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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十六章
135/245

動き出した心臓 001

 久方ぶりにその部屋で迎える朝は決して清々しくはない。

 そう感じるのは装飾のせいだと言える。

 眩しさを感じる白、それだけならば清潔感があるが、問題は随所でピンクが主張していることだ。

 白とピンクを基調としたひどく少女趣味な部屋が本家でのエルザの自室だ。全ては兄レナードの仕業である。

 平和な少女時代がなかったからこそ、今から取り戻そうとしているが、正直迷惑な話である。

 どこまでも黒に染まった自分が白の中で目覚める。エルザにはあまりに滑稽に思えるものだ。

 存在するだけで全てを黒に染め上げていくような自分が白の中で生きたところで何も変わらないのだ。

 漆黒の毛皮が純白に生え変わるはずもなく、その悪徳は変わらない。

 どれほどぬいぐるみを並べても乙女にはなれないというのに増えているのは記憶違いではない。

 綺麗に掃除された部屋は主がいない間に確実に悪化している。



 目の前で湯気を上げるコーヒー、それがエルザの朝食だった。

 向かいには優雅にカップを持ち上げる兄レナードの姿がある。

 純粋な金髪に寝癖などあるはずもなく、朝から完璧であった。

「そんな怖い顔をするな。コーヒーがまずくなってもいいのか?」

 優雅に微笑む兄をエルザは恨めしい思いで見た。

 怖い顔をしていると言うのなら、間違いなくこの兄のせいである。

 昨日は用事を済ませてから系列のレストランで半ば強制的に食事をさせられ、帰ってきたのは夜遅くだった。

 だから、レナードともまともに顔を合わせていなかった。

 それなのに、何事もなかったかのように朝食に誘うから困るのだ。

「……兄さんはアタシが望む言葉をわかってる。でも、絶対に言ってくれない」

「俺が言うべきはお前への死刑判決じゃない」

 言ってほしいのは正にその死刑判決であるというのに残酷なものである。

「俺はお前が不満を持っていることをわかっていた。わかっていて、利用した。謝罪するしかないさ」

「ほしいのは、そんな言葉じゃない」

 わかっているからこそ、その優しい言葉が胸に痛いのだ。利用してもらえるならば、エルザはそれでいいのだ。

 そのために、右腕に、アンダーボスになると決めたのだから。

「なら、今のお前にとって、一番好ましくない言葉を吐くとしよう」

 一番、コーヒーをまずくするのはこの兄ではないかとエルザは思う。いつもならば、二人っきりになると大変面倒なことになるというのに、今は平然としている。

「家出など好きなだけすればいい」

 出て行けとは言わないだろうと思っていたが、エルザにとっては同じことだ。エルザが家にいたところでいいことはない。

「だが、お前がいなくなって何事もなかったかのように時が進むと思うな」

 その口から吐き出される言葉はどんな言葉も強い。優しすぎて、強すぎる。悲しいほどに。

「そして、俺からも逃れられると思うな。追いはしない。だが、俺はお前を守るためにあらゆる手を使う。何度でも、だ」

 穏やかに見られがちで〈眠れる獅子〉と呼ばれる男だが、〈乱獅子〉と呼ばれるほどの激しさも秘めている。

 彼こそが表向きは青年実業家であり、裏ではレグルスという組織を束ねるレナード・レオーネ――〈絶対王者〉に最も近い男だ。

「……見限ってもらえると思うのは?」

 わかっていながら言うのはエルザも同じだった。

「浅はかなことだ。俺とお前の絆は絶対に切れない。たとえ、何度お前が切ろうとしても、その度に俺が繋ぐ。勝手に死ぬのは許さない」

 自分以外に本当のファミリーがいないからそうなのだろうか。

 エルザとしては複雑な心境だ。早く自分以上の存在を見付けてほしいと思う。

「今更、言うまでもないことだと思っていたがな」

「アタシは兄さんと違って、とっても物わかりが悪いの」

 いつものようには笑えそうになかった。兄の前では演技などできる余裕はない。

「ここにアタシを戻した以上、要求はわかってるでしょ?」

 エルザにとっては、ここからが本題だ。やらなければならないことがある。

「ラサラスの解放、か? それに関しては俺も手が出せない」

 家出前とまるで変わらない答えだ。アダムには悪いが、難しい問題だと言ってしまえばそれまでだ。

 たとえ、ボスであっても古株の幹部の反対を押し切るようなことはできない。

 そういった意味ではまだ完璧なボスとは言えないのかもしれない。〈上〉が持つ権力を奪いきれない。

 先代を傀儡にしていた幹部達、レグルスの膿と呼ぶべき存在を一掃できるだけのものをレナードもエルザもまだ手に入れていない。

「〈ロイヤル・スター〉としての権限を返すわ」

 エルザにとって重荷でしかないことだ。南の支配者として振る舞うことは色々と枷になる。あくまで自由な立場でヘルクレスと戦いたかった。〈ロイヤル・スター〉である以上、その席を空けて勝手なことはできない。元々、レナードでなければならないものでもある。

「それも不可能だ。俺は今のところ中央に関与する気はない。元よりお前の仕事だ」

「それとこれとは違う」

 シリウスのことを言っているのだろう。

 エルザが中央を守り、各方面へ干渉するのは前シリウスに任されたからだ。

 しかし、それと〈ロイヤル・スター〉における南の支配者であるのは全く別の話だ。

「時が来れば、俺も役目を果たそう」

 一体いつのことになるのか。聞いたところで答えてはくれないだろう。

 今すぐに果たしてほしいと言うのに、わかっていながら思い通りになってはくれない。そういう時、エルザは自分の兄ながら厄介な人物だと感じる。

「なら、またすぐに出てくわ」

 最早、反抗することだけがエルザにできることだったのかもしれない。思い通りにならないから家出をする。まるで子供の癇癪だ。

 だが、兄にとって自分は子供でしかないとわかっていた。アンダーボスに任命したのも我が儘を聞いただけだ。

「好きなだけ家出をしろと言ったところだが、それを許すつもりもない」

 今度は阻止するからこそなのか。否、言葉通りだろう。今でなければ、いいのか。

「矛盾してる」

「帰ってきた以上、お前に謹慎を命じる」

「謹慎?」

「名目上は。つまり、仕事をするなと言うだけだ」

「事実上もじゃない」

 お咎めなし、というわけにはいかないのだろうとはエルザもわかっていた。

 厳重な処分を、と言う者もいるだろう。だが、謹慎でも喜ぶ者は多い。

「三日だ」

「三日も?」

「三日大人しくしていろ。たったそれだけだ」

「大人しくね……たったそれだけのことが、アタシには無理だってわかってるくせに」

 年中無休、二十四時間営業のエルザにとって三日は大きい。

 戦いを止められるはずがないのだ。止めるのは死ぬその瞬間だけだ。

「敷地内から絶対に出るな」

「デスクワークは?」

「今日は禁止だ」

 淡々と告げるレナードにエルザは溜め息を吐く。

「色々指示出さなきゃいけないんだけど」

 フォー・レター・ワーズやバッド・ブラッド、シックス・フィート・アンダー、レッド・デビル・ライ、キグナス、その他集団とのあらゆる連携が必要になる。

「お前の信じる仲間は逐一指示しなければ進めもしないのか?」

 そう言われるとエルザも黙るしかなくなる。

 彼らは決してエルザの傀儡ではない。自分達の意思を持って動ける。だが、情報は必要だ。

「つまり、休息しろってこと?」

「そういうことだ」

「自宅軟禁で?」

「お望みなら、アールストレム邸に護送してやろうか?」

「断固拒否」

 エルザは即答した。

 そう言えば、あの時、連絡を入れたと星海が言っていたはずなのだ。

 レナードは笑っているが、冗談にしては質が悪い。

「三日過ぎれば居座るも出て行くも好きにするがいい」

「その前に脱走したら?」

「色々、まずくなるな」

「見せしめ、だから?」

 いや、とレナードは頭を振る。

「お前が出て行ったことに納得がいかない連中の方が圧倒的に多い。それでも、また勝手に出て行くか? 今度こそ、崩壊するとわかっていながら?」

「兄さんがいる限り崩壊しないわ」

「俺には止められないこともある」

 いずれ〈絶対王者〉と呼ばれる男が何を言っているのだろう。

 まるで自分にしか崩壊を止められないと言われているようでエルザは困惑した。

 エルザが引き起こす崩壊は天災クラスだとわかっているはずなのに。

「……兄さんは話し相手になってくれる?」

 エルザも兄が忙しいことはよくわかっていた。

 休息しろと言うのなら、強力な退屈しのぎが必要になる。仕事をしたいという気になれず、尚且つうるさい人間を完全にシャットアウトしてくれるような人間が必要だ。

 その点ではレナード以上の適任はいなかった。

「悪いが、仕事の話はできない」

 きっと、すぐに誰かが呼びにくる。溜め込んだことを全て話すには時間がない。

「トール・ブラックバーンのことは仕事の話?」

 心の内にあるものを悟られたくはない。けれど、エルザは聞いておきたかった。交流はなくともかつては共に〈トライアド〉と呼ばれていたのだから。

「あいつになら、お前を持って行かれても納得できる。いや、あいつはいつかお前を連れて行く。ずっとそんな予感がしていた。初めて見た時から」

 心は既にトールを求めている。けれど、掟を守る方が重要だ。

 エルザはなんとか平静を装おうとした。聞きたいのはそういうことではないのだが。

「それ、フェリックスが聞いたらどうなるかしら?」

 フェリックスは婚約者を自称していた。今は悟ったようだが、レナードがずっとそう思っていたとは知るはずもない。

「モノにできるかどうかはあいつ次第であって、俺は政略結婚をさせつもりはない。単に寄りつく虫が害虫か益虫かってだけの話だ」

「あら、アタシはとっくに政略結婚の一環だと思ってたけど? フェリックスはすっかりその気だったし」

 レナードはエルザの唯一の肉親だ。そして、レグルスのトップである。その許しがフェリックスを暴走させたとも言える。

「あれは、ギリギリ益虫だからな」

 もしかしたら、レナードにしてみれば、「殺虫剤はかけないでおいてやる」程度のニュアンスだったのかもしれない。

「それ、本人は知らないのよね?」

「ああ、自分を益虫の中の益虫だと思っているから、ああなったんだとわかっているだろう?」

「……なんかフェリックスって可愛そう。遊ばれてる女みたい」

「あいつはからかうと愉快なんだから仕方ないだろう?」

 エルザにもわかるが、幾分か質が悪いように思える。

 幸か不幸か、本人は親友にそう思われているとは知らないのだから。

「まあ、俺はトール・ブラックバーンと交流はないが、あの男は非凡なものを持っている。だが、恐ろしいのは本人が自分を凡人だと思っていることだ」

 〈無自覚の理解者〉、その性質が〈トライアド〉時代から発揮されていたのは間違いないのだろう。

 結局、エルザがレナードと話せたのはそこまでだった。

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