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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十章
86/245

金色の獅子は迷宮に入る 008

 翌日、レオンは朝から音楽室にいた。情報収集の成果を話すためだ。

 そうして昨日と同じように床に座り込んでいる。

 彼らは早くから校内にいるが、部活の朝練をするわけでもない。真面目なのか不真面目なのかわからないものである。

「西に聞いて確認とったよ。あれ、やっぱりかつて西でドラッグさばいてた〈王子〉の関係者だった」

 昨日ルカから借りた写真をレオンは並べる。

 あれから西に連絡をして話を聞いたのだ。西とは言っても用があったのはイシュタルとレサトである。

 イシュタルも〈王子〉について詳しいことを知っていたわけではないが、レサトはなかなかに侮れない人物である。普段はカーマインの子分として下っ端臭さがあるが、コンピューターを目の前にすれば別人のようでもある。それでリズとしてのエルザの動きを掴んでいたのだからカーマインは彼の使いどころを間違えていると言える。

「って言うか、実の弟。両親が離婚して離ればなれになってたらしいけど」

 レサトに掴めた情報には限度があったが、この辺りはアル・ディバインがもたらしたものでもある。そもそも、あの仕事は彼からであった。

 レオンの姿を捉えた写真まで添付してくるのだから嫌がらせだろうが、彼はストーキングでもしているのか。近くにいる人物でもないはずだが、よくわからないものだ。否、協力者がいないとも限らないが、彼のことは今考えても仕方がない。

「兄弟の繋がりってのは切れないってことだ」

 そう言ってスバルがレオンを見る。否、彼だけではなく、アカツキやルカまでも視線が集まっている。

「どうして、そこで僕を見るのかな。一人っ子なのに」

「あ-、そういう設定な」

 スバルにはおかしくて仕方ないだろうか。しかしながら、レオン・ディ・レオはそうなのだ。

「で、どうするの?」

 〈王子〉は頭が良かったとは言えないが、〈第二王子〉はかなり頭が良いと噂される。迂闊なことはしないだろう。尤も、表面化してしまっている以上、綻びがあるということだ。

「俺が突っ込む。そんだけだ」

「はぁ? スバル先輩、バカ?」

 簡単にスバルは言うが、敵地に飛び込むということは危険を伴う。相手も校内にシックス・フィート・アンダーがいる以上、対策を考えていないわけでもあるまい。実際に、事故で怪我をして病院送りになった生徒がいるくらいだ。口を閉ざしてはいるが単なる事故とは思えない。

「お前を使わなきゃそうするしかねぇし、別に不自然でもねぇ」

 スバルはシックス・フィート・アンダーの中でも武闘派で知られる。実力としてはやはりルカがトップとされるが、彼は穏健派で自ら手を出すことはない。

「うまくやれたのに」

 彼らがそっとしておいてくれさえすれば、荒っぽい方法になることもなかったはずだ。

「自分から飛び込んでいくのは一緒だろ」

「スバル先輩みたいな喧嘩屋と一緒にされたくなーい」

 自ら敵の内部に飛び込むのはエルザの得意とする手段だが、彼のように強い相手を求めて喧嘩をふっかけるのとは違う。

「って言うか、スバル先輩、一回痛い目に遭った方が良いよね」

「それはお前の本心か?」

 じっと彼の強い視線が突き刺さる。

 エルザとしてのことを聞いているのか。どちらでも同じことだ。本気ではない。結局、彼が危なくなれば助けずにはいられない。

「まあまあ、スバちゃんなりにお前を信頼してるってことだ」

 アカツキはうまくおさめたつもりか。しかし、今度は彼をスバルが睨む。

「何もしねぇ先輩は黙ってろ」

 昨日のレオンと同じ言い草である。アカツキも何度も言われていることだろうに慣れないのかガックリと肩を落とす。

「俺だって、俺だってなぁ……」

「二人は似たもの同士に見えるぜ?」

 ルカはアカツキを慰めるわけでもなくカラカラと笑っている。

 レオンとスバルは顔を見合わせる。

「似てないし」

「似てねぇし」

 見事に声が揃い、ルカは尚も笑う。更には復活したアカツキまで交じるのだからレオンとしてはばつが悪い。頭を掻くスバルも同じようだ。

「決行は今日の放課後だ。奴らがたむろしてる場所はわかってる」

 気を取り直したように真剣な表情でルカが言う。そんな彼をレオンはじっと見る。エルザとしての目で彼を見抜こうとするように。

「総長、本当にそれでいいの?」

「やるって言ったら聞かねぇし」

 確かにそうだ。スバルは頑固である。

「心配か?」

「先輩が作戦に参加するよりは全然」

 何やらアカツキはニヤニヤしていたが、彼が実行部隊にいるより不安はない。

 はっきり言ってやれば、また彼は肩を落としてしまったが。

「放課後、連絡する。お前は近くで待機しろ。いいな?」

 至ってスバルは真剣だ。有無を言わせない目をしている。こういう時は少しばかり年上の威厳というものを感じる。作戦は彼のタイミングで実行されるだろう。

「いいですけど、先輩、どさまぎで僕のこと襲わないでくださいね」

「それはわからねぇな」

 ニヤッとスバルが笑う。ついでに決着を付けようとされてはたまったものではないが、彼はしないだろう。それだけ余裕があるということだ。彼らは通り魔さえ相手にしてきた。今更同じ学園の生徒を恐れることもないだろうか。

「じゃあ、放課後」

 そうしてレオンは立ち上がる。

 時には作戦を綿密に立てないのもエルザのやり方だ。彼らも同じか合わせてきたかは知らない。

 ただ放課後に決行する。それだけのことだ。信頼がなければできないことだ。

 胸ポケットに差したペン型のナイフの存在を確かめて、やはり使いたくないものだと思うのだった。



 放課後、レオンは教室を出る。待機場所の指示はルカからメールがあった。彼も別の場所で待機するのだと言う。

 校内の見取り図は頭に入っている。だから、自然にそちらへ向かうつもりだった。

 しかし、そうもうまくはいかないものである。

「レオン・ディ・レオ! 今日こそ聞き出してやるわ」

 ビシッと指を突き付けてくるのはジョヴァンニだ。そう言われても今日こそ付き合う暇がない。逃げるしかない。レオンは駆け出す。

「待ちなさいよ、レオレオ! 逃がさないわよ!」

 禁句を言われようと立ち止まることはできない。

「廊下を走るんじゃない!」

 ジョヴァンニが叫ぶが、無視である。そもそも走るのは彼のせいだ。内股の変な走り方ながら、しっかり追いかけてきてるのだから恐ろしいものである。

「逃がさないって言ってるじゃないのよ! 地の果てまで追いかけ回してやるわ!!」

 実のところ、彼が敵の仲間で妨害工作なのではないかと疑いたくもなる。単に運が悪いだけかもしれない。

 逃げながらレオンはメールを打つ。問題発生とだけだが、作戦決行に支障が出たことが伝われば良い。

 しかしながら、すぐに返ってきたメールには『決行』とだけ書かれていた。

 ルカは何を考えているのか。

 とにかく、このジョヴァンニをどうにか諦めさせなければならない。いっそ、暴力的な手段に出るべきか。そう思ったところで前方に見知った人物がいた。

 アカツキである。ルカから連絡を受けて近くまで様子を見にでも出てきたか。

「アカツキ先輩助けてお願い!」

 こうなれば彼にたよるしかない。恥を忍んでの懇願だった。

「悪ぃ、俺何もできねぇ先輩だから」

 片手では頭を掻き、もう片手では手を振る。

 これまでの仕返しのつもりか。こうなると肝心な時も役に立たないという烙印を押したいものである。

 舌打ちをしてアカツキの側を走り抜け、レオンは尚も速度を上げる。

「病弱のくせにー!」

 ジョヴァンニの叫びが木霊する。

 余計なお世話である。元のエルザは体力に自信がある。

「あーもうっ……!」

 オネエのくせに、と言いたくなるほど彼も彼で体力があるようだ。

 その時、メールがあった。知らないアドレスからで無視するべきだったのだろうが、既にメールを開いてしまっていた。

 指定の場所に逃げ込め、とのことである。誰だかは知らないが、従ってやろうとエルザは思ったのだ。

 闇雲に走るように、とにかくその場所を目指す。ジョヴァンニが追ってきてもそうでなくても、作戦が変更になったということである。


 勢いよく扉を開けて指定の倉庫に飛び込めば煙草の臭いに噎せ返りそうになる。

 使われていない倉庫のはずだったが、どうやら不良の溜まり場であったらしい。数人の男子生徒の気配が感じられる。

 よくもこう空気の悪いところで喫煙ができるものだ。

「なんだ、お前?」

 扉の近くに座っていた男子生徒が立ち上がり、レオンの前に長身の立ちはだかる。煙草臭い息がかかってレオンは咳き込む。

 エルザの頭は一瞬にして思考を纏めていた。おそらく彼らはいつもここで煙草を吸っていて、ルカも知っていたはずだ。

 だとしたら、これも作戦だろうか。校内のことは彼らの方が断然詳しいのだからエルザには真意がわかりかねるというものだ。

 しかし、ここで不快感のままに全員倒すということもできるが、そうするべきでもないだろう。

「変な人に追いかけられてて、逃げ込めると思ったんです」

 俯いて、しおらしくレオンは答える。

「ここは俺らの領域だぜ?」

「ずっと学校来てなかったから、知らなくて……ほんと必死で……」

 だから許してください、と男子を見上げればニヤリと彼が笑う。

「匿ってやってもいいぜ?」

 後ろを振り返り、彼は何か合図をしたのだろう。違う男子によって扉が閉められ、奥へと腕を引かれる。突き出された先にいるのはリーダー格か。

 室内には数人の男子がいる。薄暗いが、そんな中でもそれほどガラが悪くも見えない。

 無理矢理汚れた床に座らされて上を向かされればニヤニヤ笑う男子の顔が目に入る。取り立てて特徴もない地味な印象だが、張り付いた笑いは気味が悪い。

 不良らしい不良と言うよりも鬱屈した優等生の集まりと言うべきか。ドラッグの汚染源もそうだ。

「お前、一年か?」

「そう、です」

 できるだけ怯えているような演技を続けるが、不快感で一杯である。吐き気を堪えるのに必死といったところだ。

「そういや、不登校だったやつが来たって騒いでたな……なかなか可愛い顔をしている」

 大きな手で顔を掴まれれば不細工になるからやめろと言いたくなる。今は身の危険を感じるまでこの状況に流された方が良いのかもしれない。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

「シックス・フィートと関係があるとか」

 誰かの声が言う。

「本当か?」

「頻繁にこいつのクラスにあの三人が顔を出してたって言うし」

 個々でも何かと目立つ三人だ。噂になるのも無理はない。こうなりたくないから校内では知らないフリをしたかったと言うのに。

「なぁ、これ、あいつのところに連れてこうぜ。人質を手土産にすれば俺らの評価も上がる」

「シックス・フィートも潰せるかもしれねぇし」

 そう簡単に潰れるものか。レオンは挑発的に睨む。

「そうしていつか俺らの時代が来るって?」

「お前には役に立ってもらうぜ? このまま引き渡すのは惜しいがな」

 誰かの提案にすっかりその気になってしまったか。リーダー格の男子に腕を引っ張られ、レオンは立ち上がり、引きずられるように歩き出す。

 大ボスのところにでも行くのだろう。そうなればレオンとしても歓迎するところである。敵の懐に飛び込んで一掃すればいいだけのことなのだから。

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