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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第二十章
184/245

女達の聖戦 002

 二人の間、女達の聖戦に乱入しようという男がいた。

「ちょっと待ったぁっ!!」

 そう叫びながら入ってくるのはヴィットリオである。奇声めいている。女性限定のパーティーに変質者が乱入したような異様さだ。

「どういうつもりなの? ヴィットリオ」

「なんのつもりだ? エルザ」

 ヴィットリオを援軍だと思ったのか。睨み付けてくるロベルタにエルザはやれやれと肩を竦める。

 普段、異性と関わらないロベルタは聖域を汚されたような気分だろう。免疫がないというような慎ましい可愛らしさなどまるでない。まともな男性経験がないのをこじらせた男嫌いは独断と偏見によって凝り固まっている。

「アタシに言わないでよ、この人が勝手にしたことなんだから」

 これはエルザの問題であり、手出しは禁じられているはずだった。レナードが許可しなければ口出しもできないことだ。組織に属したばかりとは言ってもヴィットリオもわかっているはずだ。

 問い詰めたいのはエルザも同じことである。

「勝負には審判もギャラリーもセコンドも必要だ」

 ヴィットリオは審判のつもりなのだろう。セコンドとは後ろでタオルを振っているロメオに違いない。そして、ギャラリーとはその隣で困り顔をしているアルドのことなのだろう。彼らは派手に登場したヴィットリオに皆が気を取られている隙にそっと入ってきた。

「これはアタシの戦いよ」

 ヴィットリオとロメオだけならまだしも、アルドの存在はエルザにとって大問題だ。

 エルザは事前にマリアには連絡を入れてみたが、来るかはわからない。彼女を引きずり出してきたのなら頭を撫でて褒めてやったところだ。それで一気に結果が確定する。

「お前の兄貴は『好きにやれ』って言ってたぜ?」

 そんな馬鹿な。

 エルザは思うが、ないとも言えない。レナードの考えの全てがエルザに理解できるわけでもない。最初の大仕事を与えてやったのかもしれない。部下を疑うつもりもない。

「そうやって男を顎で使うのは相変わらずだな、エルザ。一体、何人の男と通じれば気が済むんだ、このあばずれめ!」

 戦いが始められず、焦れたロベルタが言う。

 エルザとしては女の兵隊を顎で使う人間には言われたくないものだ。

「恩知らずな人ね、言葉は選びなさいよ。アナタが後悔するだけだから」

 暫く会わない間に随分と下品な物言いをするようになったものだ。けれど、全ては自分がさせていることだとエルザもわかっていた。

「私を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」

 癇癪を起こす子供のようにロベルタが激昂する。

「まあ、落ち着けよ」

 ヴィットリオが宥めるのはまるで逆効果だった。苛立ちの原因に言われて落ち着けるはずもないが、彼には悪気もないだろう。

 だが、その悪気がある男がいた。

「ヒステリー治さないと嫁の貰い手がなくなるってね」

 クスクスと笑うのはロメオだ。

 ロベルタがキッと睨むが、肩を竦めた彼はまるで気にした様子もない。面白がっているのは明らかだ。

「初めましてと言っておこうか、〈紅蓮の薔薇〉ロベルタ・ローザ。俺はロメオ・アクイラ」

 誰も彼の名乗りなど期待していないが、彼は大物という扱いになる。少なくともロベルタよりも。

 尤も、それは彼自身よりも母親の存在が大きいと言える。あるいは、祖父か。

 だからこそ、それまでゴミを見るようにしていたロベルタの目付きが変わる。

「〈砂漠の鷲〉の……〈双頭の鷲〉か。片割れはどうした?」

「俺が一人じゃいけないの?」

 ロメオは不機嫌になるわけでもなく、挑発的に笑う。取るに足らない存在であると言うかのように。実際そうなのだと言うしかない。

 現状ではヴァルゴの存在はあまりに軽視される。先代、あるいは〈レッド・デビル〉マリアンナ・ローザであったならばまだしも、ロベルタ・ローザにその才はないというのは決して不当な評価ではない。

 マリアンナが失踪し、先代が死してヴァルゴはレグルスの援助がなければもう存在しなかったかもしれない。だが、ロベルタはそのことに気付かない。

「誇り高き百鳥の王も落ちぶれたものだな」

 ロベルタにとって嫌いなタイプというのがこのロメオのようなヘラヘラした男だ。だからと言ってよくも知らずに勝手なことを言うべきではない。それでもエルザが何かを言ってやる必要はなかった。

「好きに言えばいいよ。気高き薔薇が朽ちる様が見えてないって言うならね」

「なんだと?」

 ロメオは涼しい顔だ。噛み付かんばかりのロベルタにも動じず、ひどく落ち着いているように見えるが、彼がそのジャケットの下に凶暴なものを隠しているのは明らかだった。

「生憎だけど、俺が動くのは俺の意思。エルザにもこのお兄さんにも何も頼まれてない。確かにエルザには顎で使われてあげるほどの恩はあるかもしれないけど、それはあんたも同じはずでしょ? 愚かにもその恩を忘れて牙を剥いたけれど」

「お前はこの女がしたことを知らないからそんなことが言えるのだ!」

 炯眼(イーグル・アイ)の持ち主に言うことではなかった。

 ロメオはすっと目を細めて笑う。彼はよく笑う方だが、それぞれに意味がある。心から楽しくて笑っていることはまずないと言ってもいいのかもしれない。

「知ってる。だから、ここにいる。正直、常軌を逸している。あんたらの問題に俺が口出しする義理はないけど、見届けさせてもらうよ」

 そう言い放ってからのロメオとヴィットリオの動きはエルザが呆れるほどに素早かった。

 その場にいる人間に輪を作らせ、一人一人を回って、賭けまで始めたのだ。

 エルザは輪の中で一人取り残された気分になりながら、心配そうな視線を背に投げ掛けてくるアルドを振り返り、笑顔を見せてやった。

 彼は財布を抱えさせられていた。二人がヴァルゴの人間をそそのかして巻き上げたものだ。真面目だったのはほんの少しの間のことだ。彼らにシリアスを期待するだけ無駄であるらしかった。

 中央に戻り、ヴィットリオはコホンと咳払いをする。

「ただ今より、時間無制限一本勝負を行います! 青コーナー、今日も眩しいぐらいに美しい世界一危険な女、〈黒死蝶〉エルザ!」

 大仰な仕草でコールをするが、コーナーも何もない。単に言ってみたかったのだろう。

 彼は一人で非常に盛り上がっているらしかったが、エルザはそんな気にはなれずに闘志が削られていくのを感じていた。

 格闘技は好きだが、生死をかけた戦いのはずがエンターテイメントになっているというのはやはり受け入れ難いものだ。

 だが、ヴァルゴ陣営からはエルザに対するブーイングが起こり、エルザ陣営からささやかすぎる歓声が聞こえるのだから、自分だけが取り残されているように感じる。

「赤コーナー、総力を結集しても無謀すぎる挑戦者、ヴァルゴアマゾネス軍!」

 ヴィットリオが輪を成す女達を指して言えば、またささやかなブーイングと虚しい歓声が響く。

 通常、挑戦者は青コーナーなのだが、イメージの問題なのだろう。

 そう思ってやることにしたエルザはチャンピオンになりたいわけでもない。ただ彼女達の間違いを正したいだけだ。この戦いの結果はもうわかっている。

 これまで女だけでやってきた彼女達が輝き、咲き誇っていたのは先代までであり、今や薔薇の園も荒れ果てたのだ。

「あれから毎夜悪夢に苛まれてきたが、もう今日で終わりだ」

 ロベルタは苦々しく吐き捨てる。

 ひどく嫌な目をしているとエルザは思った。

 澄んでいないが、荒みきっているわけでもなく、行き場のない悲しみが憎しみの黒い炎となり、燃えている。だが、まだ引き戻すことができる領域だ。

「確かに今日で終わるわ。アナタは被害者を気取って砂糖菓子のように甘ったるい夢に浸ってきただけに過ぎない。アタシがその目を覚ましてあげる」

「お前は今日この場で醜態をさらす。〈黒死蝶〉の名は地に落ちる」

「困った人ね、ちょっと本気でお仕置きしてあげようと思ったけど、こうなったら気が済むまで遊んであげるわ」

 初めからわかっていたことに揺らぐのは、誰のせいでもなくその心の弱さのせいなのだから、全ての迷いは断ち切るしかない。



 ゴングがあるわけでもなく、タイミングはエルザとロベルタに委ねられた。

 向き合う二人の間を引き離すように風が冷たく、無情に吹く。

 ギャラリーを消し去り、その世界に二人だけが残されたかのような幻想さえ胸を掠めていく。

 全ては彼女――ロベルタ・ローザのための戦いであることをエルザに思い知らせる。

「さあ、始めましょうか。誰からかかってくる? 全員纏めてでもいいのよ?」

 最早この戦いも審判とセコンドとギャラリーがつき、ショーとなってしまったのだからエルザも楽しませるための振る舞いをする必要があった。筋書きがないのだから何が起こるかわからず、注意しなければならない点もある。

 一歩前に出たのはソニアだ。

「ロベルタ様、私があの小娘の息の根を止めてみせます」

 先程の侮辱を根に持っているのか彼女は嬉々としているが、ロベルタは制する。

「お前は下がっていろ――」

 ソニアが不服そうな表情を見せるのも構わず、ロベルタは別の女を見る。

「――サンドラ」

 指示を受けた女が動き出す。それを見て、エルザは納得したように大袈裟に頷いてみせる。

「当然よね。だって、アナタ、部外者だもの。あの女の後釜に座ったからって関係ないわ」

 エルザはソニアを鼻で笑う。たっぷりの揶揄を込めて。

 彼女は怒りのままに今にも飛びかかってきそうだったが、やはりロベルタが制する。彼女もまだ分別はつくらしい。

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