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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十九章
172/245

荊棘の道 004

 眼前には〈カニス・マイヨール〉。

 しかしながら、エルザの足は止まる。ヴィットリオは何を思ったのか、子供のように腕を引いてくる。

 問題は彼ではない。エルザは彼とは全く別の方向を睨み、言い放つ。

「隠れたって無駄よ? さっさと籠に帰りなさい」

 店の陰、隠れているつもりなのだろう。自然に低くなる声には憎しみさえこもっているのかもしれない。

「それでも尚囀るというのなら、親鳥に息の根を止められる前にアタシが喉を潰してあげるわ」

 誰も出てこなければ良かった。勘違いであれば良かった。あるいは、そのまま去ってくれれば良かった。

「エルザ様……」

 そっと出てきた彼女は悲しげな表情をしている。

 肩までのブロンドにブラウンの瞳、可愛らしい印象ではあるが、ジャケットにジーンズというシンプルな格好の女性である。

「そっちが動いてることは知ってる、って言っても驚かないわよね? だって、アナタはナイチンゲールだもの。そうよね? ナディア」

 ナイチンゲール、即ち密告者である。ヴィットリオも彼女が何者であるか気付いただろう。

 そこで不意に店のドアが開いた。

「エルザ……?」

 アルドは困惑した表情でじっとエルザを見る。

 店の前に立ち塞がるのは実に迷惑である。ヴィットリオが口を開こうとしたのはそういうことだろう。

 エルザはくるりとヴィットリオを見る。

「邪魔が入った。別の店にしましょう」

「エルザ様! お話を聞いてください!」

「聞く価値もない。今すぐ消えて」

 縋るように向けられる眼差しをエルザは完全に無視する。

 それが彼女のためでもある。親鳥――ボスに知られれば、無事では済まないという警告を込めて。

 ナディアにそんなことがわからないはずもないだろう。彼女の組織の人間だ。だが、エルザは聞き耳を持ってやるつもりもない。

「聞いてやれよ」

 ヴィットリオはナディアが哀れに思えたか。たとえ、彼女が泣きそうな顔をしていようと演技ではないだろうが、エルザの心が痛むこともない。

「彼女の自己満足に付き合う筋合いはない」

「俺の自己満足には付き合ってくれただろ」

「アナタはアタシの部下で、彼女はアタシの敵。話をすべきは彼女じゃない。彼女と話して解決する問題はない」

 最早、ナディアのボスと話をしたところで和解など不可能なところまで来ている。

 ナディアが危険を冒したところで、何が変わるわけでもない。悪い方向に煽るだけだ。

 だから、エルザは冷たく無視することでなかったことにしたかったが、ナディアもなかなかに頑固で厄介な性格をしている。余計引けなくなったとばかりだ。

 エルザは女が嫌いだ。男達に囲まれて暮らしてきて、女の扱いだけは常々難儀している。ろくな女が周りにいないというのもある。

 そして、他にも忌避したいことはある。

「迷惑かけてごめん、アルド。また今度」

 アルドは何か言いたげにしているが、言わせるつもりなどエルザにはなかった。彼もまるで空気が読めないわけでもない。少し威圧すれば何も言えなくなる。ずるいやり方だとしても仕方のないことだ。

 こうなってしまった以上、エルザは一刻も早くもこの場から立ち去りたかった。逃げるようだが、とにかく気分が悪い。

 それは行き場のない怒りだった。ナディアにルールを破られたが、わかっているのは彼女とエルザだけだ。

 自分が悪いわけでもないのに、当然の対応をしているだけなのに、悪者にされるような不愉快さがある。普段のエルザならば嬉々として悪役になるが、今回はそうもいかない。彼女達のことに関してはそういうわけにもいかない。

「俺はこの店じゃなきゃいやだ! ここのコーヒーが飲みたいんだ!」

 何を思ったか、駄々をこねるヴィットリオにエルザは蔑みの視線を向ける。一瞬、怯んだ彼もすぐに強い眼差しを向けてくる。

「わ、私はエルザ様が話を聞いてくれるまで動きませんっ!!」

 ナディアまで便乗するのだから、この時点でエルザの敗北は決まったようなものだった。

「と、とりあえず、中で話したら……?」

 一切の事情を知らないアルドは単純に同情したのだろう。ヴィットリオはこれを狙っていたのか。彼も軽薄なようで、あのイグナツィオの双子の弟である。侮ることはできない。

「一石二鳥だな!」

「話を聞いてくれるだけでいいですから!」

 ヴィットリオは当初の希望通り〈カニス・マイヨール〉でケーキを食べられるし、そのついでにエルザがナディアの話に付き合えば良いと思っているだろう。

 彼も結局のところ、わかっていないのだ。何もわかっていなければ、ここに来たいとは言わなかっただろうが、彼にはエルザほど大きな意味もない。

 つい先日、レグルスに入ったばかりで酷なことかもしれないが、イグナツィオならば絶対に応じることはしない。尤も、彼は彼自身の感情でナディアを遠ざけたかもしれない。

 一つの空豆で獲れる二羽の鳩はエルザに平和をもたらさない。

「ナディア、アナタにこの店に入る資格があると思ってるわけじゃないでしょうね?」

「……ここにいることさえ、許されないんですよね」

 ここで折れるエルザではない。

 〈カニス・マイヨール〉はエルザにとって聖地も同然である。腐敗した本家よりも大事だと言っても良いのかもしれない。だからこそ、守らなければならないと思うのだ。

「そんなのエルザが決めることじゃないだろ!?」

 それまで気圧されて怯えた様子すら見せていたアルドが急に声を上げた。それにはヴィットリオが驚いて目を白黒させる。

 だが、事態は確実にヴィットリオとナディアにとって有利な方に動いている。エルザにとっては不運そのものだ。アルドの無知を責めることはできないし、教えもしなかったのはエルザ自身だ。彼が知らないで良いこともある。知らないでほしいことがある。それでも今は少し恨めしくも思えた。

「彼女が敵だって言うのは本当。近々アタシに戦争しかけてくるつもりらしいヴァルゴって組織の下っ端のお嬢さん。アタシの大事な部下誘惑して要らない情報流してくる内通者気取り」

 諦めたようにエルザは説明してやる。丁寧に適切に言ってやるつもりはない。歪んでいても事実ではある。

 ナディアから情報を受け取っているアレックスは特にエルザとの関係が深い。ワケありの者が多い一派の中でも特に重い過去を背負っているのが彼だ。

 暗い繋がりであり、自分が側にいることは彼にとって良くないことだとエルザは常々思っている。だから、せめて他のことは遠ざけてやりたいと思うのだ。それでも彼はエルザのために独自の活動をすることがある。マックスにはできないことであり、他に適任もいないわけではあるが。

「エルザ様のお気持ちもわかります。でも、ボスは今度こそエルザ様を殺すつもりです。でも、それはヴァルゴの総意じゃありません」

「本当にアタシの気持ちがわかってるなら、アナタはここにはこなかった」

 はっきり言えばナディアが怯む。更にエルザは攻撃を続ける。

「アナタが言うことは間違ってる。ボスが言うなら、組織の総意ってこと。アナタ如きがボスの意思を否定するの?」

 ヴィットリオは口を挟んでくるわけでもない。少なくとも彼はナディアよりは賢い。エルザの言うことの意味が少しはわかるだろう。

「その話聞かせてください」

 いつになく毅然と言い放つのはアルドだった。彼は何かを決意したような表情をしていた。

「アルド」

「エルザが聞かないなら、俺が聞くよ」

 今度はエルザの牽制も通用しなかった。

「アナタが聞いてどうにかなることじゃない」

「コーヒー、俺がおごります。どうぞ」

 あれほど怯えていたくせに、今度はアルドがエルザを無視する。今は先程よりも、否、本当に怒っていると言うのに。

 しかし、エルザが応じてやる理由もない。

 付き合いきれないとばかりに帰る素振りを見せても普段なら引き留めなかっただろう。なのに、今は手首を掴んで来るのだから何を考えているのか。

「エルザ、ちゃんと話すんだ」

 普段から自分の方が年上だと言ってくる彼はエルザを〈黒死蝶〉として扱わない。年下の少女に対し、諭そうとしてくる。

「マスターがいいって言うなら」

 エルザとしては最早そこに託すしかなかった。

「じゃあ、聞いてくるよ」

 アルドはエルザの意図にも気付かないまま店の中に消えていった。フレディならば拒否しないと思っているのだろう。


 フレディと言葉を交わしてアルドは戻ってくる。

「いいって」

 平静を保ったつもりだろうか。

「嘘吐き」

「え……?」

 エルザの一言にアルドは動揺する。それは『はい、嘘です』と肯定しているようなものだ。

「『それは俺が決めることじゃないし、お前が決めることでもないんだ。アルド』」

「き、聞こえたの……?」

「アタシ、耳も目もいいの。唇を読むことだってできる。それに、アナタが嘘吐く時の癖もわかる。アタシを欺こうなんて大した度胸じゃないの」

 ガックリとアルドは肩を落とす。その直前、この世の終わりのような顔をしていたのは、嘘が見抜かれるはずがないと思っていたからだろう。

 エルザもフレディのことはわかっているつもりだ。アルドが知らない面を。

 つられるようにヴィットリオとナディアも俯く。ヴィットリオは何も知らないアルドを利用しようとしたのだろうが、エルザの怒りは収まりがつかなくなってしまった。

 三人は悲壮感を漂わせ、絶望すら見て取れる。ヴィットリオは処分さえ覚悟しただろうか。

 エルザは深く溜め息を吐く。このまま三人を置いて行けば良いだけのことだった。それなのに、できなかった。

「いいわ。この子に免じて話は聞く。でも、ナディア、アナタの指図は絶対に受けないわ」

 根負けしたというべきか。

 さすがに何も知らずに巻き込まれたアルドが哀れに思えたのだ。ナディアに対する同情は一切ないわけだが。

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