き抜かれた腕は、彼の在るべき所へと帰る。

 蜘蛛は、巣へと帰る。

 領域へ踏み込んだ無様な蝶の翅を剥ぎ取れば、そこには垂涎の不安定さだけが残渣となる。

 脱皮したての昆虫。

 余りに無防備で、余りに果敢無く、余りに美しいその一瞬。

 憎しみに燃えた一匹の蝶は、蜘蛛の瞳に魅入られた。

 

 ―――好きだと気付いた。だから、あと少しだけ。


 女の虚しい想念が霧散し、男は高く笑いながら背を向けた。


 ―――あと少しだけ、視線を合わせていて。


 /


 女が息絶えた直後、蜘蛛は振り返った。

 その死に様が酷く艶麗に思えて、蜘蛛は、思わず目を細めた。

「ほう」

 純白の着物に身を包んだ白銀の蜘蛛は、興味深そうに顎に手を遣る。


「成る程―――これは、喰えぬな」


 そして蜘蛛は、恋をする。

 奇跡の様な肢体を、蜘蛛は、丹念に糸で包んだ。




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