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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十七章
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破滅の胎動 006

 フェリックスと落ち合い、本家に戻れば、ただ一人出迎える男がいた。

 また、お見通しだとでも言いたいのか。

 何も言わず、ついてこいと言うように顎をしゃくって歩き出すのだから難儀なものだ。

 気付かないフリで無視すれば、後々もっと面倒な問題に発展させてくれることだろう。

 からかわれるのが嫌で服を処分したのは正解だったのかもしれない。

「君は彼とデートをしに行ったものだと思っていたのだがな」

 庭を歩き、薔薇園の前で足を止め、ロレンツィオが言う。

「ええ、その通りですが、何か?」

 しれっとエルザは返す。

 彼は気付いているのだろうが、すぐに答えてやるのは癪だった。

「君達の関係はまるで進展しないようだ」

「たった数時間で結婚の約束をして帰ってくるとでも?」

「同じ時間を共有したという空気がない」

 仮にそんなものがわかるとして、エルザとフェリックスの間には生まれないものだ。

 エルザはフェリックスに対して家族以上の情を持たない。トールが家族ならば彼もまたそうなのだが、それとはまた違う。

 だから、ロレンツィオが言うようなことはありえず、彼もまた見透かしているだろう。

「喧嘩して別行動をとりました。でも、足がないので、また仲直りしました」

「よくもペラペラと」

 ロレンツィオはぴしゃりと言い放つが、厳しさは上辺だけだ。

「最初からわかっていたくせに、この尋問の目的はなんです?」

「尋問とは人聞きが悪い」

 肩を竦めてロレンツィオが笑う。このやりとりを楽しんでいるに違いない。

 エルザにとって彼は尋問官であって相談役ではない。

「あなたはいつも芝居がかってるんです」

 まるでドラマの登場人物を相手にしているようだ。

 エルザは常々思う。彼は何かを演じている。自分の敵である何かを。

「常に自分を演じている君にだけは言われたくなかったことだ」

 言われて押し黙るしかなかったのは、その通りでしかないからだ。

 エルザこそ自分を作っている。

 かつての自分を封印して以降、新たに形成した自分を頑なに守り続けようとしている。

 特に彼らの前ではまた違う態度をとっている。

 そして、沈黙が訪れたかと思えば、ロレンツィオが口を開く。

「何が出た?」

 面倒臭げに視線を向けてもロレンツィオは表情を変えない。

「何とは?」

 エルザは聞かれたところで簡単には答えない。

 聞かれたことの意味がわからない。そういう顔をするだけだ。相手が探りを入れてくるならば、探り返す。

「君のことだ。どうせ、藪をつついたのだろう?」

 藪をつついて蛇を出す――エルザの基本戦法だ。

「藪が私をつつくこともあるでしょう」

 そうして黙ったロレンツィオは何を考えているか。

「――ロレンツィオ」

 苛立ったようにエルザは彼の名を呼ぶ。

「何だ?」

「ここのところ、私に深入りしています。いくらあなたの立場でも裏切りの罪は軽いものではないはず」

「何の忠告のつもりだ?」

「好奇心は身を滅ぼします」

「誰に物を言っているつもりだ?」

「私には貴方が距離を見誤っている気がしてなりません」

「俺は君ほど間違わない」

 本当にそうだろうか。疑わしい部分がある。

 彼らは大罪を犯している。

「今日はもう疲れました」

「君よりも俺が疲れると思わないのか。君の何倍生きていると思っている?」

「疲れたくなければ、私をつつくことを生き甲斐にしなければいいのです。年寄りは僻みっぽいから嫌われるのです。健全な楽しみを見付けて若さを保つ老人は尊敬に値します」

「歳相応に大人しく……隠居していろとでも? 俺はまだ老人の域に踏み込んだつもりはないのだがな」

 エルザからすれば彼は十分に老人だとも言える。近くにいるのがシモーネであるのだから、まだまだ自分は若造だとでも思っているのかもしれないが。

「どうせ、私を野放しにしておくことはできないと言うのでしょう」

「その通りだ」

 結局、お互いの存在が邪魔であるのは間違いない。

「もう行っても?」

「ああ、今夜は冷える。暖かくして休むといい」

「父親にでもなったつもりですか」

 こうなるとエルザは呆れるしかなかった。

「何とでも言うがいい」

 何かを言えば、問題発言としてまた尋問されることになるのだろうか。

 それ以上は何も言う気にはなれず、エルザは彼に背を向け歩き出した。



 ディース・パテルがもたらした情報により、エルザはすぐ家を出なければならなくなった。

 片付けなければならない問題は二つ、一つは急を要するが、もう一つをどうにかしなければ動くことは不可能だ。必ずそれはエルザを邪魔しに出てくるに違いない。

 今回は勝手に出て行くわけにはいかなかった。

 修復された信頼関係にヒビが入るのはエルザとしても本意ではない。

 だが、エルザの直属の部下二人はあっさりと出て行けと言った。

 ただし、お別れ会とルカの歓迎会を一緒にやりたいからと言われ、エルザも一日は本家に残ることにした。

 明日、朝から東寄りの南を視察しつつ、帰るつもりだ。

「また寂しくなるな」

 ぽつりとマックスが呟く。エルザにとっても束の間の帰省だった。

 今までも頻繁に家を出ていた。ただ帰らない期間が長かっただけのことだ。

「二人が仲良くすればいいでしょ? 寂しかったら、あの人をオマケ付きで呼び戻せば良いじゃない」

 エルザが出て行く以前から外国で修行している男のことだ。

「おまけってあの滅茶苦茶気が強くて鉄扇振り回すっていう女か? それとも、その気の弱い弟か? まさか、その二人の強烈な師匠じゃねぇよな? いや、ダメだ。それはダメ、絶対にダメ……」

 アレックスはブルブルと震え出した。

 オマケは絶対にいらないと言いたげだ。

「俺もお断りだ。それなら、こいつと二人の方がずっと良い」

 修行中の男はマックスの部下で仲が悪いわけではないのだが、やはり『オマケ』が困るのだろう。

 エルザとしても絡み難い人間であり、その話を聞いているからこそ彼らも嫌がるのだ。

「例の件については相手が動かない以上はどうもできないから、いずれね」

「こっちでも何とか調べてみる。〈尼寺〉に行ったらしいってことまではわかってるが……」

 エルザはちらりとマックスを見た。言わずともわかっているだろうが、言っておきたかった。

「それについては確実だ。ナイチンゲールの知らせがあってな。どうにも復讐の機会を窺ってる状態らしい」

 アレックスが口を挟む。これがエルザの狙いであった

 〈ナイチンゲール〉――アレックスが持っている情報の入手ルートだ。肉体派のマックスと違って、アレックスは情報収集を得意とする。

「俺は聞いてねぇ」

 自分の問題でありながら知らないとマックスは不服そうだ。

 タイプの差であり、アレックスも何もかも話す必要はないと思っているのだろう。そもそもはエルザに委任されたことである。

「大体、自分の女のことは自分でどうにかすれば良いだろ?」

 不満があるのはアレックスも同じだろう。いくら契約だと言っても自分の問題を放棄したことに代わりはないと思っているらしかった。

 アレックスは自分の過去から逃げることができない。死んだことになるつもりもない。

 だからこそ、二人はぶつかることもある。

「俺の女じゃない。俺の親友の女だ」

「親友でも本人でもどうでもいいけど、ちゃんと連携しなさいよ。じゃなきゃ嫌な人達呼ぶから」

 エルザが言えば二人は顔を見合わせ、それから渋々といった様子で握手をした。



 右腕代行が右腕に仕事を引き継ぎ、また右腕が本体を離れる。

 その上、代行が不在であるという状況はエルザを悩ませた。

 イグナツィオがいつ戻るかはわからない。けれど、猶予はないように思えた。

 レナードはそれを見通して、問題ないと言った。あの男がいるだろう、と。

 黙って任せればいいとまで言ったが、それはエルザの礼儀に反する。

 仕方なく面会を求めた相手はいつも通り渋い顔をしている。

「考えたな」

 重々しく、彼は口を開く。

「何がです?」

 はっきり言えばいいものを、エルザは心の中で思う。

 彼――ロレンツィオはそれを見透かしながら、いつもわざとそうやっているのだろう。

「君は私を殺す最良の方法を思いついたようだ」

「私はそんなに賢くはありません」

 この男の話はいつもうんざりするほど遠回しだ。

 だから、嫌われるとわかっているのか。

「君は手を汚さず、極自然に私を殺せる」

「死因は?」

 これは聞いてやらなければならないのだろう。

「過労だ」

 本人は至って真面目なつもりなのだろうが、エルザとしては呆れたくもなる。

「ご冗談を。それぐらいで、あなたが死ぬのなら、とっくにこの世にはいないでしょう」

 この組織には悩ましい問題が多すぎる。エルザにとっては彼も一つの壁である。

「君には生まれた時から困らされているからな。だが――」

 エルザの出生はレグルスにとって転機でもある。もちろん、悪い意味でだが。

「――君にしかできないこともある。イグナツィオ……彼もすぐに帰ってくるだろう」

 彼が戻らない状況でこの男に全てを託して、本家を離れるのは心苦しいことだ。

 けれども、先送りにすれば、もっとまずいことになる。

「妙な動きをしたその時はすぐに舞い戻りますから」

「君は私が最近始めたヨガのポーズを取っただけでも戻ってきそうだな」

 本気なのか、冗談なのかわからないのが、この男の面倒なところだ。

 エルザが言っているのはそんなことではなく、彼もよくわかっているのだから。

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