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24/7 - Twenty Four/Seven -  作者:
第十二章
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毒婦死す 003

 〈カニス・マイヨール〉を出た後、エルザが一人で向かったのは〈ドラゴン・ハート〉だった。

 バーテンダーのエドは怪訝な顔をしていた。

 仕事以外でエルザが一人で来ることはないからだ。

「一人で飲みたい気分だったの」

「……何にする?」

 恩があるから邪険にできないのか、彼の優しさなのか、その両方なのかはわからない。今は難しいことを考えたくもなかった。

「失恋の傷が癒えるようなやつ」

「なんだ、そりゃ」

 エドがまた顔を顰める。

「そういう気分なの」

「あんたが恋か……」

 小さく肩を震わせ、笑っているようにも見える。

「似てると思っただけ」

「あんたでもフられることがあるのか」

 今までフったことは確かに何度もあるのだ。

 フられたことも何度かある。厳密には恋愛的な意味ではないが。

「アナタがモテないのと一緒じゃないの?」

「……相手はどういう奴なんだ?」

 吐き出せば楽になると思ったのか、興味本位か、どちらでも良かった。

「いつもラブレターをくれるのに、絶対に返信させてくれない人」

 アル・ディバインはそういう人間だ。

 いつだって、一方的に有益な情報や仕事を流してくれるのに、エルザは相手のことを何も知らない。男か女か若いのか年を取っているのか一人なのか複数なのかさえわからない。

「会いたいのに、絶対に会ってくれない人もいる。突然、アタシの目の前に現れて、また会えるって期待させて、すぐに去ってしまう」

 デュオ・ルピはそういう男だ。

 殺すと言いながら決して側にいてくれない。

「どっちも一方的じゃねぇか」

 エドが眉を顰める。その通りなのである。どちらもエルザの意思など無視だ。

「男の心理としてどうなの?」

「俺にはそんな深いワケもねぇしな」

 肩を竦めるエドはあくまで自分は普通の男だと主張したいようだが、何かワケがあるようにしか見えないものだ。


「ワケ有りの男がお好みなら、ここに最高なのがいるけど」

 そう言ってエルザの隣に座る男がいた。

「自分で言うなんてどうかしてるわよ、ロメオ」

 ロメオ・アクイラ、女装はしていない。ただ化粧はいつもよりも薄い。

「それに、アナタはワケよりもビョーキがあるタイプでしょ」

「あいつよりは病んでないよ」

 ロメオはあからさまに溜め息を吐いてみせた。

 彼が言う『あいつ』が誰かはわかっている。ファウスト以外にはあり得ない。

「何しにきたの?」

 それはある意味愚問なのかもしれなかった。

 元々、この店は二人の行きつけである。だが、いつだって二人で来ていたはずなのだ。

「なんか一人で飲みたい気分で」

「どうせ、一人でしか飲めないでしょ、今は」

 ファウストは今は違う誰かといるだろうか。裏切りのための舞台を整えている頃だろうか。

「しかも、みんな、相手にしてくれなくて。ここならエドお兄さんがいるし?」

 一人でもロメオは誰かを誘ってもっと賑やかな店に行くだろう。

 けれども、今はファウストが流した情報のせいで誰もロメオに付き合えない。たとえ、ロメオが『大丈夫』だと言っても。

「折角だから、一緒に飲もうよ」

「嫌だって言っても付き纏うくせに」

「傷を舐め合おうって言ってるわけでもないし、いいでしょ?」

 今日はいつものようなロメオお得意の誘惑光線はなかった。

 最近は一緒にいることの方が多かったから寂しがっているのか、あるいは、別の悩みがあるのか。

「それでも、アタシにたかるでしょ?」

 エルザはいつも彼らに奢らされてきた。最早、ヒモのように感じている部分もある。

「今日は俺の奢り。だから、付き合って」

 珍しいこともあるものだ。しかし、それほど切実なのだろう。今日の彼は少しばかり誠実に思える。

「それならいいわ。今、お金あんまりないから」

 エルザが折れれば、不思議そうな顔をするのはエドだ。

「あんたにも金欠の時があるのか? ここでも結構稼いだだろ」

「この前、全部送金しちゃった」

「でも、黒いお金は尽きないでしょ」

 白い金と黒い金、どちらも金は金だが、エルザは区別する。黒い仕事で得た金は黒いことに使う。白い仕事で得た金は白いことに使う。最近は特にそれを徹底するようになっていた。

 だが、白い金を稼ぐのはあまりに大変だった。かなり大金が必要だというのもある。

 エドはもう追及してこなかった。彼は深入りすべきでないところをわかっている。

「じゃあ、〈毒婦〉の死に乾杯でもする?」

 グラスを掲げてエルザは笑ってみたが、ロメオの表情は晴れなかった。

「別に嬉しくもないし、悔しくもない。ただの、どうでもいい女の一人だよ」

「ああ、そう」

 ロメオが吐き出すのは強がりか、本心か。そんなことも最早どうでもいいだろう。

 マリア・ヴェントラは死んだ。ロメオ・アクイラは生きている。それだけのことだ。

 厄介な役者が舞台から降りて、もう二度と上ることはない。たとえ、亡霊が自分の中に付き纏うとしても。

「……ねぇ、トールお兄さんにしておきなよ」

 暫く黙ったかと思えば、ロメオは不意にそう言った。

「何よ、それ」

 エルザは眉根を寄せて彼を見る。どういうつもりか。まだ酔うには早すぎる。

「変な男に想いを馳せてないでトールお兄さんのことでも考えてなよ、って言ったの」

「東のこと?」

 〈毒婦〉の退場で東も状況が変わるだろうと本人には言ってある。

 だが、ロメオはなぜか、気に食わないとでも言いたげな表情をしている。

「トールお兄さん自身のこと」

「トールがストレスでハゲそう、ってこと?」

 ロメオが言いたいことがエルザにはよくわからない。

 東の問題解決が進まないまま状況が変われば、あの優秀な部下が黙っていないだろう。

 それこそ顔だけ外交官以上の言葉が生まれてしまうかもしれない。

「とぼけても無駄。俺が気付かないとでも思ったの?」

 見くびらないでよね、と見透かそうとするかのようにじっと見詰められてエルザは困惑した。否、彼はとっくに見抜いているのだろう。

「お兄さんはもう打ち明けたでしょ?」

「……アナタの慧眼には恐れ入るわ」

 もうごまかすことはできない。エルザは溜め息を吐く。それは降伏を示すように。

 誰にも相談するつもりなどなかったが、この男の話を聞いておくのもいいかもしれない。そう思ったのだ。いかにも不誠実で火遊びばかりのまともな恋をしたこともなさそうな男だが、真実を見抜く目は確かに持っている。

「この前、飲みに行ったメンバーは一人以外、みんな気付いてたよ」

「それって、まさか、今日、敗北を悟ったっていうカーマイン?」

「ああ、イシュタルから聞いたよ。遅い、って言いたいけど、気付けたことに対して褒めてあげるべきか。一生空回りかと思ってたのに、やっぱり〈ロイヤル・スター〉なのかな?」

 よくわからない世界だとエルザは思う。

 男と女、その隔たりを感じる。

「俺はトールお兄さんのこと好きだから、気にしないよ? 勝ち目ないってわかってるし。それに関してはあのバカと一緒。だから、くっついちゃえば?」

 ロメオの言葉がエルザの心を揺さぶる。

 そうなれれば良かったと思う気持ちはあるのだ。いっそ、そうなってしまいたかったのかもしれない。

「アタシは……」

「誰のモノにもならない?」

 そう、とエルザは頷く。

 それは絶対的な掟だ。どんなことがあっても覆すことはない。そうしたいと思うこともないはずだった。

「揺れてるくせに、よく言うよ」

 違う、と強く否定することはエルザにはできなかった。

「どうしたらいいかわからないだけ。あの人は誠実な人だから」

 彼の清さに自分の汚さを思い知らされて嫌になるくらいだった。エルザは彼といる時、引け目を感じていると言えるのかもしれなかった。彼の優しさが辛くなるほどに。

「俺だって一途なんだけど」

 どこがだ。エルザは心の中で吐き捨てる。

「物凄く不実にしか思えない」

 顔を見れば露骨な誘いをかけてくるこの男のどこに誠実さを感じればいいのか。

「俺は、好きだとか愛してるとか薄っぺらいことは言いたくないからね」

「薄っぺらな男のくせに」

「俺を誤解してるよ、本当に」

 ロメオは悲しげに言うが、演技だろう。

 そういう男なのだ。女を惑わすことに関しては天才的だと言えるだろう。

「そりゃあ、あれだけ最悪な出会い方したら、誤解もするわよ」

 初めは彼がロメオ・アクイラであることなどエルザは知らなかった。今日死んだ〈毒婦〉マリア・ヴェントラからの仕事でのことである。

「俺も最初はついに品切れしたんだと思ったよ」

「まあ、代替品が高くついたことは確かだけど」

「どういう出会い方だったのか、聞いてくれないの? エドお兄さん」

「聞いたら後戻りできなくなりそうだからな」

 ロメオの視線を受けて、エドは肩を竦める。

「聞かない方がいいのは確かね」

 世の中には知らない方がいいことが多々ある。特にこのロメオは中身を知らない方が良い類の人間だ。

「そう言えば、今日はお決まりのセリフ言わないじゃない。万年発情期だと思ってたのに」

 普段ならばすぐに言う露骨な誘い文句を彼はまだ言っていない。

「そんな気分じゃない時だってあるし」

「アナタにそういう時があるなんてね。常に脳内ピンクなんだと思ってた。髪の毛の色と一緒で」

 今は黒髪だが、区別のためか、ピンクのエクステンションを付けている。エルザはその色こそ彼を表していると思ってた。

「この際、はっきりさせておくけど、俺が会っていきなりヤりたいと思うのなんてこの世でただ一人だよ」

 ロメオはひどく真剣な表情をしていた。だが、彼からの性的なアピールにはエルザはもう慣れてしまっていた。

「女の子大好きなのに?」

「それは否定しないって言うか、男として当然でしょ。ねぇ? エドお兄さん」

「……ゲイじゃないとだけ言っておく」

 同意を求められたエドは困り顔だった。彼の場合、普通といったところだろうか。

「俺、自分から声かけたりしないんだけど」

「尻も頭も軽い女はホイホイ寄ってくるでしょうよ。誘引剤的なの出てるから」

「俺を害虫取りみたいに言うの、やめてくれない? 大体さ、それを変態寄せるフェロモン常時放出中の奴に言われたくないよ」

「アタシはアナタと違って、自分で出してるわけじゃないし」

 バンドではファルコンことファウストの方が妙な色気があると言われるが、ロメオもかなりのものである。

 しかも、それはわざと出しているのであって、できることなら放出を止めたいエルザとしては一緒にされたくないものだった。

 すると、ロメオは小さく溜め息を吐いた。

「一応、言っておくけど、俺は別にトールお兄さんが超イケメンで、超爽やかだから負けを認めるわけじゃないから。まあ、この意味は自分で考えて」

「何よ、それ」

 彼の言うことがエルザには全く理解できない。

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