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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十四章
118/245

悪魔は魂を欲す 003

 この景色を見るのは最後になるかもしれない。

 セルペンスの接触から数日、街を歩きながら不意にエルザは思う。

 あれからエルザは武装して巡回することにしていた。

 蛇が這い、舌を出す。そんな光景がなんとなく思い浮かぶ。それは夢だったのかもしれない。

 ネガティヴなことばかりを考えるのは嫌な予感がするからだ。

 エルザは自分をそんなに繊細だとは思わないし、野生の勘などと言いながら目に見えて触れられるものよりも自分を信じられるわけでもない。


 たとえ、セルペンスが、どんな罠を仕掛けてこようと〈黒死蝶〉はかからない。

 セルペンスのボス〈盲蛇〉と呼ばれるジェリーノ自体は大した人間ではない。

 問題はエルザが〈毒蛇三姉妹〉と呼ぶ幹部だ。

 〈女医〉長女アナベラ、〈毒蜘蛛〉次女アナイス、〈猪娘〉三女アラニス、実の姉妹である。

 エルザと因縁があるのは上の二人で、特に次女は誰よりもそれが深い。だが、誰が一番憎いかと問われれば長女アナベラだった。

 単にダーティーな組織に〈裏切り屋〉が入り込む。これまでならば起こりうるのは彼らの破滅だ。


 エルザには今回は何かがおかしいように感じられた。

 所詮、彼らは大した組織ではない。〈裏切り屋〉が動くほどではないのだが、敢えて動くということは必ず何かがある。

 既に彼らは〈毒婦〉を葬っている。気にかかるところもあるが、娼婦達の死体を見た時にエルザは確信した。


 そして、エルザは見覚えのあるその姿を見たその時に、自分がとんでもない罠にかかったことを悟る。

 既に抜け出すことができないほどに。



 彼はエルザに気付き、歩み寄ってくる。

 くすんだブロンド、ブルーグレーの瞳、無精髭、ロックスター気取りの服装、どこか草臥れた印象のある男だ。

 エルザはすっと裏路地に入り、後を追ってくる気配を感じる。逃げるつもりはない。

 人目に付くのは互いに不都合がある。

「エルザ」

 呼びかけてくる声は確かに〈第三の男〉で、姿も間違いなくその男であると言える。

 しかしながら、エルザはひどい違和感を覚える。否、もう答えは出ていた。

「なんで?」

「お前を迎えに来たに決まってるだろ?」

 困ったように彼は眉を顰める。

 細かい仕草も似ているが、彼ではない。断言することができる。

「このアタシを騙せると思ってるの?」

 その声は冷たく、尋問するかのような声音だと他人事のようにエルザは思う。

 怒り、冷たい怒りがエルザの心を支配し、凍て付かせていく。

「騙す? なんのことだ?」

 彼はとぼけるが、そんな誤魔化しは何一つ意味を持たない。

 まるで生き写しのように、よく似ているが、完全に同一ではない。

 ほんの数年であっても築き上げてきた日々は他人には崩せない。

 とんでもない茶番だとは思いながらも破滅の臭いが消えない。その意味はもうエルザにはわかっていた。

「アナタは誰?」

「なんの冗談だ? エルザ。俺が誰かなんてお前が一番知っているだろ?」

「違う、アナタは違う。イグナツィオじゃない」

 はっきりとエルザは断言する。

 どれほどに癖を似せていても、いくらそれらしく振る舞っても、彼は彼ではない。エルザが知る〈第三の男〉イグナツィオではない。

 小さな差異を見抜けるというよりは、それはもう勘なのだ。

「ひどいな、エルザ。俺は」

「アナタじゃアタシは殺せない」

 絶対的とさえ言われても亀裂が入ってしまった関係、修復されることがないとしても間違えたりはしない。

 エルザにとって彼が自分を殺せる三番目の男であることに変わりはないからだ。

「参ったな……」

 肩を竦める彼にエルザは銃を抜いて突き付ける。

 そして、彼も同じように、銃口を向けて来る。

 同じ銃なのに、仕草はよく似ているのに、やはり彼はイグナツィオではない。エルザにはただの不出来なコピーにしか思えない。

「もう一度、聞くわ。アナタは誰?」

 もう後はないというように、突き刺すように、きつくエルザは問いかける。

「……助けてくれ」

 銃を下ろし、彼は小さな声で言った。最早、無理だと悟ったのだろう。彼ではエルザを欺くことはできない。

 SOS、その表情は作ったものには見えず、エルザは銃を下ろし、ホルスターに収めた。

「どういうこと?」

 悪い癖なのかもしれない。彼は敵だ。そう直感が告げているのに、エルザは話を聞かずにはいられない。

「俺はヴィクター。そのイグナツィオって男に似てるって理由で雇われたんだ」

 些か早口にその男――ヴィクターは言う。

「誰に?」

 聞くまでもないことを聞いてしまうのは認めたくないからなのかもしれない。

「セルペンスの長い黒髪の超セクシーな女だ。名前は……」

「アナベラ」

「そう、その女だ」

 頷くヴィクターにエルザは溜め息を吐きたくなるのをエルザは必死に押さえた。

 セルペンス最狂の〈毒蛇三姉妹〉との争いに男が絡むと最悪の事態が引き起こされることをエルザはよく知っている。

 認めたくないことほど、よくわかる。

「俺はあんたを連れて行かないと殺される。近くで見張ってる奴がいるんだ」

 おびき寄せるための餌なのだから役目を果たせなければ当然捨てられるだろう。

 相手がセルペンスである以上はもれなく惨たらしい死が付いてくる。特に男であるならば。

 監視がついていたことにもエルザは気付いていた。

「アタシに騙されろって言うの?」

「あんただけなんだろ? 俺を助けられるのは」

 彼と出会ってしまった以上、彼を救うのはエルザの義務だが、そのためには彼をまだ探る必要があった。

 話の中に潜む彼の意思を汲み取らなければならない。

「アタシに関わるのならアタシのルールに従ってもらう。それができるのなら、ヴィクター、アナタを助けるわ」

 選択肢は既に奪われているが、エルザは儀式めいた契約を好む。

「俺はどうすればいい?」

「アタシは全力で騙されてあげる。だから、アナタは全力で騙しなさい。敵も味方も、自分さえも騙すほどに。あとは、アタシがなんとかするから」

 たとえ、それさえも罠であっても、他に道はない。

 〈生き写し〉だからといって、〈第三の男〉のような信頼もないが、やるしかない。

 今、この場を彼と切り抜けたところで何度でも同じ方へと誘導されるだろう。

「わかった――じゃあ、ちょっと眠っててくれ」

 頷いて、ヴィクターはまた銃を取り出す。そして、そのグリップでエルザの延髄を殴って気絶させる。全く容赦も躊躇いもなく。



 沈んでいた意識が浮上し、目を閉じたままエルザは探る。

 神経を研ぎ澄ませ、今の自分がどんな状況にあるのかを確かめる。

 広い屋内、数十人の人間の気配、話し声、笑い声、貼り付く視線……狂気がその空間を支配し、蛇が絡み付いて肌を這うような不快感がある。

 腕が痺れるのは吊り上げられているからだ。縄ではなく、手錠でもない感触は革のベルトだろうか。

 首輪を付けられているような感触がある。

 少し動くと小さな音が鳴るのは鎖が繋がっているからなのだろう。

 そっと指を動かせば指輪の感触がある。武器はほとんど外されてしまっただろうが、それさえあれば、どうにでもなる。

 たとえ、この場所が死に場所になるとしても選べないならば仕方がない。

 だが、もし、これが最後の仕事になるならば、きちんとやり遂げる覚悟があった。

「これで、アタシを捕まえられたと思っているの? ピンを刺せたと本気で思ってる?」

 不意に息を吸い込み、エルザが言い放てば周囲のざわめきが消え、視線が集まるのがわかる。

 そして、その目を開けば状況がぼんやりと見えてくる。

 見回せば廃倉庫内であることはわかった。

 黒いレザーの枷で拘束された手首は鎖によって、天井の滑車に吊り上げられている。

 爪先立ちの状態なのは多少辛いが足から吊り上げられるよりは良い。

 胸元には長い鎖が垂れ下がり、首輪から垂れ下がっているようだった。

 おそらくは〈女医〉の仕業だとエルザは推測するが、今この場においては、そのSM趣味に些か感謝していた。

 縄で縛られているよりはずっと脱出が容易であり、武器の確保もできる。

 エルザは手にした物のほとんどを武器に変えられる。だから、不用意に物を与えるべきではない。何度かやり合った仲でありながら、まるでわかっていないものだ。

「お久しぶりですね、〈黒死蝶〉エルザ。会いたかったですよ、んふふふふ……」

 椅子に座った男が貼り付くような声で言う。

 セルペンスのボス〈盲蛇〉ジェリーノである。

 質の悪い笑いが健在だと思えば気持ちの悪さが込み上げる。

「アタシは会いたくなかったわ」

 吐き捨てながら彼の背後を探れば、〈毒蛇三姉妹〉の上二人が控えている。

 その後ろではヴィクターが壁に寄りかかり、そのすぐ側では三女が敷物の上で丸まっている。

「相変わらず、つれないですね」

 ジェリーノは大仰に肩を竦めて笑う。

 その目が舐めるように自分を見ている気がしてエルザには不快で仕方がなかった。まるで蛇が絡み付いてくるかのように感じられた。

 セルペンス――蛇座の名にふさわしく、彼はまさに蛇のような男だ。

 丁寧なのは上辺だけで、その内側では欲望がグツグツと煮立っているようだ。

 どれほど願ってもその胸の内に描くような大物には一生かかってもなれないような存在であると気付かずに。

 だから、彼は〈盲蛇〉と呼ばれる。

「せいぜい、終わり方を考えておくことね」

 必ず仕留めてやるという意味をエルザは込める。

 どうせ、伝わりはしないが、それは紛れもなく警告だった。

 たとえ、完全に想定外のその存在があるとしても、弱気になどなっていられない。どんな状況でも〈黒死蝶〉は羽ばたく。

「せいぜい、見させてもらいますよ。貴女が壊れゆくのをね。んふふふふ……」

 壊れるかもしれない、それはずっと感じていることだった。

 だが、そうするのは、きっと彼ではない。

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