ネクスト・ディストネーション!
大きな音を立てて落ちた寺崎の体は見えなかった。
鉄骨か何かの下敷きになってしまったのだろうか、僕は首を傾げた。
手には寺崎の体温が残っていた。人を突き落される時に残す体温だ。
目を閉じると思い返される寺崎の表情。
正直快か不快かで聞かれれば不快だったが、僕はそれを思い出さない訳にはいかなかった。
涎を少しばかり垂らした陶酔した男の目……いやそれは人間かどうかも怪しい目だった。
僕は寺崎にきちんと止めを刺せてるのか不安になった。
どうする?
降りてもう一度様子を確かめるべきだろうか?
その時辺りに電子音が鳴り響いた。
ピピピピ、と無機質な音を発しているのはあの時僕が寺崎にぶつけた携帯電話だった。
「はいもしもし」
「もしもしミユだけど」
「やれやれ、連絡が遅くないかい? 危うく顔がタコの吸盤みたいにデコボコになるところだったよ」
「タコは好き、綺麗好きだから」
「そんなことより僕はここで何をするべきだったんだ? 街が死にかけてるんだろう?」
一瞬電話の向こうの気配が消えた。
切れてしまったかと疑ったがあのツーツーという音はしない。
数秒後に彼女のクツクツという笑い声が聞こえた。
「もしもし?」
「あなたは何をするべきだったと思う?」
「え?」
何をするべきだったか?
何も指示されてないのに分かるはずがない。
そう思ったが僕はよくよく考えると記憶を失っていたことを思い出した。
記憶喪失以前にその情報があったのだとしたら、僕にはわからない。
僕は気まぐれに鼻歌を歌ってみた。
しかしそれでも分からなかった。
「え?」
「したのよ」
「え?」
「あなたは寺崎を始末したんでしょ、それでいいの。 彼は既にタジヒットの敵なのよ」
「そうなのか?」
僕は更に首を傾げた。
僕が寺崎と会ったのも偶然だし、彼を突き落とせたのも偶然だった。
それが僕の成すべきことで、それを僕が成したことであった確率を考えると、それはまるで果てのない階段を眺めているようなものだと思えた。
ただ彼女がそう言うならそれはそうなのだろう。
僕には確信があった。
「君の言うことを信じるよ」
「流石はタジヒットね。 じゃあ次はスカイツリーに向かって」
「やれやれ、人使いが荒いな」
「そうそう、言い忘れてたけどザムザムには気を付けてね」
「ザムザム?」
「その辺に居るでしょ、浮浪者の様なカッコの……」
僕は浮浪者のズボンを脱がせたことを思い出した。
ザムザムのことを聞くと、街の荒廃の影響を受けた廃人の成れ果てだという説明を受けた。
よく分からなかった。
「そういうことはもう少」
電話は切れていた。
僕は肩を竦めた。
遠くにそびえるスカイツリーは空に刺さっている。
空は灰色だった。