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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十二章
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毒婦死す 006

 エルザの隠れ家に着いてロメオは途端に口数が減った。

 いつも飄々としている彼が緊張したわけでもあるまい。後悔でもしているのだろうか。

 だが、帰る気もないのだろう。


 先にシャワーを浴びてエルザはリビングにロメオを置き去りにした。

 話すまで、いつまでも待っててやる気はない。寝床を提供して終わりでもエルザは構わないのだ。彼が話し出さなければ聞き出そうとするつもりはない。

 自室のベッドの上で、柵に背を預け、エルザは情報を確認する。

 〈毒婦〉の死がなんらかの影響をもたらすのは間違いない。

 そして、彼女が残した顧客リストも調べていかなければならない。

 あの中には必ず何かがあるはずだった。

 ずっと自分の過去を知るために彼女を生かして使われてやってきたというのに無駄になるのはエルザとしては最も困ることだ。


 その時、そっとノックもなく扉が開き、ロメオがわざとらしく残念そうに肩を竦める。

「寝ててくれないと夜這いにならないじゃん」

 心にもないことばかりを言って疲れないのだろうか。エルザは黙っていた。

「慣れてるんだ? 男と二人っきりとか」

 ロメオはベッドの端、エルザが足を伸ばした先に腰掛ける。

「仕事の時はよくあること」

 元々、圧倒的に男が多い世界だ。ホテルに二人で泊まったこともあるが、何も起きたことはない。起こさせなかったというべきか。そもそも、邪な考えを持っている者はエルザの側にはいられない。

「俺は何もしない男じゃないよ」

「そうね。アナタも女と二人っきりは慣れてるでしょうね。特に何かすることに特化して」

 皮肉だ。言いながら心の中でエルザは思う。そんなことを話したいはずではないのに。けれど、それはおそらく彼も同じことだ。

「いよいよ夜の俺がいかに凄いかを証明する時が来たみたいだ」

 一度、二人の間で勝負はついている。しかしながら、彼は常々夜は無敵だと主張してきた。

「そんな気分じゃないくせに、よくもベラベラと喋れるわね。ベッドの上だと饒舌なわけ?」

「いや? ベッドの上で言葉が必要だと思うなら、お子様だね。絵本でも読んでほしい?」

 正面でロメオが妖しく笑う。ただの演技だとわかっているからこそ馬鹿馬鹿しく思えるのだ。

「アナタを見てると、ある男を思い出す」

 不意にエルザはそう感じた。

 全く似ていないのに、似ている。否、皆、同じなのかもしれない。

「へぇ、他の男のことを話すなんて余裕じゃん?」

 ロメオはニヤニヤし出すが、エルザは無視する。そんなものに惑わされるつもりはない。

「その男は、『媚びろ』って言う。そして、アタシに触れようとする」

 ジュガ――彼の考えていることは全くわからない。

 星海との関係もまだ明らかではない。

「でも、アタシの過去を知ってて、その上で愛しい獣だって言う彼はアタシを愛していない。憎んでるようにも見えるし、恐れているようにすら思えることがある」

 彼の言動と反応には矛盾するものがある。

「恐れ、ねぇ……」

「黙って抱き締めることもできないのか、って言われたから、その後に試しに抱き付いてみたら思いっきり突き飛ばされた。心を支配してこそ意味があるとか言ってたけど、やっぱり望んでない気がする」

 下着姿で縛られ、目隠しをされたあの時、彼はエルザを犯すことだってできた。

 彼はそうしなかったし、そうする気もないようだった。まるで何かを確かめたかったようでもある。

 初めて会った日のキスでさえ、本当に触れたのかさえよくわからない空気のようなものだった。

 確かにエルザは彼の情欲を見た気がしたのだ。

「……神聖視しすぎて、手が出せないってこともあるよ」

「神聖視?」

 エルザは首を傾げる。

「エルザが兄貴を思うみたいに、あるいは、レグルスの連中が〈聖母〉を崇めてきたようにね。たとえ、どんなに否定しても、エルザはもう、そういう領域の人間なんだよ」

 ロメオが言うことは、認めたくないことだった。

 〈絶対王者〉と呼ばれた初代ボスに最も近いと言われるレナード・レオーネも社会の中で〈聖母〉と慕われていたセレナ・レオーネもレグルスにおいて神聖な存在であることは間違いない。

 だが、自分はそこに数えられてはいけないとエルザは強く感じてきた。全ては自分が苦しめ、汚してきたものだからだ。

「自分の手で汚すことを恐れてるのかもしれない。絶対に汚されてはならない、汚されないと信じているのなら尚更」

 エルザはレナードを尊敬し、どこかでは怖れている。けれど、それと同じなのかはわからない。

「きっと、本当は媚びて欲しくないんだろうよ」

「本心とは逆を言ってるってこと? 媚びるな、って」

「愛してほしい、でも、愛してほしくない。矛盾してるんだ」

 男だからわかるのか、あるいは、自分も同じだからなのか。

 ロメオの表情を見ても、エルザにはどうにもわからない。そうして吐き出す。

「男って面倒臭い」

 その心理はエルザには理解できないものだ。

「あるいは、過去のお前に愛してほしいのかも」

 過去、その言葉はエルザに重くのしかかる。

 忘れてはならないのに忘れている。そもそも、あってはならないものだった。

 今、ここに生きていることさえ本当は許されないのだとエルザは思う。

「でも、それは過去のお前に媚びてほしいってことじゃない。寵愛を一身に受けたい感じ? でも今のお前はモノにできると感じる。だから、媚びろって言ってみる。けれど、やっぱり過去の幻影がちらつく。とか?」

 そうなのだろうか。エルザは考えてみるが、全てはロメオの推測だ。更に彼は続ける。

「俺は違うよ。お前を神聖だなんて思っちゃいない。その過去を知らないから。たとえ、今知ったって神聖だとは思わないだろうね」

 ロメオが知っているのは、せいぜいエルザの過去に何があったかだけだ。

 全ての真実を知った時には彼でさえ自分を軽蔑するかもしれない。それでもエルザは怖れるわけにはいかない。怖れてはいけない。そう自分に言い聞かせる。

 それが、自分が犯してきた罪への報いなのだから。

「アナタはいくらでも汚せるわよね」

 ロメオは神を信じない。いくらでも冒涜するだろう。

「でも、お前は絶対に汚されない」

 ロメオに見詰められて、エルザは視線を逸らすことができない。

 絶対不可侵、とその唇が紡ぐ。

 エルザは笑った。笑うしかなかった。それは買い被りというものだ。

「アタシだって弱い女にすぎないかもしれないわよ?」

「俺を信じてるから、だから、怖い?」

 彼の、従兄弟と似たヘーゼルの瞳が見透かすような輝きを持ったように思える。

 エルザにも怖れるものがないわけではない。

 トールの無自覚の理解もそうだが、彼の慧眼も今は少し恐ろしい。自分に見えない物が見えていること、それが怖いのだ。

「俺を傷付けることが、殺すかもしれないことが、そんなに怖い?」

 彼はしないと思っている。『もしも』もエルザは嫌いだ。

 けれど、この世に絶対はない。

 そして、エルザは思い知る。何よりも自分を恐れているのだと。

 自分が怖いから、それを見透かされたくないのだ。

「俺も口先だけだから、しないよ。別にお前が怖いわけじゃないし、ガキだからってわけでもない。裏切りたくないんだよ、それだけ」

 誘惑は彼の趣味だ。エルザが靡かないとわかっているからこそ楽しめたことだろう。今になってそれを肯定するのは何かあるのだろうと思わざるを得ない。

「アナタの口からそんな言葉が出るなんてね」

 〈裏切り屋〉の双子の兄である彼にも同じような要素はある。

 トールのように公平さを重んじるタイプではない。アンフェアであればあるほど良いと思っているかもしれない。

「お前はあいつの数少ない友達だから」

 小さな声だった。

 珍しくロメオが言いにくそうにしているのは、それがファウストのことだからだろう。

「友達……」

「お前はその言葉を怖がってるみたいだけど――」

 ロメオの言う通りだった。エルザは友達という言葉を躊躇う。自分を友達だと言ってくれた人間を死なせてしまってからは特に抵抗を覚えている。

「――ガンガン使っちゃえばいいんじゃね? じゃなきゃ、俺もあいつもエルザの何?」

「……戦友?」

 自信を持てる答えは出てこなかった。自分を取り巻く関係をなんと表現すれば良いのか、エルザにはわからない。

 知人という言葉は使うが、彼はそれ以上の言葉を求めているだろう。恋人ではない。けれど、深い関係を表す言葉を。

「一人で戦ってるくせに?」

 そう言われてしまえばエルザには返す言葉もない。

「友達だから自分の戦いに巻き込みたくないとかでいいじゃん。深く考える必要ある?」

 獣に友達はいない、エルザはそう言いたかった。

 だが、ロメオは言わせる気などないようだった。

「とにかく、あいつにとっては間違いなく陰気友達って言うか、親友レベルだから。たとえ、俺があいつを裏切っても、あいつがお前を裏切っても、お前だけはあいつの味方でいてよ。どんなことがあっても」

 懇願にも聞こえた。彼がこんなことを言うのも珍しい。今でなければ言えないだろう。

「それは、どういうお願いなの?」

 エルザが問えばロメオは黙って立ち上がり、エルザに背を向ける。

 ロメオが何をしているかエルザからは見えない。

 その表情も考えも、わからない。

 けれど、彼の黒いシャツが肩からゆっくりと滑り落ちていくのを見た時、エルザは理解した。

 これこそが本題なのだと。ロメオの口数が減った理由も前置きが長くなった理由も。全て、その背が物語っていた。

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