死に至るヤマイ
死ねない生物学者無幻と紗々の会話。無幻は中谷に殺されたい。
『死に至るヤマイ』
無幻と紗々は喫茶店のテラスで寛いでいた。
「どうやったら、死ねるんだろうな」
場所に似つかわしくない、無幻の物騒な言葉。
「普通は心臓止まれば死ぬんだけどね」
紗々は事も無げにそう言うと、肩を竦めた。
「止まんねえんだよ、俺の心臓」
「死ねない人間、か」
「ああ、死ねないってのも、不便なもんだぜ」
「ふーん」
紗々は紅茶を飲むと、小さく笑った。
「教えてあげようか、あらゆる人間を死に誘う病の名前」
「そんなもん、あるのかよ」
「絶望だよ」
それを聞くと、無幻はケーキを一欠片口に含んだ。
「絶望こそが死に至る病だ。人を生かしてるのは心臓だけじゃない、生きようとする意思が必要なんだからね」
紗々はケーキを咀嚼する無幻を見つめる。
「私が君を、殺してあげようか?」
それは数々の人間に絶望を教え込んだ殺し屋の、甘い囁き。
「遠慮しとく」
無幻はフォークを置くと、頭を掻いた。
「俺を殺すのは、中谷だよ。――それ以外のやつに殺されたら」
「うん?」
「中谷が、絶望しちまう」
「お熱いことで」
「そんなんじゃねーよ、バカ」
「君はいつまでも、死ねないよ」
紗々は続く言葉を飲み込んだ。
――中谷君が、いる限り。
彼の存在が彼女の希望なのだ。
それに気付いた時、無幻の中で絶望へのカウントダウンが始まるだろう。
人は必ず、死ぬのだから。




