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ザ・グリーンドア3  作者: 秋松副菜
2/10

高周波を出す女 

――もなく、……着致します。

危険で……ら白線の内側でお待ちください。


不意にそんな声が聞こえて意識が覚醒した。

声? それは正確には声ではない、アナウンスだ。

僕はそれを知っている。

左右を見るとヒビの入った灰色の壁に囲まれいていた。

そうここは地下鉄の……中だ。

風の通り抜ける妙な音に僕は訝しげに眉を顰めた。

自分が何をしているのか、検討がつかない。


暫らく首を傾げて固まっていると電子音が鳴り始めた。

どうやら僕のコートの中から鳴っているらしい。

何の捻りもないその音が不快で僕は電話を取った。


「はい」

「もしもし、私、ミユ」


電話の相手は若い女だった。

十代か、それとも二十代か、どちらにせよ落ち着いた良い声をしていた。

携帯電話の画面には「未結」の文字と画像が表示されていた。

画像を見た瞬間、僕は頭によぎる何かを感じたがそれは声によって掻き消された。


「聞いてるの? こちらミユ」

「聞いてるよ」

「……大丈夫? 何か声疲れてない?」

「そうかもしれないな、もしかしたら二日酔いなのかもしれない」

「はぁ!? こんな時に二日酔いって、それでもあなたタジヒット!?」


僕は耳を抑えた。

ミユの声は高く、叫ばれるとまるで高周波のようだった。

やれやれ、僕は内心溜息をついていた。

タジヒットとは何なのだろう? それが僕の名前なのだろうか?

それは流石にセンスがなさ過ぎるだろう。

明らかに日本語名ではない、つまり例え名字が「桐生」とかでも「桐生タジヒット」になるわけだ。

あまつさえ、医者に呼ばれる時にも、結婚式にも「桐生タジヒットさん」と呼ばれる事になる。

僕は肩を竦めて暗い気分をやり過ごした。


「やれやれ、そんなに叫ばないで欲しいな」

「やれやれって何よ、キモチワルッ、ホントに大丈夫?」

「体調なら心配ないけどミユは僕に何か用事なのか?」


一瞬、沈黙が流れる。

ミユは何かぼそぼそと呟いているようだった。


「いい、下松さん、あなたが特殊な状況ならそれはそれで構わない」

「そうだね、参ったよ」

「でももう時間が足りない、この街は死にかけてるの。 急いで巣鴨駅に向かって」

「巣鴨駅? ねぇ、気の毒だけどぼ」


電話は既に切られていた。

下松さん、ミユは僕を下松さんと呼んだ。

何故か何人もの透明男に嘲笑われてるような嫌な気分になった。

天井を眺めてみるとやはりそこにもヒビがあった。

全体的に淀んだ空気が辺りに立ち込めている。

ミユの言った『街は死にかけている』という表現がよく似合っている、と僕は思った。

僕はもう暫くその雰囲気に馴染んでいたかったが、それは瞬時に終わりを迎えた。


バサリ、と渇いた音がした。


「うっ……」


足元を見ると僕のズボンは見事に降ろされていた。

振り返ると無造作な髭を蓄えた浮浪者らしき男達が走り寄って来る。

やれやれ、昔はよくこんな遊びが流行ったな、と僕は思った。


結局僕のズボンは盗まれてしまった。

コートやシャツが無事だったのは極端に汚れている為だろうか。

殴られた箇所が痛む事や、下着だけの姿で歩く事に僕は不快感を覚えた。

携帯電話を盗られなかったのは僥倖だったが、やはり僕にも恥はある。

股間を通り抜ける空気が寒く、僕は身を縮めた。


間もなく……線――行きが到着します。

危険ですから白線の内側でお待ちください。


間もなく荒れ果てた線路の向こうから電車が現れた。

僕は小躍りを披露した。




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