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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第二十二章
208/245

青い血の騎士 008

 ストリートでの騒ぎを収め、エルザ、トール、クライド、ルカ、アカツキ、スバルの一同も〈バッド・ブラッド〉に集まっていた。

 ただストリートで屯していた男達が何者かにそそのかされただけで有益な情報は得られなかったが、ここからがエルザの目的である。そういう意味では良い機会になったとも言える。

「おうおう、なんだかひょろひょろのが増えちまって、うちの店はどうしちまったってんだ」

 店番をしていただけのロバートはトールやルカ達を見て言い放つ。随分とわざとらしい言いようである。

「改めて紹介も兼ねて説明するわね」

 おおよそ、それは初めてここに来るトールに向けたものだ。

「ここが……話すと長くなるけど〈バッド・ブラッド〉。アタシが頼りにしてる荒くれ者達の溜まり場で集団そのものを表すこともある。まあ、汚い酒場よ」

 酒場の名はそのままチーム名のように使われることもある。今日の男達もそのつもりだっただろう。

「これが店主で金に汚いドブ」

「だから、ドブはやめろ! ロバートだ。せめてロブかロビンにしろ! つーか、さりげなく汚いとか二回も言うなっ!」

 ロバートが喚くのはエルザの耳を通り抜けていった。もっと面倒な人間を紹介しなければならず、エルザはそちらを見る。少し視線が合っただけで意味ありげな視線を向けてくるのだから質が悪い。

「永遠のナンバーツーのラフ――ラファエル」

 紹介を受けてラファエルがトールにニコリと笑む。それも初めだけ、営業スマイルのようなものだ。

「せめて姫のナンバーワンでいたいけど」

「見ての通り、もの凄く残念な人。で、こっちが永遠の新入り」

 ラファエルについて深く触れることなく、エルザはその隣の男を見る。

「MJだ。なんでも永遠って付けりゃいいと思ってんじゃねぇよ。つーか、わざわざ俺を紹介する意味があるか?」

 MJはこの場にさえあまりいたくない様子でもある。単に堅苦しいことが嫌いなだけだろうか。彼の頭の中はバッティスタのことしかないということなのかもしれない。

「ここはアタシの直属の部下で、まあ……厄介な関係のラサラスことバッティスタ・バンディーニが愛した店で、彼はここの英雄。MJはその……舎弟?」

「もういい、余計なことは言うな。俺のことなんてどうだっていいんだ。そこらの大物と並べんな」

 ぷいっと顔を背けてジョッキを傾けるMJは照れているのかもしれない。

 どうにも彼のことはエルザとしても扱いにくいところがある。同時に自分に好感を持っていない分、話しやすくもある。

 今度はエルザはクライドを見る。

「こっちは同盟を結んでる自警団フォー・レター・ワーズのリーダー、〈暴君〉クライド」

 クライドは小さく頭を下げる。先日、アウェーだと言っていた彼はまたそう思っているのだろうか。〈暴君〉らしかぬ態度の小ささである。

「自警団シックス・フィート・アンダーの幹部〈紫月〉ルカ、アカツキ、スバル」

 彼らは順番に手を上げる。

「みんな、もうわかってると思うけど、彼がトール・ブラックバーン、アルデバランのボス」

 エルザがトールを示せば彼に注目が集まる。彼もまたクライドやMJのようにあまり紹介されたくなかったようだ。

 彼こそ立場上、最も堂々としていて然るべきであるのに頑なに隅にいたがった。一番若いスバルでさえ平然とビールを飲んでいると言うのに。否、彼は心臓に毛が生えているようなレベルであって普通ではない。

 少なくとも彼の先輩二人はアルコールを遠慮しようとした。彼らはバイクでここに来ているのである。それがわからないほどどうしようもない大人達ではないが、一人代表が飲まないと格好が付かないと思っているスバルは帰りの運転をエルザにさせる気だったらしい。結局、泊まっていくことで話がついたが。

「俺の顔に何かついてるか……?」

 ニヤニヤするクライドに見詰められ、トールはすっかり困惑している様子だ。

「いいや? 何回か見てはいるが、近くで見ると本当にイケメンだと思ってな」

「俺もあんたには見覚えがある」

「クライドには〈カニス・マイヨール〉周辺の警備を任せてる」

「店の常連ってわけだ。そいつらとも協力関係にある」

 クライドはルカ達を示す。

「店の守りは万全ってわけか」

「まあ、知らんぷりしてるっスけどね」

 肩を竦めるルカは他人のフリが妙に上手い。

 実際、クライドは何度もルカ達と同じ時に店にいるし、エルザも同じである。だが、気付かれるような素振りなど一切見せない。

「組織との繋がりのこともか」

 トールがじっとルカを見る。もうわかっているだろう。

「だって、アルドお兄さん、ビックリしちゃうと思うし」

「下の方には深入りはさせてねぇけど」

「俺らだけでいいだろ、危ねぇことすんのは」

 ルカにスバル、アカツキと続く。彼らは無責任な幹部ではない。

「パニクってしばらく立ち直れなくなると思うから、時がくるまでは内緒にしておこうと思って」

 エルザの提案と言うよりも皆で意見が一致したことだ。

 あのアルドのことだ。想像するのは容易い。誰もからそう思われてしまっているほどわかりやすい。しかし、本人が知ったならば大層驚くことだろう。

「賢明……なんだろうな」

 トールの脳裏にもグルグルとその場で回り出すアルドの姿が浮かんだだろうか。

「そうそうみんなにこれを渡そうと思って」

 エルザがバッグから出して皆に配るのはチケットだ。キグナスとレッド・デビル・ライのライヴである。このライヴでレッド・デビル・ライはイーグルの解雇と活動休止を発表することになっている。

「ついに東を固めるってことか」

 クライドは時が来たと察したようだ。刹那的なようで賢く慎重な男だ。

「そう、ここにキグナスとロメオ・アクイラを加える」

 エルザは宣言する。

 北方のレッド・デビル・ライ、東方のキグナスが結び付けばより守りは堅くなる。レッド・デビル・ライにはもれなくデッドリー・シンズことアンタレスの外部組織リブラがついてくる。実質的に内部及び外部四方の守りは強くなるということだ。

「あんた、まさかこのためにずっと動いてきたのか……?」

 トールは驚きを隠せない様子だ。しかし、それを笑うのはクライドだ。

「こんなのは壮大な計画のほんの一部だ。驚くには早すぎる」

 エルザはクライドにその壮大な計画を話したわけでもない。彼が勝手に言っているだけだ。

「お気に召さない?」

 エルザはトールを窺ってみる。エルザはまるで恋人へのサプライズを用意していたように反応が気になっていた。

「いや、感謝する」

 彼の本心であるようだ。この場にいる皆に感謝しているようだ。

 トールのためにしたことだとはエルザには言えない。しかし、彼が喜んでくれるのなら少し心が満たされるような気がするのだ。

「だって、これがアタシの役目だもの」

 レグルスが担う調停と監査、そしてシリウスから任された街の監視と秩序を維持する役目がエルザにはある。自分が動きやすいようにしているわけだ。

「今は細かいことなんかいいじゃねぇかよ」

 不満の声を漏らすのはMJだ。

 彼自身は思いっきり飲んで騒ぎたいというわけでもあるまい。しかし、周りの空気はそうだ。クライドやルカ、トール達がそうでなくともこの場にはいつも店にいる面々もいる。

 尤も、既に各々勝手に飲んでいるわけであるが、大きな事が成されるとなると話が違ってくる。

 しかし、エルザに長ったらしいスピーチなど望んでいるわけではない。

 エルザは自身のグラスを掴んで立ち上がる。中身はジュースでもなく甘ったるいアイスティーだ。ここには女性向けのカクテルなどという可愛らしいものはない。エルザも酒を飲むと主張したが、止められてしまった。

「まあ、そういうわけで……乾杯!」

 グラスを掲げて適当に宣言すれば、それぞれのグラスがぶつかる音と野太い声が上がる。

 ルカとアカツキはほとんどポーズのようなものである。少なくともルカはアカツキにあまり飲ませたくないようだ。スバルは先程以上の良い飲みっぷりを見せ付けて男達の注目を集めている。

 クライドは暴君らしい豪快な飲みっぷりとは遠い。MJはこの状況を誘導しておきながら誰とも絡まず一人で飲もうとしているし、ラファエルはアルコールに乗じてエルザの隙を狙っているが彼は酒には酔わない人間だ。しかし、自分には酔う。

 ロバートは一仕事終えたとばかりジャンクフードに手を伸ばしているが、彼こそ何もしていない。故に自分へのご褒美などあり得ない。

 エルザは座り直してちらりとトールを見る。彼のおしゃれさはこの店の雰囲気にはあまりにそぐわない。困ったようにそれでも周りの空気を読んだようにジョッキを手にしている。

 本来は彼こそこの場の主役のようなものである。空気に飲まれているというよりも自身を過小評価して遠慮しすぎている。それでも、誰も無理に彼を中心に引っ張り込もうとするわけでもない。

「乾杯」

 トールは笑んでコツリと小さくエルザのグラスにぶつける。

 ヒューとクライドが口笛を吹くのもラファエルとMJが何か言うのもエルザは無視した。

 エルザとしても今はただ何も考えずにこの繋がりを祝福していたかった。考えなければならない難しいことはまだたくさんあるのだから。

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