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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十三章
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愛は破滅の宿命 006

 逃げることができたなら、このまま姿を消して戦いに身を投じてしまえたなら。

 エルザはそう思う。けれど、できそうになかった。

 できたとして、トールとの関係の悪化は免れられないだろう。感情に任せて勝手なことをするわけにはいかないのだ。エルザには責任がある。


 それから、まもなくやってきたのはカーマインだった。

 彼は乱暴にノックをして返事も待たずに入ってきた後、なぜか床にどっかりと座り込んだ。椅子でもベッドでも座れば良いとエルザは思うのだが、彼はここから動かないとばかりだ。

「あー、うぜー」

 開口一番意味不明である。エルザは顔を顰めてカーマインを見る。

「何?」

 いきなり言われてもエルザも困るものだ。特に相手がカーマインならば尚更言いたいことを読むことができない。

「この俺様が折角身を引いてやったのに、ふざけやがって!」

 カーマインは今度は怒鳴る。その声が頭にガンガンと響いてうるさげにしてもカーマインはお構いなしだ。

「あー、くそっ、ちくしょうっ!」

「だから、なんなの?」

 ただ悪態を吐きに来たわけでもあるまい。

 全く会話が成立せず、エルザは苛立ち始める。カーマインとは話がすんなり通じる方が珍しいのかも知れないが、今は特にわからない。

「俺は諦めたわけじゃねぇ。お前のことは今でも好きだ」

 エルザとてカーマインが語った想いを忘れたわけではない。思い返して赤くなるような器用な芸当はできないが、この家でのことは覚えている。絶対に惚れさせるなどと言われたような気もする。

 エルザは彼の気持ちを受け止めることはできないし、今でもどこかで勘違いだったと言われることを望んでいる。

「でも、俺はみんなが幸せになれるのが一番だと思ってる。より多くの人間が幸せになるために俺の幸せなんざ二の次でいい」

「全然わかんない」

 カーマインは何を言っているのだろう。エルザは首を傾げる。

「鏡を見ろ! 自分がどんな顔してるか見ろ!」

「そんなにひどくないでしょ? どうせ、すぐ治るし」

 急に声を荒らげるカーマインにエルザの言葉も鋭くなっていく。顔を殴られたことなど大した問題ではない。

 だが、カーマインは立ち上がり、今にも暴れ出しそうな様子だ。

「そうじゃねぇよ! 自分があいつといる時どんな顔してるか、よく見ろって言ってんだ!」

 カーマインの両手がベッドを叩き、スプリングが振動する。

 傷に響くわけでもないが、子供のようなカーマインの行動にエルザは深い溜め息を吐く。

「……アナタ、本当に何を言いたいのよ?」

 元々、カーマインは感情的だが、今日はいつになく理解不能である。

 自分の意を汲まないエルザに痺れを切らしたのか、彼はガシガシと頭を掻く。それからじっとエルザを見詰める。

「てめぇはあいつが好きなんだろうが」

「は?」

 急に真面目な表情で言い出すカーマインにエルザは思わず間抜けな声を出してしまっていた。

「好きな男の前じゃあ、言えねぇようなことがあったんだろ?」

「そういうわけじゃないわよ」

 カーマインは誤解しているらしかった。

 エルザが言えなかったのは、それが自分のことではないからだ。昨日、ロメオが弱い部分をさらけ出してまで話したことを簡単に他人に明かせるほどエルザは無神経ではない。

「てめえがあのピンク野郎を庇ったから、あいつは嫉妬してんだ」

 エルザはトールの嫉妬を見ている。だから、そんなはずはないと笑い飛ばすこともできない。

「……なんかカーマインじゃないみたい」

 カーマインはカーマインでしかないというのに、別人のように思えるほど真剣で、ふざけている様子は全くない。普段も彼なりに真っ直ぐなだけで、決してふざけているわけでもないのだろうが。

「あいつ、てめぇといる時だけ、なんつーか、すげーいい表情するんだよ。柔らかいっつーか……最初はいけ好かねぇとか思ってたけどよ」

 カーマインは言葉を選ぶようにしていた。

 表現するのが難しいのだろう。それを語彙が貧弱だなどと馬鹿にすることはできない。よく細かいことに気付いたなどと言うこともできない。カーマインだからこそわかるということもあるのかもしれない。

 エルザとて普段は馬鹿だなどと言っているが、カーマインを軽んじているわけでもない。彼もまた〈ロイヤル・スター〉である。政治的なことは彼の不得意な分野だと思っているだけだ。

「アナタよりは仲良いってことじゃないの?」

 トールの想いを知った後でも、自分だけ特別ということはありえないとエルザは思うのだ。

 単にカーマインが自身に向けられるものには気付けないか、東と西の不仲を引きずっているということだろう。

「……もっと、ショックだったのは、てめぇも同じだったってことだ」

「え?」

 自分には顔に現れるほど感情がないとエルザは思っていた。大抵の表情は自ら作っている。

「あの時、入り込めねぇと思った。恋人の空気だった」

 イシュタルが、敗北を悟ったと言っていた時のことだろうか。カーマインの様子がおかしかったことはエルザもよく覚えている。

「アタシ達はそんなんじゃない」

「でも、てめぇは、あいつの気持ちを知ってるんだろ?」

 全部、お見通しとでも言うかのようだった。

 しかし、トールに気持ちを打ち明けられたのは事実だ。

「……アタシは誰のモノにもならない。誰かを愛しても、愛されてもいけないの」

「そんなの、てめぇが決めることじゃねぇ」

「戒めは必要なの」

 エルザは自分が生きる条件を決めている。そうしなければ、きっと、いつまでも生きようとしてしまう。

 誰かに愛されて、自分も愛することを知ってしまったら、目的を果たせなくなる。

「アナタは、最初、アタシを軽蔑してた。それが正しいんだと今でも思う」

 あの時はこんな風にカーマインと話すようになるとはエルザも予想できなかった。

 トールのことも毛嫌いしていたようだが、今は違うようだ。どちらかと言えば自分が持っていない物を持っているトールに嫉妬しているかのようだ。

「何も知らねぇで、ひでぇことを言っちまったと思ってる」

「ひどいことを言われてた方がいい」

 エルザが欲しいのは謝罪ではない。嫌悪や軽蔑、罵倒、全力で責め立てられない。許しなど望んではいない。

「てめぇは、みんなに愛される女だ。このカーマイン様が認めた最高の女だ。だから、てめぇは自分の気持ちに嘘吐くな。胸張ってりゃいいんだよ」

「アタシの気持ちって何よ。トールのことはいい人だと思う。でも……」

 エルザは瞳を伏せる。

 彼は優しい。どこまでも優しく、無自覚に残酷な面を持っている。

「一緒にいたいと思ってるだろ?」

 カーマインは誘導しているようだったが、エルザは頷かなかった。

「巻き込みたくない」

 一緒にいたいとは思う。けれど、いてはいけない、という気持ちの方がずっと強い。

「二人で乗り越えりゃいいだろうが」

 トールは何度でも助けてくれるかもしれないが、それではいけない。

 彼には彼の仕事がある。エルザと一緒にいれば、ずっと早くに命を落とすことになってしまうだろう。

「そんなことできない」

 首を横に振った瞬間、エルザの頭はボカッと叩かれた。

「痛っ! 何すんのよ?」

 エルザが反射的に頭を押さえて顔を上げれば、拳を握り締めたカーマインに見下ろされていた。

「難しいことばっか考えてんじゃねぇよ! ガキのくせに、わけわかんねぇんだよ! 俺みてぇに馬鹿になっちまえ!」

「アナタは馬鹿すぎるのよ」

 エルザが言えば、すっかり開き直った様子のカーマインに今度は額を弾かれた。容赦のない強さである。赤くなっているかもしれない。

「うるせぇ、馬鹿が世界を救うんだよ! つーか、俺は馬鹿じゃねぇ! お馬鹿さんなんだよ!」

 自分で言ったくせに。

 エルザはその言葉を飲み込んだ。カーマインの表情が一変したからだ。

「あいつが助けにきた時、どんな気持ちだった?」

 いつもの乱暴なカーマインではない。

 その声は優しく、エルザは沈黙の後で正直に答えるしかなかった。

「……信じられなかった」

「でも、嬉しかったんじゃねぇの?」

 小さくエルザは頷く。そういう気持ちもどこかにあったのは確かだ。

「俺だったら?」

「悪夢」

 カーマインだったらなどと考えたくもないことだった。彼が来て、状況が良くなるはずもない。悪化させるばかりだ。

「居候は?」

「ロメオの差し金」

 イシュタルが一人来たところで〈ロイヤル・スター〉の付属組織であるというだけで権力を持っているわけでもない。戦力としてもあの場を覆すには弱いだろう。

「ピンク野郎」

「絶望的」

 ロメオだったならば、アルテアの思い通りだ。二人とも屋敷から出られなくなっていたかもしれない。

 おそらくトール以外にあの状況を変えられる人間はいなかった。

 否、一人だけいる。レナード・レオーネならば、全てを終結させられるだろうが、ありえないことだ。

 今はもう助ける理由がないのだから。

「そういうこった」

「よくわかんない」

 笑うカーマインはどこか満足げであったが、エルザは納得できない。

「難しいことは考えんな。じゃあな」

 結局、カーマインは散々エルザの頭を掻き回して出ていった。きっとすっきりしたのは彼だけだ。

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