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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第一章
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掃き溜めの街 005

 エドはもう誰にも持たせないとばかりに銃を手にしてエルザの隣に座る。そんな彼の隣にジムも座る。アルドは座る気にはなれずに立ち尽くす。

「お前とウェズの関係は?」

 問いはどこか尋問じみている。そんな真似ができるのは彼しかいなかった。

「知らなくてもいいことがある」

 エルザは真実を語ろうとはしない。相手は素人、彼女はプロなのだから不利なことは何もないだろう。銃を持つエドでさえ脅威になり得ない。

「それで納得できると思うのか?」

「彼が望んでいなかったとしても?」

 エルザは、語らないのは個人の意思だと言わんばかりだ。

「俺達は知らなきゃいけないんです」

 アルドは下を向いたまま思いを吐き出す。

 たとえ、ウェーズリーが隠したかったことだとしても、そんなことを言っている場合ではなくなってしまったのだ。

 彼に何があって、どうしたかったのか。それが問題だ。

「死者の声を聞くことはできない。だから、代弁はしない。そんな権利はアタシにはない」

 死人に口なし、墓場まで持っていった秘密を暴くことはできない。それが死者に払う敬意だとでも言うのか。

「死んでねぇ!」

「ジムさん?」

 沈黙の中、ジムは勢いよくカウンターを叩いて叫ぶ。カップとソーサーが跳ねて耳障りな音を立て、スプーンが踊る。それをエルザがそっと止めた。

「ウェズは死んでねぇ! ここにちゃんと生きてる!!」

 自分の胸を叩き、強い言葉でジムは言う。

 それでもエルザの心が動いたとは思えない。

「なら、アナタは他人の秘密を漏らすの?」

 ジムが炎ならばエルザは正に氷だった。

 しかし、相手を生者としたいのなら今度は生者の道理を貫かなければならなくなる。

「つまり、お前とウェズは家族みたいなものだろ? だが、俺らだってウェズの家族だ。そして、お前は」

 熱くなったジムの肩を叩き、エドは彼の気持ちを要約したが、エルザは最後まで言わせなかった。

「そうね。アナタ達をアタシは巻き込んでしまった。その罪は償わなければならない――」

 殺し屋らしからぬ誠実さを感じさせる言葉にアルドの心は揺らぐ。彼女を信じそうになってしまう。

 エルザは目を伏せ、何を考えてるかを窺い知ることはできない。

「――けれど、真実を知って、それでも彼を好きでいられる?」

 妙な緊張感の中、エルザが吐き出したのは真実ではなかった。彼らを試す残酷な問いだ。

 やはり彼女は自分達とは違う世界の人間なのだとアルドは思い知らされた気がした。今の彼女からは暖かみが感じられない。花を手向けていた少女から感じられたものが消え失せてしまったかのようだ。

 アルドは答えることができなかった。

「俺達は家族だ。好きも嫌いもあるか」

 ジムの答えに迷いはない。エドもフレディも頷くが、アルドだけは続き損ねてしまう。

「家族、ね……」

 エルザはぽつりと呟き、何かを考えているようである。

 不意にアルドは彼女には家族がいないのだろうかと考えてすぐにやめた。彼女も人の子ならば親がいるはずだが、殺し屋の家族など想像したくない。

「なら、決して彼を恨んじゃいけないわ。それは餞にはあまりに無粋だから」

 暗い声に、それだけの秘密をウェーズリーが抱えていたのかとアルドは重たい気持ちになる。

 人の生死について彼女は自分達よりも確かな哲学を持っているのだとアルドは感じるものの、感心はできない。つまり彼女がそれだけ人の死に立ち会ったということなのだから。


 たおやかな手がカップを持ち上げ、ゆっくりと口へ運ぶ。そして、コトリとカップが置かれた時、アルドは息を止めてしまっていたことに気付く。彼女から目を離すことができなかった。

「……彼はアタシに恩を返そうとした」

 エルザは躊躇いがちに吐き出すが、真実というにはあまりに曖昧である。

「お前は殺し屋で、ウェズはただのウェイターだ」

「ただのウェイターじゃなかったら?」

 本来、別世界の人間であるエルザとウェーズリーには結び付くものがない。結び付くとしたら、どちらかが世界の境界を踏み越えた時だけだろう。

「あいつが、裏の顔を持ってたって言うのか?」

 ジムの声は震えていた。同じ世界にいたはずの家族がそうではなかったとしたら悲しいことだ。

「彼は情報屋をしていた。アタシと会ったのも彼が危ないことをしていたから。これでいい?」

「そんな……」

 淡々とした言葉はアルドの目の前を暗くする。急に視界が奪われたような、どこか絶望的な気分だった。ウェーズリーが死んで、まだショックを受けることがあるとは思ってもいなかった。

 情報屋、それがどういう稼業かくらいはアルドにもわかる。裏の世界に繋がっていたということぐらいは。

「それ、中に奴ら闇取引の情報が入ってるはず」

 エルザが指さすのはアルドが握り締めた拳だ。ペンダントの中にメモリーカードが入っていることまで確認している。

「ウェズの恩返し、か……」

 エドの呟きが繋げる。ウェーズリーはエルザのために危険な情報を仕入れてしまったから殺されたのだ、と。

「そんなもん、持ってたら危ねぇだろうが。早く渡しちまえ」

 ジムに言われてアルドは反射的に更に強く拳を握っていた。

 エルザは取り上げようとするわけでもなく、首を横に振る。

「渡すかどうかはアナタ次第。多分、あいつはもうアタシの手に渡ったと思った。だから、好きにすればいい」

「え……?」

「そのまま形見として持っていてもいいし、警察に売り渡してもいい。でも、中だけは見ない方がいい。これ以上、余計なことは知るべきじゃない」

 強要しないエルザの態度にアルドは戸惑う。

 ウェーズリーが命懸けで得た物を必要としていないわけではないだろう。ウェーズリーの遺言を聞いていながら、それを理由にすることもしない。

 彼女が何を考えているのか、全く読み取れない。

「人質、ってことはねぇのかよ?」

 ジムは自分達がエルザを脅す材料になるのではないかと危惧したようだ。彼女と繋がったことも知られたことになる。

「どんなことがあってもアタシが絶対に守ってあげる。今度は絶対にね」

 エルザの言葉には強さがある。それでもアルドは信じることを躊躇っていた。無条件に信じることができずにいた。

 ウェーズリーのことは守らなかった。そもそも彼女は殺し屋だ。守ると言う言葉は似合わない。


「なぁ、ここに来ていた目的はなんだ?」

 エドは話を変える。この場所に敵が乗り込んできた以上、ヘルクレスのことは彼らでどうにかできることではない。それについて議論したところで無駄だ。

「ウェズを見張ってたのかよ?」

 ウェーズリーがリリーを連れてくるよりも前からベティーは常連客だった。前から目を付けられていたのかもしれないとジムは考えたようだ。

 エルザは首を横に振る。

「彼にも聞かれた。助けた時、アタシはベティーだったから」

 偶然だったのだろうが、アルドにはそれが幸か不幸か判断できなかった。彼女と出会わなければ命を落とすことはなかったとは言い切れない。

 危険な仕事をしていた以上、いつ死んでも不思議ではないが、結果として彼女が死の原因になってしまった。

「なら、なんで……」

 ずっと前から自分達は殺し屋と知らずに時間を共有していた。信じていた人間に裏切られたようなものでもある。だからこそ、アルドはその理由を明らかにしたかった。

「ここのコーヒーが美味しいから。それだけじゃダメなの?」

「お前が殺し屋じゃなきゃ、それで済んださ」

 エドははっきりと言う。

 彼女が一般人なら納得できる答えだ。だが、彼女は彼らにとっては別の種族とも言える存在なのだ。中央にはいないとさえ思っていた。この地域に生息しないはずの生物に遭遇したようなものである。

「敢えて言うなら、少女でいたかったから、かもしれないわね」

 はぐらかし、エルザはフレディを見る。

 視線を受けて目を伏せたフレディは何かを知っていたのかもしれない。そう思わせる何かがあった。

「この件はアタシが責任を取る。必ずヘルクレスを討つわ。そして、もう二度とここへは来ないから安心してお眠りなさい」

 正体が明らかになってしまった以上は来ることもできないだろう。アルドとしても笑顔で迎え入れることは難しい。自信がないのだ。

「ああ、お前さんは来店拒否だ」

「待てよ、オヤジ!」

 厳しい声で言うフレディに声を上げたのはジムだ。

「いつかそう言われると思ってた。ここ以上に美味しいコーヒー出すところを知らないから残念だけど」

 エルザはゆっくりと頷いて受け入れ、アルドはほっとした。

 だが、フレディがすぐに柔和な笑みを見せる。

「今度来る時は本当の姿で来い。まだ言うことがあるだろ?」

 フレディは家族に語りかけるように優しい言葉をかける。ベティーではなく、リリーでもなく、エルザとしてならば受け入れると。

 それを理解してか、エルザも笑みを見せる。

「信じてくれれば絶対に守るわ」

 そうして、エドから銃を受け取り、エルザは去る。アルドはただその背中を見送ることしかできなかった。

 リアルじゃない。

 また通算何度目かもわからない呟きを心の中でしながら。



 店を出て、エルザはもう一度路地裏へ向かう。

 またカサリと音を立てるセロハンに自分が責め立てられている気がした。脳裏にはウェーズリーと彼に似た他の男の顔が並んで浮かぶ。まるで関係のない二人だが、共通点はある。どちらもエルザが死なせた。

 許されない罪を二度も繰り返してしまった。馬鹿なことをしたと笑えもしない。

 今度こそ守ると決めたのに、彼を止めることがエルザにはできなかった。


 だから、誓いを立てるのだ。無駄死ににはしない。必ず全てを精算する。

 失われた命は取り戻せない。犠牲によって得たもので最大の攻撃を仕掛ける。時間はかかってしまうだろう。

 全ては壮大な復讐劇、唯一の目的のための道筋でしかない。


 もう一度、エルザは花を見やる。そこは墓場に見えた。墓地よりもこの場所の方がエルザにとって自分の罪を自覚できた。今もここに彼が倒れていた光景を思い出せる。

 今日、ベティーとリリーは死んだ。もう彼女達が現れることはない。だから、本当はエルザ自身への手向けなのかもしれなかった。

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