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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第七章
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双子の悪魔 008

 エルザはカーマインにも目を向ける。

「カーマイン、アナタは? 何しに来たの?」

 この男がわざわざやってくる理由は考えるよりも聞く方が早い。悉くエルザの予想を裏切る思考回路があるからだ。

「俺は遊びにきただけだ」

 期待はしていなかったが、最早呆れる気にもなれない返答だった。トールのことを暇人などと言えない。

「ああ、そう。イシュタルとレサトは元気?」

「俺のことを聞けよ!」

「必要ないでしょ」

 遊びであると言うのなら、まともに取り合う必要はない。エルザは適当なことを聞いてやったが、カーマインはまるで駄々っ子だった。

「同じベッドで寝た仲だろうが!」

 誤解を招くような言葉の足りない言い方にエルザのこめかみがピクリと反応する。

「あー、その節はどうも。汗臭いベッドを貸してくれて」

「んだと? 一番いいベッドで寝かせてやった俺の優しさがわからねぇのか!?」

「優しさを見せてくれるような状況じゃなかったわよね。アナタが人の話を聞かないせいで物凄く苦労したし、大人しく投降するって言ってるのに、拉致まがいのことするし、首絞めてきたのはどこのどなた?」

 そもそも、全ての疲労の原因はこの男なのではないかとエルザは思うのだ。

 彼がエルザの仕事をややこしくした。そして、あまりにもあっさりとした許しがエルザを混乱させた。

「何やってるんだ、あんたら」

 呆れているのか、どこかトールの視線は冷たい。

「変なプレイをしてるみたいな言い方しないでよ」

 一から説明する気にはなれないが、誤解を受けるのもまた心外というものだ。

「仲が良いのは悪いことじゃない」

 柔らかに微笑むトールにエルザは言い返せなかった。必ずしも良いわけでもない。


 そんな空気を変えるように彼はやってきた。出迎えたアルドに頭を下げ、真っ直ぐにエルザ達のテーブルへと向かってくる。

「カーマインさん」

 微笑を湛え、穏やかな声音で彼は言うが、瞳は全く笑っていない。

 イシュタル、アンタレスに属するリブラの代表である。

「何しにきやがった? 帰れ! 邪魔すんな!」

 カーマインは彼を追い払おうとするが、イシュタルの表情は曇っていく。

「今日は重要なお話があるって言ったじゃないですか。今すぐ一緒に帰りますよ」

「嫌だ!」

「我が儘言わないでください。こっちの仲間は既に集まってるんです。あとはカーマインさんだけなんです」

 イシュタルの心中は穏やかではないようだったが、カーマインは耳を貸す様子がない。

 肩を竦めて自分に視線を送ってきたイシュタルを見て、エルザは思わず笑ってしまった。

「なんか、お母さんみたい」

「たまに、そういう気分にもなりますよ。うちはカーマインさんの保護者会みたいな状態です」

「俺がてめぇらの保護者なんだよ!」

 トールが義理堅いと言ったように彼は爪としての役割はきちんと果たしている。それについてカーマインが威張れることではないはずなのだが、本人がまずわかっていない。

「こちらの方は?」

 ふとイシュタルがトールへと視線を向ける。

「アルデバランのトール・ブラックバーンだ」

「アンタレス付属リブラ代表のイシュタルです。ご無礼をお許しください」

「いや、気にしないでくれ。俺は大層な人間じゃない」

 二人の様子を見ながら、エルザはぼんやり好青年対決だとくだらないことを考えてみた。それは現実逃避と言えるのかもしれない。

「カーマインさんがご迷惑をおかけして申し訳ないです」

「大変ねぇ」

「本当ですよ。まったく、この人はどうしてこう空気が読めないんですかね」

 イシュタルは笑っていて苦労しているようには見えないが、全て言葉に含ませた刺によって発散しているのだろう。

 彼はカーマインを怒らせたいのかもしれない。短気な彼は瞬間湯沸かし器のようなものだ。言葉一つで簡単に沸騰する。

「おい、なんだ? その言い草は」

「すみません。僕、基本、背信することばっかり考えてしまって、たまについ心にもないことが出ちゃうんです」

「てめぇはいつもわざとだろうが!」

 背信などという言葉は穏やかではない。そして、半ば冗談ではないことをエルザは知っているが、カーマインが相手ならばほとんど効果はない。

 結局、彼は心の底からはカーマインを裏切れないに違いない。

「まあ、落ち着けって」

「落ち着けるか!」

 トールはカーマインを宥めようとするが、まるで無駄だ。むしろ、逆効果というものである。

 エルザは溜め息を一つ吐いてからイシュタルを見た。

「ねぇ、イシュタル。この前、イーグルとファルコンが来たわよ?」

「本当ですか!?」

 困った顔をしていたイシュタルはパッと表情を明るくした。

「レッド・デビル・ライとしてじゃなくて、アクイラのロメオとファウストとしてだけど」

「バンドと殺し屋としての仕事を両立してるなんて本当に尊敬します!」

 エルザからすればできることならばあまり関わりたくない史上最悪の双子なのだが、イシュタルは本当に彼らのことが好きらしい。

 前に彼がファルコンの名を出した時から気付いていたが、彼らの表と裏の顔を彼は知っている。

「また来るはずだし、彼らとリブラで手を組んでもらえたらって思ってるんだけど、どう? 考えておいてくれる?」

「考えるまでもないことです。大歓迎です! その時は呼んでもらえれば、どこにいようと何をしていようと駆けつけます!」

 本当は既に北と話がついているのではないかとエルザは思っていたのだが、わからなかった。

 こうしていると、イシュタルは裏の世界とはなんの関わりもないように見える。トールもカーマインでさえも。

 けれど、自分はどうだろうか。隠した獣の臭いに自分だけは気付かれてはいないかとエルザは考える。

「さあ、行きますよ! カーマインさん!」

「嫌だ!」

 すっかりご機嫌になったイシュタルがカーマインの腕を掴むがびくともしない。彼は石になったようにこの場から動かないつもりらしい。

「さっさと行きなさいよ」

「どうしてもって言うならお前も来い!」

 この状況は大変好ましくない。思の外カーマインの意思が強いことにエルザは疑問を覚えた。なぜ、彼はこんなにも頑なに拒むのか。

「なんでそんなに嫌がるのよ?」

「俺がどれだけ寂しかったと思ってるんだ? 俺にはお前が足りねぇんだよ!」

「うげっ、気持ち悪っ……」

 エルザは聞いたことを深く後悔した。

 もっとまともな理由があると思っていたのだが、カーマインという男は本当に予想を裏切るものだ。

 そして、爽やかな笑い声が響く。

「熱烈なラブコールだな。応えてやったらどうだ?」

 他人事だからか、トールは楽しげであるが、エルザにとっては冗談ではない。

「アタシ、女々しい男って大嫌い。あと、過保護な男」

 そうエルザが言い放った瞬間、おかしな空気になった。

 カーマインが明らかにショックを受けて固まったからだ。カーマインでも自分が言われたのだと気付いたようだ。

「き、嫌い……」

 カーマインは呆然と呟くが、エルザは更に追い打ちをかけることにした。

「女追っかけて仕事放棄とかサイテーよね」

 反論もせず、ガックリと項垂れたカーマインの耳元でイシュタルは囁く。

「カーマインさん、話し合いに出てくれれば男らしくなれますよ?」

 そんなわけない。エルザは思ったが、カーマインはぱっと顔を上げた。

「本当か……?」

「ですよね? エルザさん」

 同意を求められてエルザは仕方なく頷くことにした。

「自分の責任が果たせる男は好きよ?」

 別にカーマインが好きだと言うわけではない。エルザは自分を嘘吐きだと自覚しているが、嘘というわけでもない。

「よし、帰るぞ、イシュタル」

「では、失礼致します」

 カーマインはさっと立ち上がり、すたすたと入り口へと向かって行く。

 そして、イシュタルはぺこりと頭を下げ、カーマインの代わりに会計を済ませると後を追っていった。


 カーマイン達が去ると、嵐が過ぎ去ったようでもあった。

「扱いが上手いな」

「さすが、保護者よね」

「あんたのことだ」

 トールは感心しているらしかったが、素直に喜べる状態ではなかった。

「……嬉しくない」

「褒めたつもりだったんだが、やっぱり、異性の扱いは難しい」

 トールはしみじみと頷く。よほど部下に難儀しているのか。

「それで? 邪魔者はいなくなったわよ?」

 エルザはカーマインが来たからトールが本来の目的を果たせなくなったのではないかと考えていた。

 けれど、トールは首を横に振る。

「いや、本当になんでもないんだ」

「それならいいけど、何かあったらちゃんと言って」

 お互いの立場を考えれば遠慮は要らない。状況によっては西方のように遠慮している場合ではなくなるのだが、トールはそうではないようだった。もしかしたら、部下の事情をあまり言いたくなかったのかもしれない。

「俺は言える。けど、あんたは言えないだろ?」

「アタシは大丈夫。タフだし。今はまだここのこと以外には巻き込めることがないから」

 トールの問いは間違ってはいない。エルザには言えない。そんなことはエルザの心が許さない。プライドではなく、後ろめたさがそうさせるのだ。

「また様子を見に来る」

「外交のことなら、アタシのところは二重丸だって言っておいて。必要ならリブラのところみたいに外関係も多少は手配できる」

 トールが何を望んでいるかはエルザにも丸っきりわからないわけではなかった。

「ああ、さんきゅ」

 そう微笑んでトールは今日もまた爽やかに去って行った。

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