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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第一章
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掃き溜めの街 006

 エルザが現れてから一週間は平和そのものであった。

 〈カニス・マイヨール〉は営業を再開し、以前の活気を取り戻しつつある。

 ヘルクレスの人間はやってこなかったが、彼女もまた姿を現さなかった。

 誰もが彼女の話はタブーだと思っているようだったが、隠しきれない思いもあった。

 客がやってくる度、ジムは過剰に反応する。エドとフレディは平然としていたが、アルドもドアが開く度に身構えてしまう。

 そして、またドアベルが来客を知らせる。


「いらっしゃい、ま、せ……」

 思わず挨拶が尻切れになったのは彼女がやってきたからではない。だが、ヘルクレスの人間がやってきたわけでもなかった。

 その人はアルドが今までに見たことがないほど美しかった。ジムやハイスクールの生徒、客達が一斉に目を奪われるほどに。


 まずアルドには人形に見えた。あるいはゴシック雑誌から抜け出して来たモデルか。一言で表すならば美少女だった。おおよそこの店には似つかわしくない。

 肩に付くか付かないかの純粋なブロンドは光を受けて煌めき、吊り上がり気味の大きなアーモンド型の瞳は宝石のように青く、吸い込まれそうな輝きを宿している。すっと通った鼻筋に形のいい唇、全てのパーツが絶妙な配置だ。陶器のような白い肌にゴシックメイクとパンクファッションが映える。

「ねぇ、席、どこでもいいの?」

「えっ、あっ……」

 編み上げのロングブーツがカツカツと床を蹴り、透明感のある声がアルドに問う。呆然と見惚れていたアルドはどうすれば良いのかわからなくなってしまった。

「ここ、座れよ」

 手を挙げたのはエドだ。

「どうも」

 微笑んで彼女が座る。

その様子をエドの向かいに座るジムはぽかんと口を開けて見ていた。

「あの子、前からぼーっとしてるとは思ってたけど、今日は熱でもあるんじゃないの?」

 彼女は小首を傾げ、エドに問う。その様子にアルドは違和感を覚えた。なぜ、彼女は自分を知っているような口振りなのか。エドとも親しげである。

「お前に見惚れてたんだろ」

「お、お知り合いですか?」

 平然としているエドに恐る恐るアルドは問いかけてみる。

「何言ってるんだ? アルド」

「アタシのこと、忘れた?」

「えっと……」

 じっと見つめてくる青い目にアルドは益々困った。

 こんなにも印象的な美少女を見たら忘れられるはずがないが、声には聞き覚えがあった。

「嫌われてることはわかってたけどね……まあ、長居はしないから安心してちょうだい」

「え、エルザ、さん……?」

 ようやくアルドは彼女の正体に気付いた。

 正体というのは語弊があるだろう。これが本物の彼女に違いないのだから。

 ベティーやリリーの姿で訪れることはもうないとわかっていたが、皆、彼女の本当の姿を知らなかった。こうも美少女だとは気付かなかった。目立つ姿だからこそ変装していたのか。

「さんは要らない。アタシ、アナタより三つも年下」

 最早アルドは何に驚けばいいのかわからなかった。

 リリーは年上、ベティーは年下だと思っていた。こうして実際の姿を見ても年下とは思えない。三つとなれば十六歳である。もう少し大人びて見える。

「おい、ジム。いつまで口開けてんだよ」

 エドが指でテーブルを叩き、完全に固まっていたジムの意識もようやく現実に引き戻されたようだ。

 アルドはほんの少し前の自分の姿を見た気がした。

「おっ、おう! なんだ?」

 エドは小さく溜め息を吐くが、ジムはまじまじとエルザを見る。

「べ、別人、だなっ!」

「こっちが本当だけどね」

「ビックリしました。ヴィオレッタさんもローズも物凄く自然だったので」

「自分さえ騙さなければならないから」

 鮮烈な美少女、それが清楚で可憐な美少女にもさばさばした美女にもなる。

 単にウィッグを被り、メイクを変え、服を変えるだけではない。多重人格者のように彼女は他人になれる。アルドには悲しいことのように感じられたが、口には出せなかった。


 エルザ達はカウンターに移る。ここからはフレディを交えて話をしなければならないからだ。

 エルザはエスプレッソを頼み、アルドは彼女が変装によって飲み物の好みさえ変えていたことに気付いた。

 エド、エルザ、ジムが並ぶ様を見ながらアルドは休んでいるわけにもいかなかった。

 どうにもアルドは彼らの中で完全に子供だと思われているらしかった。反対にエルザは大人と見なされていた。そこがアルドとしては納得のいかないところである。

 仲間外れにされているような気になりながら溜め息を一つ吐いてアルドは仕事に戻る。



 エルザはカップに砂糖を入れてかき混ぜる。それだけのことに妙に感慨めいたものがあるのは本来エルザの中でコーヒーと言えばエスプレッソ以外にないからだ。ここでそれを飲むのは本来の姿である時だけだと決めていた。

「首尾は?」

 周囲を気にして些か小声で問いかけてくるエドにエルザは小さく首を横に古。

「不気味なくらいに動きがない」

「どういうことだ?」

 エドはそう簡単に終わるとは思っていなかっただろう。ジムの方はと言えば進展がないことを不安がっているようだ。

 エルザもこの数日間は情報収集に尽力したが、ヘルクレスは完全に息を潜めてしまった。

「一つだけわかったのは、あの男が殺されたってこと」

 途端にエドの表情が険しいものへと変わる。それでも彼は今日も恐ろしいほどに冷静だと言える。

「あのショットガン男か?」

「そう。変死体で見つかった」

 敵であっても、やはり死んだとなると不穏な空気が流れる。彼らはエルザと違って死に慣れていない。

「お前がやったんじゃねぇんだな?」

「アタシ、ヤッたとか吹聴する趣味ないから」

「ペンダントを取り返せなかったから始末されたってことか?」

 エルザの冗談はあっさりと流された。このエドという男はエルザにとってなかなかに手強い相手でもあった。

「そうかもしれないし、違うかもしれない」

 エルザが居合わせたせいでショットガン男は仕事に失敗した。そうなれば始末されることは彼らにも容易に想像できるだろう。それこそ、彼らの想像する組織の世界だ。

「でも、あんたはきっと不確かなことは言わねぇんだろうな」

「混乱させるつもりはない」

 エルザが全てを話すことはない。彼らには処理しきれない情報もある。

「やっぱり身内には優しいんだな」

 〈黒死蝶〉は身内に甘い。彼が知る噂の一つだ。

 エルザとて自分がどれほど有名になっているか知らないわけでもない。真実でない部分も多いが、エドにはどこか本質を見抜かれているような気もする。まるで友のように自分のことを知られているような錯覚を覚えるほどだ。

「甘さが捨て切れないのがアタシの欠陥」

「優しいってことだろうが」

「獣に使う言葉じゃないわね」

 自嘲気味にエルザは呟く。優しさではやっていけない世界だ。エルザの甘さが悲劇を引き起こしたことを彼らは知らない。

「でも、俺らを守ってくれるんだろ?」

 フレディに問われ、エルザは少しばかり困惑した。

「責任を取るなんて言っても、アタシにはヘルクレスを討たなければならない理由があるから」

 エルザにはウェーズリーのこと以外にもヘルクレスとやりあう理由がある。元々、それが目的だった。彼のためなどとは言えない。


 ふと、エルザの元にアルドが近付いてくる。ちらちらと様子を見たり、聞き耳を立てようとして挙動不審になっていることには気付いていた。

「あ、あの、これ……この前、渡しそびれちゃって……」

 そう言って、アルドはポケットに入れた手を差し出してくる。紙に包まれた物は想像がつく。受け取ってエルザは確認する。

 ヘルクレスのペンダント、疑うわけでもなかったが、メモリーカードも入っている。

「アナタ次第って言ったでしょ?」

 エルザは動きがない今でも強要する気は全くなかった。

「ウェズはあなたに、って言ったんです。だから、きっと、あなたが持ってなきゃいけないんです」

「そう……ありがとう。確かに受け取ったわ。絶対に悪いようにはしない」

 アルドは覚悟を決めたようだった。エルザもそれに応えなければならない。ウェーズリーの望みでもあった。


 コーヒーを飲み終えて、エルザは立ち上がる。

「もう帰るのか?」

「長居はしない、って言ったでしょ?」

 エドの問いにエルザは小さく肩を竦める。世間話をしたいわけでもあるまい。ここにいる時間はコーヒー一杯分と決めていた。

「忙しいのか?」

「かなり」

 ジムは心なしか寂しそうであったが、どう忙しいのかは誰も聞いてこない。聞けば後戻りできなくなるとわかっているのだろう。

「連絡をくれればすぐに駆けつける」

 エルザはメモを一枚取り出してカウンターに置く。

 それは彼らと繋がりを持つということ、エルザなりの礼儀であり、彼らを不安にさせないためである。彼らには見えない繋がりもあるが、今は明かすことができない。

 いずれは全てをつまびらかにしなければならなくなる。それでも心の準備ができていないのはエルザの方なのかもしれなかった。

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