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ザ・グリーンドア3  作者: 秋松副菜
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窓を突き破って

雑然とした都会的な喧騒が失われていく。

小さなベランダから見下ろした東京の街は異様な静かさに包まれていた。

地元の自警団「タジヒット」としての活動が完全に停止してからもう三年が経っていた。

自警団発足の歴史上最大の抗争と呼ばれる「山峰悟事件」からは四年。

あの時の抗争で幹部の殆どを失い、残ったのは寺崎と俺だけだった。


元々街の不良集団と変わらない気色はあったが、それからのタジヒットの拡散する様は見事だった。

集会に集まる団員は減り、平均年齢が増加し、就職活動期が訪れていた。

それは明らかに今の東京――元日本の首都の退廃様と関連しているように思える。

一時は首都と謳われていたこの街は今やデカダンスを臭わせる廃墟になりつつある。

四年前の「山峰悟事件」の終息の時期からか。


『東京の空気は不味い』

『排気ガスが臭い』

『死にたくなるほど水が不味い』


などと国内外から想像を絶するクレーム、噂が相次いだらしい。

実際内容は不条理でバカバカしいものだった。

たかが噂、そう言って楽観視していた俺でさえその後の展開には寒気がした。

噂は人々に伝染するように広がり、世界を覆った。

その「噂」は異様だった。

結局日本は首都を京都に移してしまい、東京を放置した。

ビルの取り壊しさえ着工して数ヶ月で放置してしまっている。

結果、東京は「出来かけの廃墟」と化してしまった。

今は電気が通っているがそのうちそれさえも停止させるらしい。

それすらも「噂」だった。


暗示、噂、精神介入――俺はある男を思い出していた。

今やしないはずの排気ガスの臭いが鼻をつく。

東京はまだ死んでいない。

死にかけ、出来かけの廃墟だ。

そしてそれはすぐに「廃墟」へと変貌してしまうだろう。

だが今だからこそ俺はこんな感覚を得ているのかもしれない。


ある男は「人の記憶を変化させる」能力を持っていた。

正直、能力というものが現実にあるとは信じていない。

俺はまだトリックだとか、催眠だとか、その類のものを当時の状況から考察しているくらいだ。

だが一度認めるが易しだろう。

少なくとも今は。


その男は俺から人格を奪い、タジヒットの幹部に成りすました。

そして大量の記憶変化者を用いて軍団を作り上げ、抗争を起こした。

一人芝居だった。

一人で二役をし、抗争の中で生きる自分を楽しんでいたのだ。

そう、奴は恐らく狂人だった。

死に間際にも笑い、口調にも一貫性がなく、性格も最後まで読めなかった。

名を思い出しても皮膚が恐怖で泡立つ。

――山峰悟。


俺が感じているのは既視感だ。

病床の東京の隣で呪詛を囁いている者がいる。

その存在を感じるのだ。


俺がベランダからリビングに戻ると電話が鳴り始めた。

瞬時に俺は受話器を上げた。


「ミユか?」

「下松さん、俺だYO、寺崎」


俺は受話器を叩きつけた。

携帯電話を充電プラグから引き抜きコートにしまう。

念の為にナイフを何本か忍ばせる。

窓から空を眺めてみると一面の灰色だった。


「ミユ……」


その名を呟いてみる。

出した声はすぐに霧散して掻き消えてしまった。

俺は窓を突き破って外へ飛び出した。



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