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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第五章
36/245

愛と悲しみの街 005

 〈王様〉をもエルザが倒すのに大して時間は必要なかった。ストレス発散にもならいほど容易い。

 気絶した彼らは念入りにベルトやネクタイなどで縛り付けてやった。

 そうして、エルザはカーマインに近付く。

「寄るな! 触るな!」

 まるで害虫でもやってきたかのようにカーマインは暴れるが、エルザは無視する。

「暴れると怪我するわよ」

 大振りの指輪には極細のワイヤーが仕込まれている。エルザが手錠を切断できたのもそのためだ。そして、彼の手錠も同じように切断して解放してやった。

 自由になるなりカーマインはエルザから距離を取る。拘束されていた体は痺れているのかよろめいていたが、彼は暴行を受けたわけでもない。心配する必要はない。

「てめぇ、西に踏み込めばただじゃおかねぇって言ったよな?」

 カーマインは凄んだつもりだろうが、エルザを脅すことはできない。今の彼はエルザを恐れているようでもあった。

「それ聞く前にもう踏み込んじゃってたんだから仕方ないじゃない」

 聞いた後だったならばエルザもトール・ブラックバーンの言葉を信じて踏み込まなかっただろう。そもそも、エルザの意思ではないのだが、彼にとっては同じことだろう。

「よくもぬけぬけと!」

「弁解はしない。尋問なり私刑なり好きにしたら?」

 レグルスがアンタレスの領土に侵略した。それだけが事実だ。

 エルザは両手を上げ、闘志がないことを示す。相手は〈ロイヤル・スター〉である。彼が裁くと言えば、エルザは従うしかない。

 カーマインは警戒しているのか動かず睨み合う中、ひどく騒がしい音が近付いてきた。

「兄貴ぃっ! カーマイン兄貴ぃぃぃぃぃっ!! 無事っスかぁぁぁぁぁっ!?」

 叫びながら全力疾走してきたのはバンダナをした少年だった。

「ああ、なんとかな」

 カーマインはこうなることがわかっていたのか、満足げに笑う。時間稼ぎをしていたつもりか。

 どうやら、少年はカーマインの部下のようだった。

「兄貴の動きがおかしいんで駆けつけてみたら……って、全然無傷じゃねぇっスか」

 少年はカーマインに発信器でも付けていたのか、行動を監視していたようだ。

「そっちのマジ美少女、なんスか?」

 じろじろとエルザを見て少年が指させば、カーマインの表情が険しさを増した。

「敵だ」

「やっぱ、悪役は超絶美形っスか!」

 少年は一人で盛り上がるが、エルザにとっては不本意なことだ。

「アタシは敵になるつもりはない」

 〈ロイヤル・スター〉同士、敵になれるはずもないのだが、カーマインは聞く耳を持たない。

「捕まえる。手伝え、レサト」

 カーマインは構え、少年にもそうするように言う。

 白旗を揚げているというのに闘魂逞しいことだ。そして、自分への不信が想像よりも遙かに強いことにエルザは肩を竦めた。

「敵意のない人間に二対一なんて卑怯な真似をするのね、カーマイン・スコルピウス」

 当てつけがましく言えば鋭い視線とぶつかる。それでもエルザは怯まない。

「てめぇを二人分として評価してやってんだよ!」

「だったら、アタシはアナタを一人前として評価しなくていいことになるわね」

「んだと? てめぇの存在がオーバーキルなのがいけねぇんだろうが!」

「核兵器扱いしないでよ」

「極悪なのは同じだ!」

 口撃の応酬の中、レサトと呼ばれた少年は困惑した様子で二人を交互に見る。

「い、いや、兄貴……状況がわかんねぇんスけど」

「この女がシャウラだ。レグルスの小娘が俺を騙してやがったんだよ!」

 カーマインはビシッとエルザを指さす。

 レサトはまるでこの世の終わりを告げられたような表情に変わる。

「うわっ、兄貴がマジ惚れした赤い糸の女が実は兄貴が嫌いな女ランキング単独首位だったなんて……! なんたる皮肉! 運命ってマジ残酷っスね!」

 レサトはどこか楽しんでいるようだった。その空気を読まない発言にカーマインの苛立ちは頂点に達したようだ。尤も、空気の読めなさに関してはカーマインの方が間違いなく上である。

「余計なこと言ってんじゃねぇ!」

 カーマインはレサトの頭に拳骨を叩き込む。

「ぎゃん!」

 レサトの悲鳴にエルザは小さく溜め息を吐いた。そうするだけで妙に体力を消耗する気がした。

「大人しく投降してあげるって言ってるじゃない。アタシにだってプライドはあるもの。〈ロイヤル・スター〉とやり合うほど馬鹿じゃない。アナタが潰れて困るのはアタシだって知ってるでしょ? こんなの不毛だわ」

 ずっと手を上げているのも疲れるものだ。

 早くどうにかしてくれとばかりにエルザが言えば、カーマインはつかつかと歩み寄ってくる。

 そして、エルザのみ鳩尾に強烈な一撃が叩き込まれる。

 最低な乱暴者、心の中で吐き捨て、エルザはそこで意識を手放した。

 彼を非難できるほどエルザも罪のない人間ではなかったが。



 気絶してからどれほど経ったか。覚醒したエルザは目を閉じたまま周囲を探る。まずは自分の居場所だ。

 硬い感触だが、床というには柔らかく、ベッドだろう。

 またこのパターンか。エルザは内心うんざりしていた。

 今回は自分のベッドではないだろう。全てが夢でないことはわかっている。

 見張りか、すぐ側に人の気配が感じられる。敵意は感じられない。動きはないが、眠っているわけでもあるまい。

 目を開ければ仏頂面のカーマインが椅子に座っていた。

「……意外に紳士じゃないの、カーマイン・スコルピウス」

 容赦なく鳩尾を殴ってきたかと思えば、これである。拘束もされずにベッドに寝かされている。

 飴と鞭のつもりか。

「俺を、騙してたのか?」

 冷めた目が貫こうとすうようにエルザを見る。

 落ち着いたように見えるが、低く押し殺した声は怒りがまだ消火されていないことを示していた。

「違う、って言って信じるの?」

 エルザは詐欺師ではない。

 しかし、騙すつもりがなかったとしてもこの皮肉な運命を笑い飛ばせるわけではない。

「あそこは俺のシマだ」

 そんなことを知らないエルザではない。彼の手に負えるものだったかもわからない。彼がなぜエルザが行く先々に現れたかもわからない。偶然なのか、必然なのか。彼が〈王様〉に対して反応を見せなかったことも不可解である。

「見たでしょ? アナタのシマは蝕まれてた」

「だからって、レグルスがしゃしゃり出てくんじゃねぇよ!」

 燻っていた火に油を注いでしまったらしい。

 激昂したカーマインが動く。ベッドに乗り、自分に馬乗りになる彼をエルザは避けようと思えばできた。

 なのに、そうしなかった。

 その目に憤怒の炎を燃やすカーマインが容赦なく大きな手で首を絞めてくる。

 素直に受け止めたエルザの意識に靄がかかる。それでも、タップするわけにはいかない。彼にそうしたとして彼はやめてくれただろうか。

「アル……」

「あ? なんだって?」

 手の力が緩み、エルザは咳き込む。

 だが、カーマインは答えを要求するように胸倉を掴み上げてくる。

「アル・ディバイン」

 エルザにとっては自分だけの秘密だった。秘密の恋人のようですらあった。

 あの星海にさえ言っていない。彼には言う必要がなかったのだが、この男は全てを隠したまま納得させられる男ではない。

「誰だよ? それ」

「クライアント、それ以上は知らない。いつも、一方的に、メール、くれる」

 これがアル・ディバインの仕向けたことだと考えるのは深読みのしすぎなのかもしれない。

 だが、この謎を解明するにはまず自分の手の内から明かさなければならない。

「信用できねぇ奴だ」

 自分でさえわからない相手のことを信じさせられるとはエルザも思っていない。彼にとって信じられないことなら他にもある。

「アル・ディバインは、多分、アタシが、シリウスの手足だって、知ってる」

 その名前を出すことさえ躊躇われるものだったが、出し惜しみなどしている場合ではない。

「シリウスだと? ふざけんじゃねぇ! そんなこと信じられるか!」

 また火の勢いを強めてしまったか。

 シリウス、その名は彼にとって大きな意味を持っている。否、全ての〈ロイヤル・スター〉にとってそれは重大な存在だ。知らないと言う者などいてはならない。

「償いの機会を与えてくれたのかもしれない。シリウスはアタシに街を守れと命じた」

「てめぇがその名を口にすんじゃねぇ!」

 エルザは嘘吐きだ。自分で認めているが、肝心なところでは嘘を吐くことができない。

 冗談で出せる名前ではない。エルザは誰よりもその重さを知っているつもりだった。

 それでもカーマインには軽く聞こえたのだろう。

「シリウスが誰なのかは誰も知らねぇ。俺の親父だって最期まで言わなかった。そもそも、今は本当に存在するかもわかんねぇんだよ」

 シリウスとは〈ロイヤル・スター〉の頂点に立つ存在だ。中央を含む街の全てを統べるとされている。既にそれもお伽話として扱われ、組織の起源にまで溯るほどになってしまっているのだが。

 前の世代まではその名を冠した者がいたとされるが、〈ロイヤル・スター〉同士の繋がりさえ希薄になった今の世代には存在しないはずなのである。

 それを今、エルザが手足であるとしてもシリウスと関係しているとするならば矛盾が生まれてしまう。

 〈ロイヤル・スター〉の召集の際、シリウスはいなかった。存在するならばその者を差し置いて街の話ができるはずもない。

「シリウスは、もう、いない。役目を終え、意志だけが遺された。もっと相応しい人間は他にいくらでもいるはずなのに、アタシにその荷物を預けたのよ」

 組織を継いだカーマインでさえ知らない人間をエルザが知っているとしても証明は不可能だ。最早、その真偽を知る者はいない。

「証拠は、ある。アナタが信じるかは別として」

「証拠だと?」

「然るべき日までシリウスとしての役目を代行せよっていう命令書。前〈ロイヤル・スター〉の署名入りの紙切れ一枚。それを振りかざすのはフェアじゃないと思うから誰にも言ったことはない。現物は本宅の金庫に厳重に保管してあるから兄さんに言わないと出せないけど」

 エルザは嘘偽りなく語り、判断を全てカーマインに委ねる。

 嘘を吐く必要などないし、彼も〈ロイヤル・スター〉ならば真実を見抜けなければならない。

 胸倉を掴み挙げていた手が放れ、カーマインは椅子に座り直す。

 そうして沈黙が訪れた。

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