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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十八章
168/245

死を呼ぶ姫君 009

 ふぅと息を吐いて悲しげなルカの目がエルザを見る。ようやく話す気になったようだ。

「親父が死んだって言っても、家にいなかったからほとんど覚えてねぇけど、それからずっとここから離れたいと思ってた。笑い方を忘れてるっていうならそういうことだろ。ここに俺の居場所はねぇから」

 ここには亡霊がいるのかもしれない。

 健在であった頃でさえ家に寄り付かなかったらしい父親が死んだところでルカには悲しみを感じられるだけの理由がなかったのだろう。

 書類では普通の会社員であり、事故死したことになっていた。だが、エルザには真実が書いてあるとは思えなかった。

「アナタにとってレグルスへの誘いは救いだったのね」

「母親には知り合いの知り合いに南で働かないかって誘われたって言ったら好きにしなさいって言われた。確かに俺は母親を嫌ってるわけじゃねぇけど、ずっと隠し事をしてるみてぇだから、まるで他人みたいに苦手だって思ってることがあるんだ」

 漠然と運命を感じ、彼は従ってきたのだろう。けれど、全てはこの空虚な部屋から抜け出すためなのかもしれない。

「それでいいの?」

 答えなどもうわかりきっていた。それなのに今、彼の意思をエルザは確かめたかった。

「親父は南で死んだ。母親は何も言わねぇけど、俺がスカウトされたことも全部親父に関係してると思ってる。今は組織関係者だったって確信してる。別に知りてぇとも思わねぇけど、抗ったところで絡め取られるなら流されるしかねぇ」

 ルカはそこでエルザが知らない情報を出してきた。

 組織間の暗黙の了解など一般人には関係ない。南に行くこともあれば、事故に遭うことも不思議ではない。けれど、その裏には彼の父親が南で働いていたという事実があるように思えた。

 だからこそ、仮にエルザが手放しても、他の手が彼を引きずり込んでしまうのだろう。

「ちょっと期待してたんだ。知り合いの知り合いに誘われて南で仕事なんていかにも怪しげだろ? 今から研修に行ったりしてさ。だから、もしかしたら、本当のことを話してくれるんじゃないかなんて思ってたよ。でも、きっと俺が自分で突き付けるまで口を開かないんだろうな」

 何が母親の愛なのかエルザにはよくわからない。母親がエルザには存在しないからだ。産みの親は出生と同時に死に、父親は子育てをしなかった。受けてきた教育はエルザを殺しのエリートに仕立てるためのものでしかない。

 レナードが兄でありながら母と父の代わりになったのも、アンドレアにレディーらしさを教えられたのも全て人格ができ上がった後のことだった。だから、母性というものはエルザに理解できるものではない。

 もしも、自分に子供ができたならば少しはわかるのか。それとも、育てることができないのかはわからない。その気もないからだ。

「強さには理由があるものよ。それを見付けようとするなら協力する。アナタが望むのならば」

 エルザもまたその理由を探している。わかっていながら辿り着けないから追い続けている。

「今はまだあんまり余計なことは考えねぇようにしてるんだ。土台はできてるし、焦ることもねぇだろ。きっと歯車が動き出したら止められねぇから」

「アナタには既に調べる術がある。好きに使えばいい。アナタの実力で勝ち取った信頼だから」

「俺の実力なんて大したもんじゃねぇと思うけどな」

 エルザが本家にいる間、アレックスも本家を離れたがらなかった。だから、ルカが研修と言って連れ出されることもなかった。

 その間にルカがしていたことと言えば、〈猛虎〉アレッシオの一派の手伝いだった。彼の下には膨大なデータベースを操るレリオという男がいて、ルカはエルザの一派の人間でありながら、臨時の助手に任命されてしまったのだ。

 しかし、そのおかげで彼はほぼ自由にデータを見ることができるようになった。尤も、その内容をエルザに話すことは許されないのだが。

 エルザはそのデータベースに自由にアクセスすることを許されていない。その原型を作ったのはエルザであるのに、皮肉なことであった。

 それでも、エルザはルカに好きにしろと言う。そうすることでルカが自分へ向ける牙や爪を得るとしても構わなかった。

 もしかしたら、彼の父親のことも調べられるかもしれない。

「あーあ、俺も拾われるなら、あんたに拾われたかったな。野良猫みたいに」

 彼はスカウトを受け、アレックスのルートから入ってきた。

 そもそも、そのことに疑問があるが、エルザはアレックスを信頼しているし、調べることに意味はない。

 だから、そこに至るまでにルカがどんな思いをしたかはエルザにはわからない

「それ、アレックスが言った? 動物拾ってくるみたいに人間拾ってくるって」

「いいや、レリオさん。アレックスさん、いい加減だからまともそうな人に話聞こうと思って」

「あの人、気難しい人なんだけどね」

 どうせ、アレックスがまたいい加減なことを教えたのだろうと思っていたエルザとしては少し意外だった。彼との接触すら許されないエルザはレリオのことをよく知っているわけではない。だが、どういう人間であるかの認識は間違っていないつもりだった。

「仕事できる人間は好きだって言ってた。アレッシオさんの次に」

 レリオという男は、誰かが止めなければ延々と働いてしまうような真面目すぎる仕事人間だ。病的な完璧主義のワーカホリックである。

 だから、無駄話も好まないはずなのだが、彼には何かを感じているのかもしれない。

「なんであんな優秀な男がアレッシオ如きに現を抜かしているのかわからないわ」

 デスクワークを嫌い、抗争となれば真っ先に飛び出していくようなアレッシオの下にレリオがいるのは理由がある。本来は諜報活動を得意とする部下の多いイグナツィオの一派にでもいるのが順当なのだが、彼ではエルザに近すぎるというのが上の判断だった。

 そして、何よりレリオ自身がアレッシオを崇拝しているということだ。その理由は誰にも明かされていない。

 ただ一度仕事のスイッチが切れると口走るのはアレッシオのことばかりで、単なる変態として扱われている。

「ゲイじゃあないんだよな?」

「単に小動物を愛でてるだけじゃないの? 小さくて甘党で遊んでばっかりで相棒がいないと役に立たない時があるような人だし」

 アレッシオを愛しているなどということではなく、クッキーを与えてみたり、観察してみたりと扱いはペットと大差ない。むしろ、ペットそのものだと言って良いのかもしれない。

「〈猛虎〉って呼ばれるほどの切り裂き魔なんだろ?」

「あの人は兄さんの飼い虎に成り下がったのよ」

 かつて切り裂き魔として恐れられていたのは事実だが、エルザには随分と昔のことのように思えた。

 連続殺人鬼の類とは違うが、ある特定の組織関係者を狙う厄介な殺し屋であった。

「あんたじゃなくて兄貴の方が拾ってきたのか?」

「当時のアレッシオは〈猛獣狩り〉をしていて、〈乱獅子〉の異名を持つ兄さんを殺しにやってきたんだけど、あっさり返り討ちにされたらしいのよね」

 〈乱獅子〉に服従しているからこそ今の〈猛虎〉があるのであり、拾ってきたというよりはくっついてきたという方が正しいのかもしれない。エルザはそう思っている。

「らしい? あんたも知らないのか?」

「どうなったのかは本人達しか知らないのよ。襲ってきたからアタシが応戦したんだけど、兄さんがいい度胸だって言って気に入っちゃって、もっといい場所で殺し合いしようって言ったらあの人のこのこついて来ちゃったのよね。男の世界ってよくわからないわ」

 エルザも二人の間にどんなやりとりがあったのかまではよく知らない。

 まだ彼女が人間らしさを持ち合わせていなかった頃の話であり、肝心の決闘は立会人もなく完全に二人きりで行われたのだ。

 とにかく現在のアレッシオは現状に不満を持っているといった様子でもなく、ベルナルドという相棒を見付けて馬鹿をやっているのだからそれで良いのかもしれない。

「あんたの兄貴ってあんたよりも強いのか? あんたってレグルス最強なんだろ?」

「兄さんが勝手に言ってるだけで、実際は兄さんの方が強いはずだけど……アタシも兄さんのことはよくわからない。自分の醜い面をアタシに見せようとしない人だから」

 レナードが〈乱獅子〉であるという部分をエルザは知らない。

 トールが恐れる〈鉄パイプ時代〉あるいはトライアドと言われたレナードのことも、エルザはほとんど聞けずにいる。

「いい兄貴じゃねぇか」

「イグナツィオさえいれば威厳があるけど、昔ちょっと派手に怪我したら軟禁されたこともあるし、おぞましいこともあるわ」

 エルザは安定剤なしでは超絶シスコンと化すご乱心な兄だからこそ〈乱獅子〉なのだと思うようにしていた。

 そんな病など迷惑以外の何物でもなく、どうにか治す方法はないかと常々思っているが、実は治ったのではないかという期待もある。しばらく離れていたからというのもあるが、本家にいた短い間、安定剤の不在にも関わらず発病がなかったからだ。

「親代わりなんだろ?」

「そうね。あの人はこの世で本当にアタシを愛してくれた唯一の人だから」

 唯一の肉親なのだからあまり邪険すべきではないとわかってはいる。

 真実の愛が裏切らないことを教えてくれたのだから。

「でも、あんたを好きな奴はあんたが思っている以上にいっぱいいるよ」

「そうだとしても、いずれアタシのことを嫌いになるわ。誰もあのモンスターを愛することなんてできない」

 そうしてエルザは最後の水を飲み干す。

 ルカは何も言わなかった。言えなかったのではなく、敢えて言わないのだろう。この議論は無駄だと彼はわかっているのだから。

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