女達の聖戦 006
ヴィットリオ達が駆け寄ってくる。戦いが終わったと判断したのだろう。
「まったく、とんでもない女だ」
「アナタに言われるのは心外だわ」
笑うヴィットリオにエルザは皮肉で返してやった。肩を竦めて彼は何も言い返さない。あまり言われたくなったのだろう。しかし、彼も直属の部下になった以上、エルザが何をしようと驚かずにいなければならないものだ。
「藪医者には俺が連絡したよ。すぐに来る」
ロメオは言いながら自らのストールを外し、引き裂いて止血をする。見事な手際である。
「私は何を信じてきたんだ……? 自分を信じているのだと思っていた。ずっと、お前の隣に並べるようになりたいと思いながら生きてきたはずだった。弱さを認めたくはなかったのだ――これからは何を信じればいい……?」
呆然とするロベルタはエンマに支えられながら譫言のように口にする。
「信じることと盲信することは違う、ボスのミスを部下が尻拭いなんて腐敗政治家のやることだけど、アナタはまだ戻れる。アナタは薔薇だもの。きっと咲けば許される。死なない雑草なんかじゃなかったことを示して見せなさいよ」
かつて、レナードが『薔薇ならば咲くだろう』と言ったことをエルザは思い出していた。
「お前が許してくれないのなら意味はない。私は確かにお前を裏切ったのだ……お前はことごとく正しいのだと知っていたはずなのに」
ロベルタは一時的なショック状態に過ぎなかった。真実を知るのはまだこれからだ。エルザも自分が悪くないとは言わない。
「正当な理由がわかったらまたアタシを殺しにおいで。その時はアナタの刃を受け入れるわ。アナタ、ノロマだから誰かが先を越すと思うけどね」
誰かに踊らされるのでなく、ロベルタが自身の正義に基づいて断罪に来るのならエルザも彼女を笑うことはない。尤も、死神達の方が速やかで確実だろう。
「ふざけるなよ、エルザ……! お前の自己犠牲にはうんざりだ。悪になれば済むと思うな。血を流せばなんでも解決できると思うなよ」
「アナタの泣き顔ってなんか気持ち悪いわね」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしたロベルタをエルザは笑う。悪意はないつもりだった。他に言葉がなかっただけだ。彼女にかけられる優しい言葉を持ち合わせていない。
「まったく……人が折角弱さを認めてやったっていうのになんて言い草だ!」
泣いたかと思えば今度は憤慨した。忙しい女である。
「傲慢だわ。だから、女って嫌いなのよ」
キャッキャと仲良くするつもりなどエルザには微塵もない。だから、女嫌いを隠しもしない。彼女とはあくまでビジネス的な付き合いで良いと思っている。
「ビッグマウスはお前の専売特許じゃないんだよ」
「アタシは強いからいいのよ。少なくともアナタよりは、ずっとね」
空気から緊迫したものはなくなっている。けれど、アルドが近付いてくる気配はない。呆然と立ち尽くしているようだ。
けれど、それでいいのだとエルザは思う。
いっそ、このまま気を失ってしまいたい気分だった。
肩を差し出してくるロメオにエルザは素直に体を預けることにした。そのまま眠れたならば良かっただろうか。瞼が重く、落ちそうになっている。
エルザとて超人ではないが、そんな姿は見せられない。そうするべきではない。だから、意識を保つのだ。
「私より強いのなら、先に死んだら絶対に許さないからな。目を閉じるなよ」
「誰かの寝言に付き合ってやったから眠いのよ」
「もうすぐ藪医者が来るから」
元々手回しがされていたのだろう。ロメオとヴェナンツィオには繋がりがある。
なぜ、ヴィットリオとロメオが一緒にいるのかは考えたくないことだったが。
「これで、終わりでいいんだな? ロベルタ・ローザ」
ヴィットリオは仕切り役としての役目を終えようというのだろう。ロベルタに問いかける。
「ああ、その青き瞳に偽りはない。咎は全て私が受けよう」
ロベルタは頷き、はっきりと言う。
落ち着いた様子で、ボスとしての責任を思い出したようだ。それはどこか彼女の母を思わせる。
彼女は拘束さえ甘んずる態勢だったが、エルザは小さく首を振る。
これで終わりになるはずがない。エルザはロメオを払いのける。
終わってくれるはずがない。こんな終わりは――。
「許されないわ……!」
「永遠に眠るが良い、エルザ・レオーネ」
エルザの声を掻き消すのは冷たい声だった。
誰もが帰れると思っていたが、忘れていたのだ。だから、彼女は思い出させる。
ロメオは手を伸ばしてくるが、指先を掠めて届かなかった。それで良いのだ。触れれば彼は巻き込まれる。
*
アルドはただエルザを見ていた。自分を連れてきたヴィットリオとロメオのように彼女に駆け寄ることもできない。
一人取り残されたように立ち竦む。
エルザは戦争などと言っていたが、女だけの組織との戦いはヴィットリオの介入によっていくらか平和に感じられた。ロメオにはプロレスを観戦するように楽しめば良いと言われたが、アルドは格闘技があまり好きではなかった。痛々しいことは苦手である。
蓋を開けてみれば事情は複雑なものであるらしい。解説もなく、アルドにはわからないことが多かった。だが、たとえエルザが見世物のように振る舞おうとも、やはりこれも組織間の衝突なのである。
複数の女達と同時に戦うエルザを見てやはり彼女は強いのだと実感すると同時に危うさを感じて見ていられなかった。他人を庇ってナイフを受けたり、自ら刀身を掴んで血を流したりとアルドには刺激が強すぎた。
そうして試合が終わったはずであるのに何かがおかしかった。少なくとも周りは終わったと思っている。女達の表情に安堵の笑みが浮かんでいる。
ぐるりと見回して一人エルザを睨んでいる女に気付いた時にはもう遅かった。
全てを引き裂くように銃声は三度響いた。
三発の銃弾はエルザの腹と胸に命中し、彼女が倒れていく。まるで映画のようだ。
そうして一拍遅れて皆が自体を理解し始めるのさえアルドは呆然と見ていた。
騒然とし、ある者はエルザに駆け寄ろうと、ある者は発砲者を捕らえようと動き出す。
だが、もう一発、銃声が響いて全てが静止する。ロメオであった。
「アレシア! お前、なんのつもりだ!?」
ヴァルゴのボスが発砲者を睨む。彼女にわからないのなら、エルザにしかわからないのかもしれない。
「あんたは期待はずれだったさ、ロベルタ・ローザ。まさか情に絆されるとはとんだ茶番さ。まったく笑わせてくれるよ」
アレシアと呼ばれた女は自分のボスであるはずの女を鼻で笑い、銃口を彼女へと向ける。
咄嗟にエンマと呼ばれていた金髪の女が銃を抜き、アレシアへと向けるが、それを後ろから下げさせる手があった。
「あんたには退屈な茶番劇だったか?」
そう問いかけるのは金髪の少年だ。否、アルドは彼を知っていた。だが、なぜ彼が、と考えるとわからなくなる。
ルカである。アカツキやスバルを伴うわけでもなく、彼一人だ。
「なんのつもりだい? 坊や。あたしはあんたに用はないよ」
アレシアがルカを睨む。
「アレシア・グラナータ、あんたは聞いた通りの女だよ。短気でがさつ、人生損するぜ?」
怯むことなく、ルカは銃口を向けられて尚彼女を見据え、挑発するように笑っている。
「なんで、あんたがあたしを知ってるんだい?」
「あんたの男の友達に聞いたんだよ」
「友達だと?」
アレシアは怪訝な顔をするが、ルカが答えることはなかった。
その真っ赤な車は静寂を切り裂いて正に突っ込んできた。倉庫を破壊し、皆を轢き殺さんばかりだった。
降りてきたのは先日店に来たナディアという女性と鮮やかな赤のコートにジーンズ姿の女だ。
「あらあら、大変なことになっているで御座いますわね。本当にハードな生き方がお好きなようで、救いようがありませんわ」
ぐるりと見回して女は笑う。その後ろでナディアがおろおろしている。
「ね、姉さん!?」
さっとロベルタがエンマの背に隠れる。
「なんですの? 幽霊でも出たみたいに情けないで御座いますわよ、ロベルタ」
「だって、姉さんは死んだものと……」
ロベルタにとっては正に幽霊なのだろうか。どうやら実の姉妹であるらしい。確かによく似ている。しかしアルドとしては切実に解説がほしいところだ。何がなんだかわからない。
「確かに一度は死にましたわ。だから、わたくしはもう貴方に姉と呼ばれる筋合いは御座いません。今のわたくしはフォーマルハウトのしがないメイド、マリアで御座います」
二人の間には何やら深い事情があるらしかった。だが、そんなことはアルドにはまるでわからないからこそ、関係がないと言えた。
ふとアルドはルカを見る。彼ならば、まだアルドにとって親しみやすい人物だ。声をかければどうにかしてくれるだろうか。しかし、淡い期待は胸を膨らませる前に萎んでいった。
とても声を発せられるような空気ではなかった。ただ取り残されている。その場にいながら映画を見ているようだ。どこか臨場感が欠けている。
同じ舞台にいるようで全くそうではない。部外者でしかないのだと思い知らされる。
そのルカは視線を感じたわけでもないのだろう。極めて落ち着いた様子でエルザを見下ろす。
「なぁ、インターバルは十分か?」
その問いに倒れたまま微動だにしなかったエルザが目を開けたらしい。確かに彼女は三発の銃弾を受けたはずである。けれど、ルカは手を差し出し、彼女はその手をとって立ち上がった。