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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第二十二章
207/245

青い血の騎士 007

 普段、フォー・レター・ワーズのパーカー姿が目に付くストリートの付近は妙な空気が漂っている。

 撤退したとは言っても彼らは近くの路地で様子を見ているようだった。自分を待っていたのだとエルザは直感する。

 彼らのボスはクライドでありながら、エルザが更にその上にいるという認識だ。

 そして、青年が近付いてくる。

「あ、姉御! お待ちしてたっス!」

 謎の人物〈氷の人形〉のイメージを守るために口元にバンダナを巻き、フードを被っていても彼はすぐにエルザに気付いた。オーラが違うだとか、足ですぐにわかるというよくわからない理由だったが。

「クライドさんが『どうせ、勝手に出てくるから呼ぶ必要はねぇ』って言ってたっス」

 あれで彼も賢い男だ。どこか達観したようなクールな目をしている。なぜ薬物に手を出すというような馬鹿なことをしたのかわからないくらいに。尤も、二度と手を出すことはないだろう。

「そのクライドは?」

 周囲を見回してもクライドの姿は見えないが、彼が出てこないとは考えにくい。

「その辺ブラブラしてたと思うっスけど……」

 青年もキョロキョロとするが、先程までいたところに彼の姿を見付けられなかったようだ。

 しかし、たまたまいないというだけらしい。青年は現場のリーダー的位置づけでもある。クライドが出てこない間でも治安維持に熱心である。

 そこで青年は今気付いたようにエルザの背後に目をやった。トール、ルカ、アカツキと順に見てぴたりと固まる。

「げーっ、あん時の生意気なガキ!」

 彼は叫んでスバルを指さす。

 かつて、〈氷の人形〉に挑むためストリートに姿を現していたスバルは危険人物としてブラックリストに載っていることだろう。

「そっちだって十分ガキだろ」

 むっとしたようにスバルは言う。少なくとも彼の方が年下である。

「やめなさいよ、見苦しい」

 そんな場合ではないというのに、どうして男どもはこうなるのか。そして、エルザも周囲を確認する。

「ラフ達はまだ……あ、来ちゃったみたい。お早い到着だわ」

 通りの向こうからハゲやロン毛、ヒゲ、寒い季節にも関わらず己の腕やタトゥーを見せつけるかのようにタンクトップやTシャツ姿の男達がぞろぞろと現れる。その先頭にはラファエルの姿がある。更にエルザの目に留まったのはMJだ。ロバートの姿がないのは彼が店を留守にできないことを理由に留守番しているからだろう。たるんだ体のジャンクフードジャンキーは武闘派ではない。特技は金勘定だ。

「MJ!」

 路地を出てエルザが呼びかければ、彼は声の主を捜すようにキョロキョロして〈氷の人形〉を見る。

「ん? ……あー、てめぇか」

 エルザにとって〈氷の人形〉は別人格というわけでもない。単に顔を隠しているというだけだ。MJもすぐにわかったらしい。

「絶対に出ないようにしてって言ったのに」

「無理に決まってんだろ。バッティスタさんの顔に泥を塗られて黙ってられるか!」

 彼はどこか一歩退いたところにいるようなクールな男だとエルザは評価していたが、ダブルBのこととなると話は違ったようだ。すっかり熱くなっているように見える。

「大体、どうして俺の姫は真っ先に俺じゃなくてこいつに連絡するかな?」

 ラファエルが何か言っているが、エルザの耳はそれを聞かないようにしていた。

「やい! てめぇらは何なんだ!?」

 痺れを切らしたように叫ぶのは自称バッド・ブラッドのリーダー格らしき男だ。しかし、本家に比べればただのおっさんというぐらい貧相な体である。そこにいるのは全員そんな男ばかりだ。

「そっちこそ何よ?」

「俺らは泣く子も黙るバッド・ブラッドだ」

 ニヤリと男が笑う。

「ここいらは俺らが支配した!」

 ここぞとばかりに男達は威張るが、エルザとしては鼻で笑いたくなるものだ。彼らは何を寝ぼけたことをいっているのか。

「じゃあ、つまり、俺達のシマってことかな?」

 ニコリと笑んで見せるのはラファエルだ。そうしていれば彼は爽やかなイケメンだった。あの中身の残念ささえなければエルザも彼を良い男と認定するのだ。

「ここらはクライドさんのものっス!」

 青年が黙っていられないと頬を膨らませる。本来はフォー・レター・ワーズが締めているのだから主張は正しい。

「って言うか、バッド・ブラッドだって? 俺の顔を知らない奴がBBにいると思わなかったけど」

 ラファエルが馬鹿にするように笑い、それにはMJが頷く。

「今のBBの顔はあんたで間違いないっスからね」

 他のバッド・ブラッドの男達も納得している様子だ。

「BB違いなんじゃない? なんか貧弱だし」

 エルザは笑う。

 これをあのダブルBが信頼する仲間達と認められるものか。

「あぁ? フォー・レター・ワーズの頭は尻尾巻いて逃げたぜ?」

「とんだ腰抜けだったな」

 ゲラゲラと彼らは笑う。しかし、それを笑い飛ばす男がいた。

「誰が腰抜けだって? 俺がヤっちまったんじゃあ面白くねぇから一旦引いてやっただけだ」

 〈暴君〉クライドである。このタイミングを見計らっていたのかもしれない。ポケットに両手を突っ込んで猫背であるが故に今ひとつ格好が付かないところではある。そういうところをチンピラやギャングなどと言われるのは否めない。

「じゃあ、みんな揃ったところで順番に名乗ろうぜ! 俺はバッド・ブラッドのナンバーツー、ラファエル様だ」

 自身を親指以外を握った手で示し、真っ先に名乗りを上げたのはラファエルだ。

 彼はバッド・ブラッドの代表のつもりなのだろう。バッド・ブラッドにおいてダブルBに敵うものはいないとしても彼が不在である今はラファエルしかいないとも言える。

「俺は遠慮しとく」

 MJは何も言う価値もないと思っているのか、ここに来ておきながら面倒がっているのかは知らない。

「俺らシックス・フィート・アンダーの総長、副総長、それからマスコットだ」

 続いてルカがアカツキとスバルを示して言う。

「じゃあ、アタシ、〈氷の人形〉」

 エルザは手を挙げ、それからトールを見る。

「いや、俺はいいだろ」

 名乗りを拒むトールは自分こそ関係ないと思っているのか。否、名乗るだけの価値がないと考えているのだろう。相手に対してではなく、自分自身に。

「〈ロイヤル・スター〉って言えばいいだろ、〈ロイヤル・スター〉って」

 スバルはわかっていながらトールに突っかかる。わざとらしく二度も言った。

 彼は本当に命知らずともとれる。これもトールの人格をわかっているからこそ言えるのだろうが。

「ろ、ロイヤル・スターだと?」

「そちらにおられるのは東のアルデバランのボス様だ」

 ニヤニヤ笑いながらクライドは言う。トールの眉間に皺が寄ったのに気付きながらエルザは見ないフリをする。

「それなら、アタシ、〈黒死蝶〉で」

 エルザとて頑なに隠しているわけではない。いざという時には思い知らせてやろうと思っていた。

 だから、躊躇なくフードとバンダナを取って顔を晒す。そうしたところで、顔が知られているとも限らないのだが。

 すると男達は急に慌て出す。

「お、おい! なんで、こんなとんでもねぇ大物が出てくるんだ?」

「知るかよ! バッド・ブラッドって名乗ってここいら荒らせばいいって言われただけだ」

「話がちげぇ! なんなんだよ!」

 ひどく混乱している彼らは誰かの差し金であるらしい。

「あー、つまり生贄ってこと」

 彼らをどうにかしたところでろくでもない小物が釣れるだけだろう。目的はわからないが、とんだ茶番だ。こちらに兵力を集中させている間に他を叩こうというわけでもないだろう。

 あるいは、これだけのことで本気でバッド・ブラッドとフォー・レター・ワーズ、それに巻き添えを食らう形でシックス・フィート・アンダーを仲違いさせられると考えていたのか。

 そんなに軽い繋がりではないのだ。

「どうする? 女王様?」

 ラファエルが判断を仰いでくるのをエルザは冷めた目で見返す。いつもは姫などというくせに、なぜ女王なのか。

 問わずとも、最良の行動はわかっているはずだ。そして、エルザはその選択を支持する。

「とりあえず、BB騙っただけで重罪なんでしょ?」

「まあ、ただじゃおけねぇよな」

「ダブルBの名前出さなかっただけましだろ。せめて極刑は免れられる」

 バッド・ブラッドの男達にとって頭文字のBBはバッティスタ・バンディーニを示すものでもあり、店の名も誇りである。

「不法侵入されて腰抜け呼ばわりされた気分は?」

 エルザはクライドを見やる。自分のシマを荒らされた彼らも被害者だ。

「ぶっ飛ばす時のために抑えてたんだ」

 ぎらついた目のクライドはそれでも冷静に見えた。次にエルザはルカを見る。

「同盟相手とその同盟相手が一触即発になった心境は?」

「ここの秩序が乱れるとうちにも甚大な被害が出るんだよな……」

「若いから暴れたがってしょうがねぇ」

「みんな、副総長より強いし。とりあえず、俺と代われよ。そっちの方がマスコットだろ」

 頭を掻くルカと肩を竦めるアカツキ、ここぞとばかりにスバルが主張する。だが、エルザは無視して今度はトールを見る。

「くだらない陣地取りの仲裁に連れてこられた感想はいかが?」

「今の俺に聞かないでくれ。他のことで頭がいっぱいだ」

 トールは首を横に振る。しかし、あまり余裕がないようには見えないものだ。

 そうこうしている間に男達も覚悟が決まったらしい。

「ちっ、こうなったらやるしかねぇだろ!」

「全部、ぶっ潰してやる!」

 雄叫びをあげ、男達は動き出す。

「威勢がいいこと……」

 エルザはすっと手を上げ、息を吸い込む。

「やっておしまい!」

 手を振り下ろせば、また大きな声が上がる。その時を待っていたとばかりにフォー・レター・ワーズとシックス・フィート・アンダーが駆け付ける。

「ひぃっ、おたすけー!」

 野太い声はすぐに許しを請うか細い鳴き声に変わっていた。

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