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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十二章
105/245

毒婦死す 008

 考えたところで何を言ってやればいいのかエルザにはわからない。思い浮かんだ問いをぶつけて良いのかもわからなかった。

 沈黙が続くのも好ましくはない。まるで魔物のように感じるそれはエルザを飲み込もうとする。

「……消しちゃえば? 痕が残る方がましでしょ?」

 彼の背中には掻き毟ったような痕も見えた。

 女に付けられたものではないだろう。時々、心が堕ちた時、衝動的にそうしてしまうのかもしれない。

「エルザは痕が残るよりいいから残してる? 気に入ってる?」

 エルザはタトゥーを隠そうとはしない。元々はファッションの意味で付けられたわけでもないのだろうが、自ら見せることもある。コルセットやビスチェを好んで着るほどだ。

 彼とは事情が異なるのだ。記憶がなくとも、意に反することを無理矢理されたような嫌悪感もない。

「これは悪魔が押した烙印なのかもしれない。でも、誰がなんのために、なんてどうでもいい。時が来ればわかるかもしれないし。だから、アタシは掟だと思ってる。戦士の掟」

「それは、エルザの罪だってことでしょ? 消せない罪」

「十字架、かもしれない」

 エルザは頷く。誰かに自分の罪を裁いてほしかった。

 だから、誰が施したかわからないその印も、〈黒死蝶〉の名も背負えた。罪が目に見える形になったのなら、それも構わない。

「たまに……あいつが狂ってるって思う時があるよ。冗談じゃなくて本当に笑えない時がさ」

 本当はそんなことを言いたくないのだろう。

 ロメオの声は消え入りそうなほど弱々しい。

「エルザは受け止めてるけど、俺には無理だって思う」

「彼は寂しいだけよ。だから、構ってあげないと」

 誰かを信じさせて裏切る。ファウストがそんなことをしているのは自分にできるのはそれだえだと思っているからだ。

「かもしれない。でも、俺はずっと、きつかった。裏切られてるのは俺じゃなくてエルザなのに」

 ファウストがロメオ相手に仕事することはない。

 最近は大体エルザのためだった。エルザのために誰かを裏切って、最後にはエルザさえ裏切っていく。

「母さんの期待はわかってた。でも、俺は一人で継ぐ気はなかった。そもそも、俺はアクイラ自体好きじゃない」

 ロメオは弟思いなのだ。

 レナードが名前の読みを変え、エルザも英語名に変え、ギルバートも真似した時、彼もそうすることができたはずだった。

 なのに、ロミオにしなかったのは、ファウストが変えられないからだ。自分だけ呪縛から逃れる道を、それが幻想に過ぎなくともロメオは選ばなかった。

「今なら、アルフレードが彼女を追放した理由がよくわかる。でも、それでは温かった。娘だから情をかけたの?」

「あの人にはどうやっても手に負えなかったんだ。もう老いぼれだから、追い出すのがやっとだった。多分、あの時の母さんはあの人さえ殺せた」

 エルザから見たアルテア・アクイラも確かに野心のためならば父親さえ殺してしまうような恐ろしい女だった。

 彼女は自分が女であったからガニュメデスを継ぐことができなかったと今でも思っている。

 兄が継承を放棄したのに、自分に順番が回ってこないことに腹を立てて、アクイラを組織した。

 フォーマルハウトが弱まっていることを知った上で、いずれはそれさえ手に入れようとしていたことを父親に悟られていたことなど知らずに。

 だから、街から追い出されたことなど、今でも知らない。

 ただ自分の思い通りになる存在が、自らの野望を果たしてくれると信じているのだ。

「誤解のないように言っておくと伯父さんが街を出たのは自分が継ぐのが嫌だったから。本当にそれだけ。母さんが怖かったとかじゃなくて、むしろ、全然そんなのわかってなくて、単純に逃げた。ある意味大物だよ。それが原因で母さんがぶちギレちゃったんだし」

 息子が息子なら父親も父親というところだろうか。

「でも、戻ってきたじゃない。家族四人で仲良く」

「追い出されただけだよ。でも、あの図太い神経ってどこからきたんだろうね、本当に」

 ギルバートとシルヴィオが家出して、家族揃って暮らすことになったかと思えば全員で戻ってきてしまった。

 そもそも、彼らの両親は遠くにいる姉妹組織の家に居候していたのだ。四人揃えば追い出されるのも当然だ。

「エルザから見て、〈砂漠の鷲〉にふさわしいのはどっち?」

 ぽつりとロメオの問いがシーツの上にこぼれ落ちる。

「この前、北方のゴタゴタの時、トールにはアナタだって言った」

 その事実をエルザは隠しはしない。

 〈砂漠の鷲〉の名はファウストには合わない。そう思うのは確かだ。本人を目の前にして言えないことではない。

「俺らって、そんなに違う?」

「珍しい質問じゃないの。いつもなら『そんなに似てる?』って聞くところでしょ?」

「エルザはすぐに区別できるじゃん。色で分けても間違える奴は間違えるし」

 エルザにとって、ロメオはロメオであって、ファウストはファウストでしかない。

 彼の質問の意図は、なぜ、ファウストでは組織を継げないのか、だろう。

「厄介さは同じだし。二人揃ったら手が着けられないと思ってる。良さって言うとなんか語弊がある気もするけど、ちゃんとそれぞれ持ってる」

 パワーと頭脳、二つ揃ってしまえば、怖いものはないだろう。

 片翼では羽ばたけない。フォーマルハウトの件も、二人の思いが重なったからこそ成し遂げられたものだ。

「アルテアはレグルスになりたかったんだと思う。フォーマルハウトの名を持てば攻撃的な組織を作れる。そのためには頭脳で優れていてもファウストは力不足、あの人が欲しいのはパワーだけ。同じ慧眼を持っていても違う」

 〈ロイヤル・スター〉の名を欲する者は過去にもいた。今は黄金時代も過ぎ去り、抗争も減った。

「今でもあの女は狙ってる。でも、アタシは二人ともアクイラから離れるべきだと思ってる。きっぱり切らなきゃいけない」

「もうとっくに拒絶してるよ」

 本当は、何度切ろうとしても切れないことはエルザもわかっていた。

「この前のこと、本当に許されたと思ってる?」

「ありえないんだろうね」

「アタシの脅しなんて効いてないと思う。〈毒婦〉と同じくらい質が悪い」

 先日エルザはアルテアのところに乗り込んで、北方を引っかき回したロメオとファウストを追わないように約束させている。

 だが、それも上辺だけだとわかっていた。一時的なものに過ぎない。エルザが〈ロイヤル・スター〉としての権限を委任されていようとアルテアには関係ない。口約束などいくらでも無にできる。

「まあ、家族の問題ではあるけど……エルザに弱られると困る。あの人にとって、一番怖いのはレナードよりもエルザだから」

 絶対に隙を見せられないとはエルザも思っていた。少しでも見せれば、その瞬間に攻め込まれる。だから、エルザは断固とした態度でいなければならない。それこそ兄レナード・レオーネのように泰然自若としていなければならない。けれども、エルザはレナードにはなれない。

「なんか、もう、致死量って感じなんだけど」

 タトゥーを見せられて、エルザの気分は闇へと落ちていった。本当に最低最悪の夜である。

 まさか、彼にこんな呪縛があるとは思っていなかったのだ。

「とりあえず、今から俺泣くから、その胸で抱き締めてくれる?」

「普通、先に言わないわよ」

「うん、その平らな胸見たら引っ込んだ」

 泣きそうな声をしているが、ロメオは泣けないだろう。

 ファウストが泣くまで泣くつもりはないだろう。

「……エルザには本当に世話になってると思ってるよ」

「散々、迷惑かけられてる」

 双子の弟に母親に親戚、そして、彼自身にも問題がある。

「感謝してる――」

 囁いて、ロメオが前から覆い被さってくる。毛布がはらりと落ちる。引き締まった男らしい肉体、力強さを持った腕が伸びてくる。エルザは避けられなかった。今の彼は拒めない。体が動かない。

「――俺らを繋いでくれたのもお前だと思ってるから」

 鼻先が触れるほどの位置で彼がぴたりと止まった。

 そして、そのまま離れていく。

「昔ならできたんだけどな……」

 半裸の状態で彼が肩を竦める。

 その鎖骨のラインや割れた腹筋、その肉体は彼のファンが想像で描いたものよりもずっと美しいだろう。

 あのタトゥーさえなければ、とエルザは思う。

「キスくらいなんてことないと思ってたでしょ?」

 クスクスとロメオが笑う。

「今だってただの表皮とか粘膜の接触ぐらいにしか思ってないわよ」

「どうだか」

 ロメオは挑発するような視線を投げかけてくる。

「また考えろ、って言うの?」

「認めろよ、エルザ」

 何を認めろというのか。

 問いかけたところで答えないくせに、彼は意地が悪い。

「さっさとシャワー浴びて、おねんねしたら?」

「そうする。ちょっと待っててよ。そうしたら、添い寝してあげるから」

 ベッドから降り、ロメオはシャツを拾い上げる。

 彼の呪縛から逃れられたようで、エルザが反撃できるのは今しかなかった。

「腕枕してくれる?」

 うげっ、とロメオが思いっきり顔を顰めた。

「冗談だってわかってて、乗ってくるなよ。破壊力あるから。それこそ、致死量」

 エルザのささやかな復讐は果たされたようだった。

「冗談じゃないって言ったら?」

 挑発的に笑んでみせればロメオの顔が益々歪んでいく。半ば冗談ではない。彼が弱さを見せてきたからエルザもそうする。

「頼む相手が違うよ」

「そうね。兄さんとの数少ない思い出だし、アナタじゃダメね」

 それは叶うことのない願いだ。もうその願い事が許される時は過ぎ去ってしまった。ほんの一時の優しい夢だった。

 まだエルザが記憶を失って本家に戻ったばかりの頃、ダンジョンから出された頃のことだ。眠れないエルザにレナードはいつも寄り添っていた。今までの時間を取り戻そうとするかのように。これまでの愛情全てを注ぎ込もうとするかのように。

「おやすみ、エリザベッタ」

 それはかつてのレナードの声に重なって聞こえた。

 戻りたくないのに、戻りたいとエルザは思ってしまうのだ。

 今だって優しいが、その時はまだ子供だった。

 頭を撫でてくれる大きな手を、眠れない夜に抱き締めてくれる腕を、本当はまだ感じていたいのかもしれない。

 そうして、ロメオが出て行き、扉が閉まり、静寂が訪れる。エルザはそっと自分の体を抱き締めた。

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