ゼロ
「可能だからって言ったって、可能性だけで全て判断なんか出来ないでしょう!」
「じゃあ、可能性が低いから不可能だと判断する根拠を明確に述べよ。三十字以内。レッツシンキングタイム。ちっちっちっ」
「ったく……」
「はいお手つき」
なんでこの女と言い合っているのかと言えば、化学部の部長でメガネのこの女は、冬の寒い時期なら、ココ、化学室の気温が0度になると言うのである。
いや、何を馬鹿なと思うかもしれないが、この女はあろう事か、0度どころか、0の後ろ、コンマの後ろに、0が十三個ほどつく、完璧な0度がぴったり1分間、続くと予言したのである。
そりゃただの0度ならば僕も許容というかあり得ると言うだろう。しかし、0が十三個ほど付く、完璧な0度がぴったり1分間なんて、可能性から見ればそれこそゼロそのものである。
で、それが起こるのが0時ちょうどというものだから、わざわざ寒い最中に起きてきて、昼間開けておいた窓から忍び込んだという訳である。そして、化学室へと侵入成功。我、歓喜ノ声ヲ上ゲタリ、である。その際、この女は寒い最中だというのにスカートなぞ穿いてきたので、その、パンツが見えたりもしたが、何せその、僕は色気をほんのちょっとしか覚えなかったのだった。本当だ。ほんのちょっとだ。
それはさておき、室温計は0度とそれ以上、もしくはそれ以下を行ったり来たりし、ゆっくりと時計は午前0時を迎えようとしていた。まったくもって寒い。馬鹿げている。
最初の内こそ学校に忍び込むという行為にちょっぴり心躍らされたが、今は心の内部が絶対零度にまで冷え切っている。いやまあ、この女と言い合いをする内に、怒りで心はプラスを記録してるかもしれん。だが寒い、冷え切っている。
「で、君が言う午前0時がもう来るぞ。ウソついたら針千本か? まあ万本でも億本でも一向に構わんが」
「あ、見てよ見てみて!」
突如としてこの女、声を明るくして指差す。無視か、無視してるのか。ちくしょう、メガネのくせに生意気だぞ。
とは言いつつも、やっぱり僕は見てしまうのだった。で、驚いた。万全を期して、十三桁表示される電子室温計を見る。
なんと、腹立たしい事に0だ。完璧に0。おまけに、隣の時計まで、全てが0になろうとしていた。
と、その時である。
「ちょっと、こっちの室温計も!」
はいはい、そっちもかよ。右側から声がしたので、そっちに振り向く。と、何てこった、僕の顔を向けた方向には、化学女の顔面があった。と同時にアイアンクローされる。
「えい」
そして唇を吸われる。うそ。舌が。舌が僕のじゃない舌がある。二枚舌とはこの事か。
そしてカチッと電子音。何の音だか判らんが、このアイアンクローと舌との連続コンボの前に、些細な事である。
理性ゲージをガリガリ削られると同時に、「?」マークを凄まじい数浮かべて、僕は耐えた。舌が歯茎を蹂躪するのを耐えましたよ。
で、もう一回電子音でカチッ。
と同時にアイアンクローが外される。
「はい一分。どう、0度だったでしょ」
化学女め、ストップウォッチできっちり数えていやがった。器用な奴だ。
「ちょっと待て、僕は0時になった瞬間から……」
「見てないって言うんでしょ。オーライ。見てない以上不可能なんて言えないじゃん。可能可能」
「可能だからって言ったって、可能性だけで全て判断なんか出来ないでしょう!」
「じゃあ、可能性が低いから不可能だと判断する根拠を明確に述べよ。三十字以内。レッツシンキングタイム。ちっちっちっ」
ちっ、まんまとやられた。見てない以上何とも反論出来やしない。それが狙いか、化学女!
「ったく……」
「はいお手つき」
でも僕はせめてもの、ささやかな反撃をした。
「その児玉清のモノマネ、似てない!」
「正解!」
やっぱり似てなかった。