残念な生き物
手を引かれて走る。
亀裂の走ったアスファルトに足を取られそうになりながら。
ただ困惑する事は僕より助けに来た男の方が息を荒げてる事だった。
「何してるんですか、下松さん」
「うん、巣鴨駅に行けと言われたから来たんだけどね」
「なんで浮浪者に襲われてるですか」
「僕にも分からない、ただズボンを盗まれてるから借りただけなんだ」
「……そうですか」
男と対面してみると、やはり彼は田舎臭かった。
草や土に塗れたタキシード。
薄っすら生えた髭に若干の肥満体型。 中年の傾向だ。
僕はこの残念な生き物に親しみを覚えた。
「ところであなたは誰ですか?」
「寺崎だYO、勘弁して下さいYO、下松さん!」
「そうなんですか」
「そうなんですYO、何か様子おかしくないですか」
男――寺崎は語尾をラップ調に巻いて喋った。
僕はやはり記憶喪失の事を話そうとは思わなかった。
それはミユの時とは違い、時期の違いだと僕は思った。
街に覆い被さった空は灰色で、重く立ち籠めていた。
「誰があんたに指示を出したんですか?」
寺崎は懐から水筒を取り出しながら僕に言った。
寺崎は口をつけてグビグビと飲んだ後、それを僕に差し出した。
僕は断った。 汚いからだ。
僕がミユの話をすると寺崎は水を飲む手を止めた。
「ミユ?」
「そうだよ、彼女が言ったんだ」
寺崎は得体の知れない物を見るように僕を眺めた。
そして再び水を飲むと歩き出した。
強く湿った風が鉄骨の隙間を通り抜ける。
風はそのまま僕の頬を撫でた。
鉄臭い香りが錆びついたビルに染み付いているのだろう。
僕と寺崎は巣鴨駅を離れて少し大きめのビルを上っていた。
ビルは解体作業中で放置されてしまっている。
緑の布で覆われてはいるものの、虫食いの穴だらけのビルはある種の寂しさを感じさせた。
これでは雨で錆びついてしまっても仕方ないだろう。
先程から寺崎は沈黙していた。
あるいは声を押し殺していた。
僕は自分が何の情報を持ち得ない事を隠しながら質問することにした。
「寺崎……さん?」
「どうしたんですか下松さん」
「あの、僕はなんで巣鴨駅に呼ばれたんだろう」
「……」
「僕たちは、その、タジヒットだろう? 何かしらの目的の為に動いている。 それをここでもう一度確認しておきたいんだ」
「……下松さんは何らかの目的の為に動いてる」
「もちろん、君と僕は一種の共同体に属している仲間だ。 そうだろ?」
「そうですか」
寺崎は足を止める。
そのままふらりとこちらを向いたかと思うと、彼は僕に飛び掛ってきた。