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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第八章
66/245

双頭の鷲が羽ばたく時 009

 ロメオが出て行った後、トールは下を向いて何か思案している様子であった。

 真剣な表情にエルザも軽口を叩けそうにない。彼が口を開くまでは黙して語らないことに決めた。

 エルザもこれからどうするかを考えてみるが、名案が浮かぶわけでもない。案じたところで、なるようにしかならない。


 そんな中、ノックをして、そっと入ってきたのは星海だ。何を遠慮しているのか。

 彼はエルザを見て、眉に皺を寄せた彼もすぐに気付いた様子だ。

「エルザ殿……」

 星海は何か言いたげにして、それから口を噤む。エルザはすぐに彼が言いたいことを察した。

「言っておくけど、アタシは一応関与してるけど、企ててないわよ。悪いわね」

 星海はエルザとロメオの仲を知っている。今回のことはエルザが考えたことだと思っていても不思議ではない。

「自分にも何もわからない状況だ」

 星海はすっかり困り果てている様子だ。ただでさえ双子がトラウマになっているのだから、片割れがいなくとも彼にとって悪魔であるのは変わらない。

 彼はフォーマルハウトの人間でありながら完全に置き去りにされていると言ったところだろう。大事にすべき人間を平気で蔑ろにできるのが北方だ。

「……なぁ、あれは本当にロメオか?」

 沈黙を続けていたトールが不意に顔を上げ、エルザを見る。問いは確認に過ぎない。彼は確信しているに違いない。エルザはすぐには答えない。星海の困惑を感じたからだ。

「トール殿、それはどういう……」

「髪の色が違うからそう思うだけかもしれないが……何か違う気がする」

 ピンクの髪が黒くなったのは大きな変化だ。それだけで雰囲気が大きく変わったのは否めない。

「自分には……」

 星海は小さく首を横に振る。彼は本当に何もわからないのだろう。けれど、恥じることではない。

 それが彼らの作戦だと言えるのかもしれない。彼に感付かれれば色々やりにくくなることだろう。味方に付けられるとも思えない。

 そこでエルザは正解を発表することにした。

「よくわかったわね。あれ、ファウストの方。格好とか喋り方とか真似てもフェロモンは隠せないってとこかしら」

 元々、ロメオとファウストは一卵性の双子であり、髪の色と口調の違いで判別できた部分がある。彼らは混同されることをひどく嫌っていた。

 だが、やはりそれぞれ隠しきれない癖がある。詐欺師的な仕事をしていた〈裏切り屋〉ファウストなら兄を真似ることほど容易いことはなかっただろうが、完璧ではない。

「あんた、知ってたのか?」

「気付いてたけど、何を考えてるかまではわからない」

 招待状を貰ってから今日までの数日の間にエルザには彼を見る機会はあった。その時に確信していた。

 しかしながら、何か連絡があったわけではない。彼らからの連絡は途絶えたままだ。相手から連絡がなければエルザも求めるようなことはしない。

「あんたら、三人で北方を敵に回すんじゃなかったのか?」

 呆れを通り越して半ば軽蔑しているか。どうなっているんだ、と問い詰めるような視線を送ってくるトールにもエルザは怯まない。

「いいんじゃないか、って言ったのはアナタでしょ?」

 遅かれ早かれ自然に崩落するのなら、発破をかけて綺麗に崩した方が後腐れないとトールは言った。

 三人で、と言うには現状は確かにあまりにバラバラである。けれど、エルザは彼らに『好きにしろ』と言ってしまった。だから、好きにしているに違いない。

「ああ、ちゃんと覚えてる」

 彼は自分の発言に責任を持っているようだったが、彼が思うスタイルとエルザ達のスタイルは違う。エルザ達は彼ほど誠実ではない。公平性を重んじることもしない。やる時は徹底的にやる。

「だから、三人で敵に回してるの、多分ね」

 エルザは今の北方を味方だとは認識していない。敵に回すと言うならば、今日がその時だ。その覚悟でこの場に赴いたのだから。

 エルザにとってこの屋敷は戦場だった。

「本物のロメオはどこにいる?」

「さあ、どこにいるのやら」

 ここにいるロメオがファウストならばロメオはどこで何をしているのか。

 当然の疑問だろうが、エルザにもわからない。

「まさか、あんたは本当に筋書きを知らないのか?」

「全然。連絡してくれないんだもの」

 味方が味方の手口を知らない。それこそが三人の作戦と言えるのかもしれない。示し合わせた作戦がなければ漏れることもない。心の内にあるものを誰も盗むことはできない。

 エルザはファウストと仕事をする時も、あまり綿密に決めることはない。その方がうまくいく。

「なんてこった……」

「エルザ殿……」

 トールも星海も信じられないと言った様子だ。

 だが、トールの方はすぐに何を言っても無駄だと判断したようだった。

「どうする気なんだ?」

「今、考えてる。とりあえず、様子見」

 情報が少ない以上、状況を見て動いていくしかない。だから、考えているというのは嘘になるかもしれなかった。全ては勘に頼っているからだ。

「大丈夫なのか?」

「何とかなるんじゃない?」

 それは確認だとエルザはわかっていたが、敢えて断言はしなかった。そのスタイルの危うさはエルザ自身が理解している。あまりにリスクが高い。

「エルザ殿、策というものは……」

 見かねたように星海が口を開くが、エルザはニッコリと微笑んで彼の言葉を遮った。

「騙す時は全力で騙す。味方も、自分さえもね。それがアタシの流儀。小難しいことはわかんない」

 エルザも緻密な策を練ることが全くないわけではない。

 けれど、信頼する相手と組む時は大抵相手に任せて自由にさせる。何があっても対応できると自信を持てるからでもある。

「まあ、それだけはあの双子とも意見が合ってる。アタシは『もしも』なんて好きじゃないけど、求めるものが同じなら、同じ場所へ辿り着ける」

 どこか似ているからこそ、今の関係があるのかもしれない。いつだってスリルを求めている。

「信じてるから?」

「そう、信じてるから」

 エルザは深く頷く。

 彼らはきっと最高の舞台を用意しようとした。だから、後はエルザが彼らの望むショーをするだけだ。

「まあ、そう言うってことは検討がついてるんだろ? だが、確証がないから言わない。あんたはそういう人間だ」

 トールにはすっかり見透かされてしまっているようで、エルザは肩を縮める。

「そうね、そうかもしれない。あの人達の考えることって単純だから」

 本当は既に狙いは見えている。ずっと後回しにしてきたことを片付けるなら今しかない。彼らは決して好機を逃さない。

 それから三人は何を話すわけでもなく、葬式のような静けさで時を待った。


 暫くしてマリアはやってきた。メイド服から着替えるわけでもなく、余計なことは言うまいと口元を引き結んでいる。

「皆様、どうぞ、ホールの方へ」

 硬い声でそう言ってマリアは三人を促す。

「何がそんなに怖いの?」

 ホールへと向かうマリアの背にエルザは問いを投げかける。

 彼女は何かをひどく警戒しているようだった。

「式は厳格に行われないとなりませんので。くれぐれも妨害することなどありませんよう」

 あまりに馬鹿馬鹿しいことだ。

 初めから厳格に行われるはずのないものについて、注意をするなどとは滑稽にもほどがある。エルザにはそう感じられる。

「一体、アタシをなんだと思ってるのよ?」

「大切なゲストで御座います」

 マリアは即答するが、エルザはその返答が気に入らなかった。

「白々しい」

 全ては表面だけのことだった。吐き捨てても何にもならない。


 ホールには既にほとんどのゲストが集まっているようだった。

 若い、それも女の姿が多く見受けられる。マリアの言う厳格な式とやらを見合いパーティーだとでも思っているのか。

 否、自分にとってもパーティーには違いないとエルザは思うわけだ。

 厳格に式を取り行わせるわけにはいかない。なんとしてでも阻止しなければならない。

「みんなに断れたにしては、やけに人数が多いな」

 周囲を見回したトールはそんな感想を漏らし、星海も頷く。

 誰にでもわかるほど不自然な状況がそこにある。

「招かれざるゲストはいてくれた方が面白いじゃないの」

 エルザがニヤリと笑えば、星海が眉を下げる。

「エルザ殿、それは不謹慎では……」

 咎めるように星海は言うが、そんな彼の肩をトールがぽんと叩く。

「言っても無駄ってやつだ。それに、この場合はそれで正しい。多ければ多いほどあんたは楽しいんだろ?」

「そうね、無駄に多い方がいい。ちょっと多すぎるくらいじゃないとやりがいがないから」

「あんたのちょっとは桁が違いそうだけどな」

 トールはリラックスした様子でやれやれと笑う。

「そんなことないわよ?」

「なら、そういうことにしておこう」

 やはりトールは無自覚の内に状況を理解しているとエルザは思った。だから、いつもの爽やかさで微笑んでいられるのだと。

 そして、気楽な彼の様子に星海も気付いた。

「自分にはトール殿も楽しんでいるように見える」

「かもしれないな」

 決して緊張するような状況ではないとエルザは思う。ダンスを踊るような気軽さで構えていればいいのだ。お楽しみはすぐに始まるのだから。

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