表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十五章
129/245

獣達が帰る場所 003

 信頼を確認したところでエルザはフッと笑う。

「アナタもまだまだね。これじゃあ、アナタを殺せないわよ? ヴィットリオも騙されてくれたけど」

 銃をくるりと回して見せた後、イグナツィオへと投げた。

 キャッチした彼はすぐに気付いたようだ。

「こんなもの投げるな! いや、お前って奴は……! もしものことがあったら、どうするんだ!?」

 イグナツィオが慌てるのも無理はない。何かあった時に銃型ライターでは身を守ることはできない。

「やめてよ。小うるさいのは兄さんだけで十分なんだから。やっぱりアナタって年寄りよね」

 イグナツィオは警戒心が強い性格で時に兄以上に用心しろと言うことがある。

「俺はまだ三十路前だ」

 イグナツィオは渋い顔をする。

 二十代後半だが、まだ三十代と一緒にはされたくないようだ。しかしながら、いつもの二人のやりとりが復活した瞬間でもあった。

「煙草吸うなら使って良いわよ?」

 苛立つと彼はシガレットケースに触れる癖があり、今も手が彷徨っていることにエルザは気付いていた。

「いや、今日こそやめるさ」

 今度は彼がお返しのように投げてくる。いつも吸いもしないくせに持ち歩いているシガレットケースだ。

「アタシは吸わないわよ?」

「処分するなり何かにするなり好きにしてくれ」

「……じゃあ、預かっておいてあげる」

「今、面倒だと思ったろ?」

 エルザの心を見透かしたとばかりにイグナツィオは笑う。

「アナタは面倒臭い男じゃないの、昔っから」

 面倒臭いのは彼に限ったことではない。面倒臭い男というのがエルザの口癖と化すほどエルザの周りには厄介な性格の男が多い。

 だから、彼も「そうだな」と頷くだろうとエルザは思っていた。

「昔、重いと言われてフられたことがある」

 イグナツィオは全く予想しなかったことを口にするのだから、エルザでも吹き出しそうにもなるものだった。

「何よ、それ? 彼女に色々とうるさく言ったわけ?」

「考え方に致命的な相違があったらしい」

 イグナツィオは至って真面目な様子である。

 彼のそんな話を聞くのはエルザとしても初めてだった。

 エルザと出会った時に死んで、生まれ変わったことになっていた男だ。全ては前世のことという扱いだった。

「自分とヴィットリオのどちらが大切なのかと言われてな……俺がどう答えたか、わかるか?」

「ヴィットリオ。アナタはそう答えたわよね?」

 エルザは答えに迷わなかった。面倒臭い男が考えることなどわからないと言いたかったが、彼の場合、明らかだった。

 彼は自分なりに役目を果たそうとしていたのだろうが、二つの異なることを同時に果たそうとすれば矛盾が生じてしまうのは当然だ。どちらがより重要かを天秤にかけた時のイグナツィオの答えなど決まりきっている。

「よくわかるな……」

「所詮、彼女のことは他人だと思っていた。別に大好きで付き合ってたわけじゃない。違う?」

 エルザは何となく推測してイグナツィオをじっと見る。

 陰気だとか枯れているだとか言われている男だ。それは前世でも全く変わらなかっただろう。

 だから、彼の言葉や表情、これまでのことから考えて推理するのは難しいことではない。

「……お前にはなんでもわかっちまうんだな。その続きまで考えてるんじゃないだろうな?」

 イグナツィオが何を救いとして求めているかはわからないが、エルザはその問いに答えてみることにした。

 回りくどいことだが、そうすることで何かを話そうとしているのだろう。彼はあまり話が得意ではない。

「そうね……その彼女は、実はヴィットリオの想い人だったけど、アナタは全然そんなことなんか知らないで彼女に押し切られて、『まあ、いいか』なんて思って、なんとなく付き合ってみたっていうのはどうかしら?」

「相変わらず、お前はとんでもなく鋭い勘の持ち主だな。千里眼と言われても仕方がねぇぞ。まるっきり当たりだ」

 あらかじめ知っていたのではないか、そう言われても仕方がないかもしれない。

 だが、エルザは決して真面目に考えたわけでもなく、大体はいい加減に言っている。

「よくある話よ。ヴィットリオを見れば、そういう恋愛沙汰がトドメだったって感じがするもの」

「会ったばっかりだろ?」

 エルザは頷く。

 少し戦っただけだが、ヴィットリオは感情的で、何を考えているかわからないイグナツィオより、ずっと単純明快だ。

「でも、単純なのよ、アナタ達は。鈍感って言うか無頓着っていうか……無知よりはましだけど」

 無知に込められた意味に彼が気付くことはない。それは他の誰でもないエルザ自身のことを言っていた。

「まったくお前には敵わねぇな」

「アナタは。きっとアタシみたいなのよりも、もっと振り回してくれるような人の方が合ってるんじゃないかしら? 楽観的でロマンティストで可愛げのある……そう天真爛漫な感じの子とか」

 考えても意味のないことだとわかっているが、やはり自分のような人間といてもあまり良い気分ではないだろうとエルザは思うのだ。

 彼を陰気にしているのは自分であって、彼の世界を明るくしてやることはできないのだと。

「これ以上、気苦労が増えると身体が持たねぇよ」

「そうかしら? 何も考えずにいられると思うけど?」

 悲観的でリアリストでひねくれている自分よりはずっと楽しく生きられるだろうと思ってのことだ。

 彼がこの現状に満足していることをエルザは心のどこかでは認められずにいる。近い終わりが既に見えていることだ。

「そんなことは絵空事だ。お前が嫌いな話だと思うがな」

 『もしも』の話をしても意味がないことはわかっている。

 エルザが最も嫌うことだからだ。

「これからどうするの?」

「俺はお前の行く先へついていく。それ以外に何がある?」

 死ぬまで彼はついてくるつもりなのだろう。だが、それは、きっと不可能だ。

「また置き去りにするわよ」

 レナードの意向が完全にわかったわけではない。だが、中央にレナードが関与することになれば、エルザは新たな段階のために旅立つだろう。

「いや、残念だが、次の行き先は決まってる。お前は俺を置き去りにはできねぇし、今度は簡単に出て行けねぇぞ」

 本家に戻らなければならない。そういうことだ。

 そして、戻れば、暫くはあらゆる理由で拘束されることになるだろう。

「……〈虎豹〉、格好いいじゃない」

 エルザが過去の異名を口にしてみれば、イグナツィオの表情が歪む。

 顰めっ面の多い男だが、本当に苦々しい思いなのだろう。

 過去を捨てろと言ったのはエルザだ。一度死んで生き返るならば捨ててみせろと言った。

 けれど、実際は単なる覚悟の現し方であって、捨てた物をエルザが拾うのであって、本当に捨ててはいけないものがある。

「話を逸らすな。俺は戻る気なんかねぇよ。あれは俺だけの名じゃねぇからな」

 二人で一人の殺し屋ヴァレンティノ兄弟としての名を貫き続けるつもりなのだろう。けれど、彼はヴィットオが欲しいと言えば簡単に譲ってしまうのだろう。

「まあ、アレッシオが黙ってないと思うけど、覚悟があるならいいわ」

「……考えたくねぇな」

 幹部の一人アレッシオ、その男は〈猛虎〉と呼ばれ、自分と同じく動物系の異名を持つ者と戦って倒すことを生き甲斐としている。

 今は〈眠れる獅子〉の飼い猫同然だが、イグナツィオが〈虎豹〉だとわかれば黙ってはいないだろう。味方だからと言って見逃すことはない。否、味方だからこそ嬉々として挑んでくるはずだ。

「泣きたければ泣いても良いのよ?」

「お前より先に泣いたりしねぇよ」

「アタシは泣けないわよ」

 エルザの涙は涸れ果ててしまった。

 先日泣いたのはきっと最後の一滴だったのだろう。トールがいたから彼の愛に泣いたのだ。もう泣くことはないだろう。

 だから、男だろうと大人だろうと誰かが代わりに泣けばいいとエルザは思っている。

「家出少女が帰るんだ。感動の涙くらい流してみたらどうだ?」

「無理」

 エルザは即座に答えた。

 感動など、どこにもありはしない。あるはずがない。

「悪いことばっかりじゃねぇさ」

「いいことばっかりじゃないでしょ」

 おそらく尋問は避けられない。

 たとえ、レナードが不要だと言っても高みの見物をする上は許さないだろう。何を言われるかわかったものではないし、場合によっては拘束されることもあるかもしれない。しかし、ダンジョンでラサラスに会うことはないだろう。

「じゃあ、休めよ」

 イグナツィオは立ち上がる。もう話は済んで、心は晴れたというのだろう。

「もう寝たくない。さっき寝たから寝られない」

「いくらも寝てないだろ。クマさんを呼んでやろうか?」

「絶対、嫌」

 エルザは即答した。クマさん――フェリックスとまた話をするのは面倒だった。

「本人が聞いたら傷付くぜ?」

 笑っているイグナツィオをエルザは睨む。

「だったら、慰めてあげれば? ロック語りながら酒でも飲めばいいじゃない」

 その方がエルザとしても平和だった。しかし、彼も理由がないなどと言って逃げるのだろう。

「ほんとにお前にはかなわねぇ」

 そうしてイグナツィオは肩を竦めて、出て行く。小さく「さんきゅ」と口にして。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ