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突然すぎるよ、EVERYONE!

 爽やかな初夏の風が、俺の自慢の黒髪を撫でていく。 

 …こんな事言うと女子みたいだが、小学校入りたてピッチピチの頃は、同級生のマザー達に「喜乙(きおと)ちゃん今日も可愛いワネー」ってベロンベロンに甘やかされてたんだ、女子としてな。名前からして女子じゃねぇだろって思うんだが、まぁ世間一般的に『乙』という漢字はイコール『乙女』として考えられてるから仕方ない。俺の場合の『乙』は弟って意味なんだがな。決して『ショボいなwww』って意味じゃないゼ。

これでも体育と家庭科と音楽と美術の評価はMAXだ。え、五教科?必修科目?え、何それ美味しいのカァイ?


 

 とか何とか、色々考える俺の目の前に広がる新世界。これから俺が生きていく場所。 【明城(みんじょう)高等学校】…ミンジョーなんて、イカした名前してやがる。歴史アニメとかに、『剣を極めた男ッッ!』的なポジションで出て来そう。

 あ、ミンジョーって地区の名前か、人名じゃないのか。 ンだよ、ちょっと期待したじゃねぇかよ。

 明城高等学校は、創立125周年という今を生きる俺らには正直どうでもいい、ちょっとした遺跡レベルの歴史を持つ学校だ。 しかし老朽化や設備の不十分を理由にバンバン改築工事を行った結果、古き良き木造校舎の面影などはもう何処にも存在しておらず、その外観は近代的すぎた。

校歌の歌詞に『古き学び舎に想いを馳せて』という部分があるらしいが、一体この学校の何処を見て歌えというのか。紙面でしか見た事のない俺でも『古き学び舎wwwwファーッwww』と思うくらいなのだから、歌っている本人達は『フハッwwwwwwww』って鼻で笑ってるハズだ。絶対。


 何はともあれ、この高校に俺は『1年4組26番、朝堂(ちょうどう) 喜乙(きおと)』として通う。


 「っしゃ、行くか!」

 明城高校の土を踏みしめ、俺は昇降口へ早足で向かった。







 「うぃーい、んじゃあー、朝堂ーぉ、入ってこーい」

やたらと言葉を伸ばす我らが1年4組の担任、通称『ブルマン』(万田(まんだ) 市次郎(いちじろう)という名の『マンダ』とブルマが好きな事をかけてつけられた)の声を合図に、俺は教室の扉を開け、その教室の空気を吸い、その空気を全身に当てる。


刹那、


俺の目の前を生卵が超高速で通っていった。 ブチャア…という音と共に黒板を滑り落ちていく生卵は、教室の1番後ろから飛んで来た様だ。


 …あぁ、コレはアレか。引っ越して来た奴には必ずある、通過儀礼みたいなヤツか。 「お前とかwww爆乳美女じゃねぇのかよwww願い下げーwwww」とか「アンタ転校生のクセに、調子ノってンじゃないわよ!」とか、そういうね。 

 …あー、ハイハイ、分かりますよ?人生初★転校の俺が気になって気になってしょうがないんでしょ?分かるよ、だから安心して……






え、何この学校ヤバイの?治安悪いの?不良しかいないの?盗んだバイクを15の大人の階段に落としてきた奴らしかいないの?それとも歩道の空きカンぶっ飛ばしてバスの中の元カノ(笑)に背を向けてきた硝子のBOYしかいないワケ?聞いてないナァ、そんな話。それはちょっとというか大分嫌なんだけども。生卵はベタだよ、ベッタベタベターンだよ!だからこそ怖い……!マジで!俺何かしましたっけ⁉ スイマセン、こんなトコ来て場違いでしたね、スイマセン!


 「……一ノ瀬、それは歓迎のつもりなのか?」

「いぇす」

「馬鹿かよお前はッッ!」

 突然、ガタイの良い男子が「馬鹿かよお前はッッ!」って机ブッ叩きつつ立ち上がった。え、ホント俺NO WELCOMEな感じなの?


 ……ん?一ノ瀬って誰?俺じゃない?マジ?じゃあ今の生卵なんなの? 何?舐めろって事?黒板舐めるのはちょっと無理ですぅ……///。 何だよ、靴を舐めるんじゃねぇのかよ、それこそコッチが願い下げだよ馬鹿め。新手の羞恥プレイ?だから何だ、羞恥レベルで勝つのは古き良き羞恥プレイだッッ! あぁ、でも授業中に先生に指名されて黒板に答えを書くとき、『そーいやアイツ、転校初日に黒板舐めたよなww』って半永久的に言われ続けて羞恥を感じる…みたいなシステムなのかもしれない。それはそれで良いな。ちょっと気持ちが揺らいだ。 まさかこの気持ちがっ…恋⁉ そんな馬鹿な。

 なーんつって。もう独りボケツッコミは飽きた。淋しくなる。心も痛いし何より自分自身がイタい。誰にもツッコミを入れてもらえず、スルーされるのは精神が削られる。この行動は一種の自傷行為だと思う、本気で。


すると、さっきのガタイの良い男が俺の方に体を向けて、ピシッと直角90度に、ブオッという効果音を立てながらお辞儀をかまして来た。

 「すまないっっ、朝堂! この一ノ瀬って奴は常識がないんだ!馬鹿なんだ! 勘違いさせたよな、でも別にお前を受け入れてないワケじゃないんだ、むしろ皆大いに受け入れてるんだ! 今の生卵は一ノ瀬流のクラッカーだとでも思ってくれ!」

「ふぇ?」

 いやぁ、人間『ふぇ』って発音できるんだ。二次元の世界の住人だけ三次元の俺達より口の構造が発達していて、だから発音できるモノなんだって思ってたよ。 結果、僕でも発音できました。たいへんよくできました。はなまるプレゼント。

 「ほら一ノ瀬、謝れ!」

「い、いや俺そんな気にしてないんd」

「はぁ?なぁんで?何でこの僕がアタマ下げなきゃいけないの?僕だってちゃんと歓迎してるし。 だって、何かこのコ弱そうなんだもんw」

「一ノ瀬ッ!」

「いや俺そんな、全然ヘーキなんで、ホント…」

「そんなんだからお前は周りから逃げられるんだ!」

「ハァ?今それカンケーなくない? 人が心的ダメージ受ける言葉ゴチャゴチャ言ってたら黙り込むだなんて思ってんなよカス!」

「いや、もう言い争わないで…」

「ホンットお前カスだよ!何でお前と同じクラスなんだろねっ!」

「それはコッチのセリフだ一ノ瀬ッ!」

「私の為に争わないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ‼」

 長い長い言い争いは、俺の可愛らしい(笑)叫びによって鎮火した。何で転校初日にこんな目に遭わなきゃならないんだ、理解不能、思考回路がショート寸前。

 「ホント、ダメですって喧嘩とか…」

 そう言って俺が苦笑を零した時、同じく彼方も苦笑を零した。


「あははははっ!ゴメンね、演技しちゃった♡」

「あぁ、リアクションが良くて助かったよ」

「」

 え…んぎ……?りあ…く…しょん……? もしかしてコレは俺だけガチで焦ってたパターン?新しいタイプの歓迎の言葉に俺だけ気付かなかったってヤツ? うーわー…。

YU・RU・S・★NA・Iんですけどぉぉぉぉぉおおおおッッッ⁉ ハァ⁉馬鹿にしてたの⁉くっそ、バルス!マジで何なんだよっ! ホント今の今まで焦ってたのに!スッゲー怖かったのに!返せよ、俺の時間と感情!俺メッチャ考えてたんだよ、自己紹介の言葉!どうやったら『おもしろき 事もなき世を おもしろく』できるか昨日の夜中にメチャメチャ考えたのに、徹夜で!華の男子高校生の夜を潰して考えたのに……!


 「初めまして★ねぇねぇ、僕の名前知ってる?知ってるよね★じゃ、一緒に言ってみようか、せーのっ★一ノ(いちのせ) (おきて)ー!アハッ、大正解★ 君が来てくれて嬉しい、心の底から歓迎するよ! ちなみに僕、あーんなに演技うまかったケド、演劇部じゃなくてテニス部だから★同じ部活で、同じコートでボールが打てたら良いね!君の入部、待ってるよ★ という事で、ヨロシクねブサイクン★」

「オイちょっと待て」

茶色の癖っ毛を後ろでゆる〜く結んだヘアスタイル、大きくクリッ♡とした瞳、程よくついた筋肉……男としての最重要条件は満たしているであろう、俗にいう『イケメン』な一ノ瀬。 

だが性格は最悪最低。ブサイクンってなんだよ、ブサイクって言いたいのかよ。 確かに俺は猫目で目つき悪いし、自慢の黒髪も髪型はバッサバサーンだし、筋肉なんて殆どない。でも俺、小学校・中学校ずっと放送委員だったけど、やる度に「喜乙くんイケボだね」って言われてたんだぜ、保健室のオバチャンに。担任にも言われてた。あと乙女ゲーマーからも。 …あんまり言われて嬉しい奴いねぇなぁ……。

 「何を言ってるんだ一ノ瀬!朝堂はブサイクなんかじゃない! 全く……すまないな、朝堂。アレでも本当は良い奴なんだ、仲良くしてやってくれ。 あぁ、俺は針原(はりはら) (まわり)だ。一応、生徒会役員として活動している」

 筋肉質な身体、俺と同様に綺麗な黒髪、スラリと長く四肢。そうか、爽やか系イケメン一ノ瀬支持派と、ガッチリ系イケメン針原支持派に分かれているのか。そうか。今日からこのクラスは3等分されるんだな、俺によって。あぁ、ホント美男って罪な存在だよなぁあはははっ!



 「あ、あの、えーと……自己紹介の時間、ですっ! 一ノ瀬くんと針原くんはどうやらもう終わってしまった様なので、2人を飛ばして始めます!」

 突然、空気を読めない『この空気、私が何とかしなきゃ』系女子が声を上げた。ワタワタと手を動かしながら喋る彼女。 ……胸は…Bカップ……顔は…天然パーマで可愛らしい……身長も低めで小柄、健康的な肌の色……よし、KYな発言をした事、許す!だって俺は、微乳が好きだからっ!

「出席番号順なので、私からですねっ! えと、逢沢(あいさわ) 美蘭梛(みらな)といいます、学級委員長を務めさせていただいてます!女子バドミントン部に所属しています! 宜しくお願いします!」

『逢沢 美蘭梛』ね……可愛い。可愛い。ゲロかわ。オロロロ……。

 そんな彼女が着席すると、クラスからは拍手が沸き起こった。俺もつられて拍手をする。しかし、逢沢が可愛いすぎて目にしか力が入らず、とても拍手など出来ない。可愛いは正義ではなく悪だ。小悪魔って、こういう事か。『スモール☆でびる』なんて、マジ逢沢の為に作られた様な言葉じゃん可愛い。


 逢沢の自己紹介をキッカケに、新しいクラスメイト達はどんどん自己紹介していく。ゲーヲタ眼鏡の秋岡(あきおか)、腐女子で百合好き芹野(せりの)、アイドル大好き茅浜(ちはま)、ネットが彼女な吹谷(ふきたに)、アニメとラブラブ本町(ほんまち)の『ヲタク五人組』。 ホストの様に紳士的なド変態の黒松(くろまつ)に、ノルウェーとフランスのハーフである金髪美女のマリアンナ、モノの好みはまるで女子な男子の槙野(まきの)


 …結論から言おう、このクラスは想像以上にカオスだった。全員が全員、好みも性格もバラバラで。方向性すら合っていない、熱血教師の言う『ダメなクラス』。それなのに、そのハズなのに、どうしてかコイツらは一緒に動いている。 コレが本当のカオスなんだ、と生卵まみれの黒板がある教室にいる、俺の新しいクラスメイト達は教えてくれているかの様だった。





 放課後になり、部活の時間になった。 まだ部活に入っていない俺は、とりあえず一通りの部活を見る事にした。しかし、俺の心はもう決まっている。 俺が入りたい部活は、演劇部だ。

 まず、同じクラスのマリアンナが居たから。金髪碧眼の彼女はやはり主役に抜擢された様で、文化祭で発表する『眠れる森の美女』のセリフを一生懸命覚えていた。スッゲェ可愛かった。

 そして、まだその相手役が決まっていないというのだ。今なら、彼女と合法的にKissを交わせる。そんな幸せなことが、他のどの部活にあったモノか。

 さらに、他の女性陣も圧倒的な美しさを誇っている。王子になれば、ハーレム状態になる事はほぼ確定だ。

 もう入らないなんて奴の方が、アタマの中がお花バタケなんじゃないだろうか。青春を生きる男子高校生なら、この部活を選ばないワケがない。俺もその1人だ。早速報告しよう、演劇部にするつもりだって、家族に。きっと驚くぞ。

 



が。




その事を伝える事すらも出来ない状況に、俺は陥ってしまった。


 家のドアノブを握る。深呼吸をする。別に『結婚して案外すぐに発症する妻が煩くて家に帰りたくない病』を発病したワケじゃない。今日の皆の予定を思い出せば、男ならきっと誰だってこうなる。 今日は確か妹の乙葉(おとは)が半日授業って言ってたな。兄貴の喜卿(きけい)は大学の陸上サークルに入った関係で合宿に行っていて、母である乙女(おとめ)は専業主婦なので常に家だし、父の葉喜(ようき)は小学校の校長だし。 つまり今、この家には女しか居ないっ!ありがとう神様!コレはもう3Pで【ピー】しても良いって事ですね⁉僕ぅ、思春期だしぃ…///。ヤりたい盛り?ww

 ……妹10歳なんだよ、ね…母は41歳だし。そもそも近親相姦になるし、顔が俺の好みじゃないし。無理ですね、日頃の鬱憤を発散するのは。 ま、俺まだ卒業するつもりないし、予定もない。ゆっくりが1番なのさ、何だってさ。生き急いでも何も良い事ないよ。そう、だから今の昂まりだって気にしない。ただ小学校から仲良くしてきた奴が突然メールで『魔法使いになれなくなった、卒業しました\(//∇//)\』って送ってきたから焦ってるだけ。


 「ただいまー」

しかし、俺のその声に返事はない。いつもなら「おかえり!」っていう妹の優しい声と、母の作る夕食の匂いがするハズなのだが。

「おーい、皆ー? まさかもう寝たの?」

玄関を抜け、リビングへ入る。そこには見慣れた風景があった。木製のテーブルに映える白いレースのテーブルクロス、白革のソファにテレビ、パソコン、本棚そしてキッチン。でもその中に居なければならない『俺の家族』は、何処にも居なかった。 その後も乙葉の部屋や母の部屋、風呂場、物置などを探したが居ない。今日、家族の誰かに特別な用事があるだなんて聴いてないし、連絡だってないのである。 誘拐?イヤイヤ、まさか。そんな事あるハズない、あってはならない。

 「…そうじゃん、まだ俺の部屋…見てねぇじゃん」

フッと思い出して、俺自身の部屋へ行く。俺の部屋の何処かに隠れて、驚かそうとしてるのかも知れない。乙葉はまだ小学生だから、母も乙葉の作戦に付き合ってるのかも。そんな可能性が、ないワケじゃないんだから。 まさか、誘拐なんて。


 「皆ッッ!」 そう叫んで扉を開けた、その先にあったモノは。



 …一つのカップ麺。あまりの衝撃に、俺は膝から崩れ落ちた。あれだけ気持ちを張り詰めていたのだ、目の前に広がるシュールすぎる光景に驚きを隠せず崩れ落ちるのも無理はない。『早くお湯を!』と言わんばかりに置かれたソレに、もはや驚きや呆れを通り越して殺意が湧いてきた。何でお前なんだ、お前はお呼びじゃない、還れ。 こんなにカップ麺に毒づく事もそうそう無いだろう。


 しかし、そのカップ麺はメッセージを持っていた。 ……ロマンのカケラもねぇな、本当。そうやって思う反面、俺の身体からは血が引いていくのが分かった。 何で、急に、俺だけ残して?




『家出します、探さないで下さい』

「……マジ、か?」




かくして、俺の独り暮らしは始まったのである。

読んでくださり、ありがとうだぜEVERYONE!

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