表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザ・グリーンドア3  作者: 秋松副菜
6/10

落下


顔に熱いものを感じた。

一瞬何が起こったのが分からず前を向くと腹に衝撃を受けた。

警棒、恐らく特殊警棒だろうか。

伸ばすと同時に顔を殴り、次いで鳩尾の辺りを突かれたらしい。

――やれやれ物騒だな。


「待ちやがれYO!」


身を翻して反対方向に走る。

ここはビルの四階、鉄骨の隙間からは灰色の空が覗いている。

建物はあまりに老朽化していた。

あまり走り回るのは得策ではない。

口の辺りを拭うと赤黒い液体が付いていた。

血だ。

息を吐き出すと僕は足を止めた。

いいさ、身に掛かる火の粉は振り払うしかない。


「ぶっ」


間抜けな声が轟いた。

僕の弱々しいパンチはかすりもせず、逆に胸に膝蹴りを受けた。

再び特殊警棒、右からの振り抜き。

勢いのいい左フック。

思い切った頭突き。

全てを受けて僕の脳が大きく揺れた。

視界が、歪む。


「楽しいなぁ、シモマツさん!」


寺崎は吠えた。

随分と様変わりしたじゃないか、と僕は言おうとした。

だがそれは言葉にならず、出たのは空気の漏れる音だけだった。

そう、全然楽しくなどない。

僕は痛みに耐えて走り回った。


分からない。

何故僕は今血を垂らして走っているのだろう。

寺崎は鈍重そうな体とは裏腹に軽々と跳ねている。

――殺す。

「しばく」でも「倒す」でもなくその意思が表情から伝わってくる。

現実的な殺意を受けたのは初めてなのだろうか?

考える。

現実逃避。

意識が空に浮かぶように僕の思考は身体を離れている。

そのうちに僕は建物の端へと追い詰められていた。


「最後に言い残したいこと、あるのかYO」

「……か」

「うん?」

「カモンベイビー」


僕は携帯を投げて寺崎の頭にぶつけた。

寺崎は一瞬硬直した後、額に青筋をハッキリと表した。

頬は赤く、鼻腔は固く、変化する。

寺崎はさながら般若の如く爆走を開始した。


狙い通りだ。

僕はその瞬間、足元を狙ってスライディングを繰り出した。

勢いづいた足は止まらない。

寺崎の体は速度を保ちながら宙に投げ出され――。


「それは予想外だ」


寺崎の体は宙を舞っただけだった。

寺崎はハンドスプリングでもしたかの様に着地した。

スーツの上からとはいえ、その動きに一切のたるみは無かった。

またしても鋭い一発が僕の腹に叩き込まれる。

策という策はない。

ただの嬲られ、ジリジリと摩耗するように僕が壊れていく。

やれやれ、参ったな。

僕は諦観したように心の中で言った。

殴られても蹴られてもどうも全ての出来事が遠く感じる。

まるで画面の向こう側の猟奇殺人を見ている様に。

自分とは関係ないものの様に。


「しつこい……」


寺崎が僕を見下ろしながら呟いた。

そして体を引きずり、先程の場所――ビルの端へと連れて行く。

寺崎は僕の服の襟首を掴んで立ち上がらせた。


「なんでアンタがこんな事してるんだYO」

「さぁ、なんでだろうね」

「まぁいいさ、これで終わりにしてやるYO」


僕は寺崎の眼を見ながらその瞬間を待った。

即ち、僕が落下する瞬間だ。

鉄の匂いが混じった生温い風が少しばかり心地良い。

遠くに鳴く虫の音を聞きながら僕は更にその瞬間を待った。

けれどその瞬間は訪れなかった。


寺崎は停止していた。


独特の黒い眼球を見開き、口を半開きにしたまま固まっていた。

コメディ映画のワンシーンのような光景だった。

僕は寺崎を地上へと突き落とした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ