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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十七章
148/245

破滅の胎動 002

 まだ季節を迎える前の薔薇園を二人は見詰めた。

「昔を思い出すな。お前と初めて話したのはここだった」

 エルザにとってはあまり思い出したくないことだが、彼には大切な思い出らしかった。

 それでも、エルザにとっても確かにこの場所は特別な場所であった。

「外の世界の美しさを初めて知った場所がここだったから。ダンジョンから出たばかりだったし」

 エルザにとって一番変化があった頃、きちんと記憶がある初めの頃のことだ。あの時は今と違ってたくさんの薔薇が咲いていた。

 現在は高みの見物として上層部に居座る者達の野望のためにエルザは幼い時から別の組織で人間兵器として養育され、様々な習い事をさせられた。

 レナードがその組織を壊滅させるまではほとんどそちらに拘束されていたようなもので、こちらに戻ってきたからも数日はダンジョンに閉じ込められていた。

 この場所に戻ってきたのも、父親でありボスであったエドアルドが死んだのも、レナードがボスになったのも、アレックスが泣いたのも、アンドレアのスパルタ教育が行われたのも全てその頃だ。激動期と言っても良いのかもしれない。

「お前はあれから随分変わった。いい女になった」

 フェリックスはエルザが人間らしくなかった時から知っている。

 その暗黒の過去を知っていると言える。

「アナタはあの頃アタシを化け物として扱わなかった数少ない人間だった」

 果てぬ憎悪を瞳に宿し、復讐のために牙を剥き、爪を振るう獣でしかなかったエルザを彼は恐れもしなかった。

 それどころかひどく友好的で、思えばあの時の自分の氷が溶けたのは彼の存在があったからかもしれないとエルザは思う。

「俺は寮でレナードと同室で、いつもお前の写真を見てた。化け物だなんて一度だって思ったことはない。レナードにそっくりだって思ってたんだ」

 中央にある学園に通うために彼らは寮に入っていた。

 レナードは休みにはよく帰ってきたが、それでもエルザが会うことはほとんどなかった。

「アタシはその頃の兄さんの話が聞きたいんだけど」

 エルザは兄の謎に包まれたハイスクール時代にはどうしようもなく興味があり、〈鉄パイプ時代〉のエピソードを聞きたいと何度も頼んでいる。それほど口止めされていることが恐ろしいのか、フェリックスもなかなか口を滑らせない。


 沈黙が訪れ、何度もそれを聞くからうんざりしたのかとエルザは思った。

 ちらりと見たフェリックスの表情に怒りはなかった。

「……お前は、あいつが人を殺したところ見たことあるか?」

 やっと口を開いたフェリックスはひどく重々しく問いかけてきた。だから、エルザも真剣に思い返してみた。

「ない、かもしれない。兄さんはアタシの前であんまり爪も見せないし。いつも前に出るのはアタシだったから」

 エルザが今まであんまり考えなかったことだが、確かに自分に人を殺す場面を見せなかったかもしれないと気付く。

 武器のクロウナイフでさえも脅しの材料に使うぐらいのもので、誰かを斬り付けるのを見た記憶はほとんどない。

 それでも、レナードを守るのがエルザの役目であり、汚いことは自分がやればいいと思っているのだから不思議なことではない。

「あいつは、自分の醜い部分をお前に見せたくないんだ」

「そんなに……凄かったの?」

 エルザは兄がひどく荒んでいたのではないかと察して少し控えめに問うた。

 今は穏やかに微笑んで、誰よりも優しい兄でいてくれるが、自分の闇が広がっていた頃なのだから、きっと穏やかではなかったはずで、苦しんでいないはずがないのだと今になって思うのだ。

「俺は最初恐かった」

「アタシの中で兄さんは穏やかで優しい人よ。たまに言葉遣い悪いけど」

「それでいいんだよ。今のレナードを知っていれば十分だ。いくらシスコンの病がうぜぇって言ってもあんまり邪険にすんなよ」

 自分は何て愚か者なのだろうと思いながら、エルザはそれ以上フェリックスを困らせるのはやめようと黙って頷く。

「……アナタも今のアタシだけを知っていてくれれば良かったのに」

 らしくないことを言っている自覚がエルザにはある。

 けれども、思わずにはいられない。彼には一番醜い部分を知られている。

「お前はお前だ。どんなことがあっても」

「アタシはアタシ、どんなことがあっても醜い獣のまま人の皮を被ることばかりが上手くなっていく。ただそれだけよ。なのに、アナタは深入りしてしまった」

「もっと深入りさせてくれよ、俺はお前のために地獄に落ちたって良いと思ってる」

「それは危険な発言だわ。アナタはウルサのボスなのよ」

 そうだな、とフェリックスは頷く。

 これはレグルスの問題だ。

「それに、俺の中ではお前はトール・ブラックバーンの女だ」

 他人の女を望んではならない。

 初代レグルスが決めた掟を今でも守る組織は多い。レグルスに近い正調の組織であるほど固く守っている。

「認めるわ、トールを好きだってこと――でも、掟は守り続ける」

 愛のために掟を変えるつもりはエルザにはない。

「アタシは恐いのかもしれない。誰も愛せないのだと思い込みたいだけなのかもしれない。愛は強さと新たな恐怖をもたらすから。アタシは兄さんのためなら何だってできるし、恐いモノなんてないけど、兄さんを失うことだけは恐い。トールを巻き込んでしまえばまた恐怖が襲ってくる――アナタだって、そう。アタシは誰も嵐に巻き込みたくない」

「できることなら俺はお前を連れ去りたい。誰の目にも触れることのないように、自分だけのモノにできるように束縛したい。そう思ってた」

 以前、彼がエルザに対して賠償結婚を臭わせた時はまだトールからの告白も聞いていなかった。

「アタシにはアタシの宿命がある。だから、アナタには見守っていてほしい」

「わかったよ。でも、何かあったら俺を頼れよ。お前もレナードも自分で抱え込んじまうから」

 エルザは頷く。彼が望むような頼り方ではないだろうが、きっとまた彼を必要とする。利用しているのに過ぎないのかもしれないが。

 フェリックスは物思いに耽り始めた様子だったが、エルザは声をかけてみる。気になることもある。黙れても困る。

「ねぇ、フェリックス」

「アタシがいない間に何人か出て行っちゃって……結構フラフラしてたり、筋肉命みたいな人ばかりだったからあんまり実感もないんだけど、アキラのこと覚えてる?」

 頼れと言うのなら少しぐらい相談してみても良いだろうと思うのだ。

 エルザの部下は元々、常時いるわけではない者も多かった。

 旅行中や修行中でも特に寂しいとは思わないが、行方不明になっている二名は特に可愛がっていたのだ。

 その一人――アキラはフェリックスとも面識があった。

「ああ、覚えてる。つーか、忘れられるわけねぇだろ」

「ピザパーティに誘ってあげたものね」

 覚えていないと言ったらどう罵ってやろうかとエルザは思っていた。

 彼も忙しいことはわかっているが、あれほど強烈な人間を忘れるというのはあまりに薄情だ。

「あれはパーティじゃ……いや、パーティだったな。ピザが」

「そうよ。ピザがパーティなのよ」

 アニメオタクで大食いのアキラがエルザのお気に入りのピザ屋で全種類食べてみたいなどと言い、その願いを叶える時に巻き添えになったのが、フェリックスだった。

「ささやかな夢を叶えてあげるとか言うから何かと思えば、ピザ全種類食べ比べだもんな。しかも、誘った本人はマルゲリータしか食わねぇし」

 小食のエルザはあくまで財布係であり、フェリックスは交通手段だった。

「そのアキラと、レイジが行方不明になってるけど、何も知らないみたいね」

「悪ぃな……何も」

「気にしないで。どうせ、どっかで食い倒れてるかしてるに決まってる」

 レグルスで行方が掴めていないのだから、フェリックスには悪いが、エルザも期待はしていなかった。

 生きていればいつかまた会える。

 否、彼らが目的を持って出て行ったのなら、それで構わないのだ。別れの言葉がなくとも良い。去るならば、追うべきではない。

 元々、面倒事に巻き込まれていたのを助け、それから居着いていただけなのだから。

「さて、そろそろ行くか。楽しいデートはこれからだ」

 パッとフェリックスは切り替える。

「行き先は?」

 楽しくなることはないだろうと予感しながら、エルザは一応聞いておくことにした。

「もちろん、俺が決めるぜ? まあ、着いてのお楽しみだ」

 どうやら、既に決まっている様子だ。

 何か怪しいが、外交だと諦めるしかなかった。



 車を走らせるほどにフェリックスは無口になる。

 突き刺さるエルザの視線に限界を感じながら必死に耐えていたようで、結局最後まで口を割らなかった。

 〈カニス・マイヨール〉に着いて、ようやくエルザにも意図がわかった。

「俺様を待たせるなんて良い度胸だね」

 テーブルに頬杖をつくのはファウストに見えた。

 黒々とした髪、ヘーゼルの瞳にどこか物憂げな影を宿し、人を引きつけてしまうような魅力を持っている若い男。

 目を合わせてしまえば挑発的で抗い難いものがある。

「猿真似はよしなさいよ、ロメオ」

 エルザは促されて、向かいに座り、言い放つ。

 一瞬、ドキリとさせられたが、彼はファウストではない。

「空気読めよ、このつるぺたくそちび」

 眉間に皺を寄せて、ロメオが吐き捨てる。

 ロメオの隣ではイシュタルが苦笑いをしている。

「アナタがね」

「大体、ほぼ同一人物なんだし」

「遺伝子上は、でしょ?」

 エルザにとって二人は別々だ。たとえ、ロメオがファウストになりきろうとロメオでしかない。

「それで、何のつもりなのよ? 色男」

 エルザはロメオとフェリックスを交互に睨んだ。

「もうちょっと待って、もう一人来るから」

 あらかじめ打ち合わせてあったのか、アルドが一人分のコーヒーを持ってくる。

「じゃあ、俺は行くな」

 フェリックスは届けにきただけとばかりに帰ろうとする。

「置き去りにする気?」

「俺は俺で用があるんだ。とりあえず、済んだら連絡してくれ。きちんと送らないと色々まずいからな」

 自分でデートだ何だと言っておきながら、ロレンツィオに利用され、尚且つロメオにまで利用されているのだからどうしようもない。

 その上、いらないと言われたに違いないとエルザは思う。

「それなら、ついでに、あの小娘に贈り物調達しといてくれる?」

「お前が贈ることに意味があるんだろ?」

 フェリックスは言うが、そんな暇は彼のせいでなくなりそうだ。

「予算あげるから」

 エルザは財布から札を抜いてフェリックスのポケットにねじ込んでやった。

 それでも、フェリックスは納得できないようだったが、エルザにはまだ手がある。

「じゃないと、ロレンツィオにフェリックスが役目を果たさなかったって言うけど」

「……わかったよ」

 諦めたようだ。外交となっている以上、エルザを中央まで運び出したと明らかになっては問題になる。

 その場合、エルザの方が問題になるのだが、フェリックスはそこまで頭が回らなかったようだ。

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