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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十四章
122/245

悪魔は魂を欲す 007

 念のためにアナイスを気絶させたエルザは再びアナベラとヴィクターの様子を窺う。

 ナイフとメスの攻防はどちらが優勢とも取れない。

 本気なのかは知らないが、少し買い被り過ぎていたかもしれない。

 そっとナイフを抜いてエルザは二人に近付く。

 服の下や手首に仕込んでいたナイフは全て取られてしまったが、ポーチにペン型バタフライナイフが残っていた。

「頑張ってるじゃない、さっさと仕留めたら?」

 からかうように声をかければヴィクターは顔を顰める。

「馬鹿言うな。このギリギリ感がわからねぇのかよ!?」

 まだいけるのではないか。エルザは彼に任せてしまおうとも思ったのだが、そういうわけにもいかないらしい。

 結局はエルザが決着を付けなければならないことなのだ。

「喋れるってことは余裕があるんじゃなくて?」

「防ぐのがやっとなんだよ!」

 本当は彼の情報も欲しかったのだが、これ以上見物しているわけにもいかないようだ。

 頭の中にある〈第三の男〉の初期データを元に修正して、後は実戦で見極めるしかないだろう。

「だらしがないわね。いいわ、下がって」

 ヴィクターが後退するのと同時に踏み込み、エルザは二人の間に割って入る。アナベラはヴィクターを深追いしようとするわけでもない。元より彼女の狙いはエルザだ。

「残念ね、あなたを殺すしかないのは」

 少しも残念ではなさそうに、むしろ楽しげにアナベラは笑む。

「アタシも残念だわ。アナタ達がロベルタの踏み台になってくれなくて」

「クリムゾン・ローズ、あの女もくだらないわね。〈毒婦〉と同じくらいに。知り合いは選んだ方がいい、あなたの価値を下げるから」

「それをアナタに言われるのは心外。ちゃんと自分もカウントしてる? アナタより〈毒婦〉の方がましなくらいよ」

 好き勝手なことを言われるのはエルザも慣れている。あまり気持ちの良いものでもなく、歪められた真実に苛立つものだが。

 自分の周りには扱い難い女達ばかりだと溜め息を吐く気にさえなれない。ただもう問答は必要なかった。


 刃が肌を掠め、血が流れてもダンスは止まらない。二人の女は踊り続ける。

 無駄のない動きでエルザは容赦なくアナベラを襲う。ダメージを受けながらも尚立ち続けるその女に敬意すら覚える。

 その中で、あくまで痛め付けて戦闘不能にすることが目的だ。そう言い聞かせなければ、少しでも気を緩めれば、バラバラにしてしまう。そんな自分の存在を、憎しみに満ちた獣の存在をエルザは確かに感じていた。

「愛してるのに。こんなにもあなたを愛してるのに」

 距離をとってアナベラが血と共に吐き出す言葉はエルザを冷ややかな気持ちにさせた。

「吐き気がするわ。アナタ、アタシがあのヒゲ男を愛してるなんてふざけたこと言ったわよね?」

 彼女は本当に何もわかってなどいない。愛などエルザには必要ない。愛されてはいけないからだ。

「ええ、言ったわよ。だって、そうでしょう?」

「愛……破滅的な言葉だわ。アタシはあの男を愛してなんかいない。信頼していた、ただそれだけ」

 〈第三の男〉とずっと一緒にいたのは、質の悪い言い方をすれば単純に都合が良いというだけのことだった。

 信頼しているのは事実だが、側に置いてこその〈第三の男〉であり、命を預けているつもりだった。

「エルザ、あなたが憎いわ」

「初めからそうだったじゃないの。愛なんてまやかし、それは憎悪でしかないわ」

 愛を語るには幼すぎるかもしれないが、多くの悲しい愛を見てきた。

 愛はエルザを救わない、ただ破滅的なものだ。

 トールの存在が愛を教えてくれるとしても認めてしまえば崩壊する。

「あなたがいけないのよ!」

「アタシは誰のモノにもならない。それがルール、アタシに関わるなら従いなさい」

 溜め込んでいたものをその瞬間に解放し、メスが刺さるのを恐れずにエルザは踏み込む。

 服を、肌を切り裂き、突き刺さっても、気にせずにその左肩にナイフを突き立て、そのままの勢いで倒す。

「本当はね、もう二度と、メスが握れないように、誰も切り裂けないように、この手を使い物にならなくしてしまいたい。折ってもまた治るから粉々にしてしまいたい。でも、そうしたところで無意味よね。だって、リッキーはもう死んじゃったし、アタシは仕事を遂行できなかったし、何も元通りにならないのよ」

 体を反転させ、腕を固め、淡々と早口にエルザは言う。アナベラが呻くのも気にしない。

「なぁ、それぐらいでいいんじゃねぇの?」

 尋常ではないと感じたのか、ヴィクターが口出しするが、エルザは皮肉げに笑う。

「お優しいのね。でも、この女にはまだまだ温い方よ」

 彼女達の中で誰が一番罪深いのか、結論が出たのだ。

 殺害の計画書を書いた人間と実行者、その二人を天秤にかけた時、重いのはその実行者だった。

 制裁というには軽すぎる。八つ裂きにしても足りないぐらいに。

 たとえ、誰よりも自分が罪深いとしても、エルザは許すことができなかった。許さないことが唯一彼への償いだと思っていた。

「ねぇ、アナベラ。アタシはどうすれば良いのかしら? アナタの苦痛に歪む顔を見れば良いのかしら? アナタがアタシにそうしたかったように」

 語りかける声音は冷たく、残酷な言葉が次々と紡がれる。

 身震いするような寒さ、凍て付く怒り、過去を思い出しながらも復讐心などではない。

「でも、何も満たされないのよ。たとえ、この指の全てを折っても」

 エルザはアナベラの右手の人差し指に手をかけ、躊躇いもなく一本折る。

「ぅ、あぁぁぁぁぁっ!!」

 悲鳴が上がり、それでもエルザは満たされなかった。

「エル、ザ……」

 絞り出すようなアナベラの声にエルザは酷薄に笑い、それから刻み込むように言葉を吐く。

「アタシはアナタを許したりはしない。絶対に。だけど、怒りはなんの解決にもならない。だから、アナタは自分達が仕掛けたこの戦いの虚しさに絶望すればいい。自分がいかに愚かだったか思い知ればいい」

 見れば、アナベラはショックで気絶したようだった。

 エルザは立ち上がり、それからもう一度彼女を見下ろす。

 もっと痛め付けることはできる。気を失っても何度も、叩き起こして、苦痛を与え続けることはできるが、真の望みではない。

「えぐいと言うべきか、意外に温いと言うべきか、言葉に困るな」

 傍観していたヴィクターは言うが、彼もまた冷酷な人間のようだだった。

 今は至って涼しい顔をしている。

 彼はただの〈生き写し〉などではなく、殺し屋なのだ。

 その答えもエルザにはわかり始めている。

 わからないのは、その理由、ただ一つだけだ。

「どっちでもいいわよ」

「こえー女」

 ヴィクターは笑うが、本当に怖いのは自分の方ではないと思いながらエルザは二階部分を見上げた。


 凍て付いた空気が流れる。

 高みの見物をする青年とどこか清々しい顔をした男、椅子に座り爪を噛む男と、倒れる数十人の男女。

 最早、彼らは崩壊劇のキャストなのか、観客なのかはわからない。

 人の皮を被った獰猛な獣〈黒死蝶〉エルザ、裏切りを繰り返す狡猾で悲しい獣〈裏切り屋〉ファウスト、破滅のために現れた愚かな獣〈生き写し〉ヴィクター。

 三匹の獣が揃った崩壊劇の結末は誰にもわからない。

 それぞれが抱く違うシナリオ、けれど、結末は全く違うものになるかもしれない。


 未だ二階から見下ろすファウストは相変わらず楽しげだ。

 これほどまでにエルザが追い詰められたことはなかった。

 本当に最後のゲームなのかもしれない。

 なぜ、こんなことになってしまったのか、わからない。

 原因に心当たりはある。それが、なぜ、こうなってしまうのか、わからない。

 踏み込めない領域が多すぎる、いずれは閉塞されるとわかっている。けれど、現状はあまりに息苦しい。

「さあ、次はアナタの番よ。〈蝙蝠〉」

 エルザはファウストに対して言い放つ。

 駒がなければジェリーノは何もできないのだから猶予はある。

「結構久しぶりになるよね、あなたにそう呼ばれるのは」

 ファウストは動じない。敵としての彼は強い。

「さっさと降りてきなさいよ。それとも、引きずり落として欲しい?」

「ふふっ、あなたは勝者ではないよ」

 ならば、誰が勝者だと言うのか。

 否、愚問である。そんなものは初めから決まっているのだろう。

「一つ聞いておく。アナタ、アレを見たのね?」

 ロメオの背の鷲、ファウストの背にはない。双頭の鷲でありながら、絶望的な相違と言えるかもしれない。

「その質問、そのまま返すよ」

「見たわよ。だから、何? あんなものに、どれだけ意味があるって言うの?」

 彼らには大きな意味があることはわかっている。エルザにも関係ないわけではない。

 消せば良いというものではない。刻めば良いというものでもない。

 それでも、そう思わなければ辛い。

「母様は本気で動き出してる。この前の騒動が俺様の耳に入らないとでも?」

 賢い彼は母の思惑など全てお見通しだろう。

 そして、エルザやロメオの考えを読めないはずはない。

 それなのに、なぜ、彼は絶望的なゲームを持ちかけたのだろうか。

「ロメオを裏切るの?」

「先に裏切ったのはどっちだろうね」

 ロメオは隠してきた。隠し通せていると思っていたが、ファウストを欺きたかったわけではない。

「きっと長いお別れになるね」

 ファウストは瞳を伏せ、意味深な言葉を吐く。

「それって、どういう……」

 エルザが問おうとしたところで猶予はもうなくなってしまった。

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