銀色の天使
やっと出したかったキャラが出てきた、三人称って難しい……
太陽が一番高い位置に昇っているお昼時、自分の通う雨ヶ崎中学校の屋上で紫蓮は自作の弁当を食べていた。教室にいればたいてい教室にいるみんなにおかずを取られてしまうので、立ち入り禁止で誰も寄り付かないこの屋上は彼にとって唯一安らげる場所だった。二月の涼しいそよ風を受け、自分なりに栄養バランスを考えて作った弁当を食べながら、紫蓮は今朝の夢と昨日のことについて考えていた。
やはりこの二つは無関係ではない気がする、しかし紫蓮にはできることはない。警察に話してもまともに取り合ってくれるとは思わないし、たとえ信じてくれたとしてもあんなどこにいるかもわからない生き物がそう簡単に見つかるとも思えない。ならば自分が戦うかと言われても、答えはノーである。昨日勝てたのもただの偶然であり、紫蓮の能力自体が戦闘向けでない。そもそも紫蓮には戦う理由がないのだ。
「ふぅ、ご馳走様」
その時静寂に満ちたこの空間を壊したのは、少女の声だった。紫蓮はその声に驚いて声のしたほうへと顔を向けた。再び冷たい風が吹き、目の前にいる少女の美しい黒髪を揺らす。少女は手に持った惣菜パンの包装をスカートのポケットに突っこんでもたれていたフェンスから離れ、扉のほうへと歩いて行った。黒髪のポニーテールに晴天の空のように透き通った蒼い瞳、そしてその何者も寄せ付けないかのような鋭い眼光、紫蓮のクラスメイトの杜若だ。
「げっ……」
彼女の存在を認識して、紫蓮は思わず声を上げてしまった。この屋上は本来鍵がかかっていて生徒は立ち入り禁止になっている、しかし紫蓮は去年までいじめられていた先輩がここをよく利用していたためこの場所のカギが壊れていることを知っていたのだ。先輩方はほかの後輩には教えていなかったようなのでここの存在を知っているのは紫蓮だけのはずなのに、彼女はなぜここにいるのか、というかなぜ今まで気が付かなかったのか、頭の中で考えても答えなんて出るはずもなく、気が付いたらこちらを向いている、というか睨んでいる杜若と目が合っていた。
「どっちかというとそれはこっちの反応よ」
呆れたようにため息をつきながら、杜若は小さく頭を振った。すると黒髪のポニーテールが文字通り馬の尻尾のように左右に揺れた。
「かっかかか、杜若さん!? なんでここにいるんですか!?」
「なんでって、私いつもここでご飯食べてるんだけど、気が付かなかったの?」
「ウソだろ……」
彼女の言うことが正しければ今までずっと同じところで食べていたらしい。今までずっと一人で食べていたと思っていた紫蓮はその事実に動揺を隠せなかった。もしかしたらほかにも知ってる人間がいるかもしれない、それか杜若が誰かにここのことを話しているかも……などと考えていると、杜若はまたため息をついた。
「言っておくけどここは私たち以外は知らないわよ。私は話す相手がいないし、そもそも他にだれかに知られて教師の耳にでも入ったらすぐにここは閉鎖されるわよ」
「えっ? あっ、そうですよね……」
その言葉に今までの記憶を思い起こしてみると、そういえば彼女が誰かと一緒にいるところを見たことがないことに気が付いた、と言っても紫蓮がそれほど彼女のことを見たことも関係していると思われるが……
「そんなことよりも、聞きたいことがあるんだけど?」
「えっ? 聞きたいことですか……?」
「ちっ、イエスかノーかで答えなさい」
「いっ、イエス!!」
おどおどとしている紫蓮の態度に苛立ちを覚えたのか、杜若が舌打ちをした。そもそも人と話すこと自体が苦手な紫蓮が女の子相手、しかも相手は『百合姫』と呼ばれる美少女の杜若だ。挙動不審にならないほうがおかしい。
「そう、それじゃあ……あなた、昨日私と何か話したかしら?」
その時、紫蓮は自分の胸から心臓が飛び出るかと思った。もしかして杜若は昨日のことを覚えているのか? そんな考えがよぎったが、彼女の反応からその可能性は薄いと予想した。おそらく昨日あの生物に襲われる前に話していた時のこともまとめて忘れてしまい、そこのところがあいまいに思い出されてしまったのだろう。しかし紫蓮の力はまだ不安定で、ちゃんと効果が出ているかも怪しい。そう考えると、なんだか心配になってきてしまう。
「えっと、杜若さんと話すのは今日が初めてだと思うけど、どうかしたの?」
「……そう、ならいいんだけど。変な質問をしたわね」
そういって杜若はきびつを返し、屋上のドアを開ける。その時、やはり心配になった紫蓮は、何か話さなきゃという衝動に駆られた。
「ち、ちょっと待って!!」
「……なに?」
こちらを睨む蒼い視線に思わず泣きそうになる紫蓮だが、何とか言葉を発しようとする。そこで紫蓮は気付いた、何も話すことを考えていないことに。そのまま混乱状態になりながらも一生懸命に言葉を探すが、どんどん杜若の目線が鋭くなってくるので何を言っていいのかわからなくなってしまった。
「何も話すことがないならもう行くけど?」
「えっと!! ……その、気を付けてね。最近はなんだか物騒だし」
「……そう、それだけ?」
「えっ、あぁ、うん、それだけ……」
「一応忠告として受け取っておくわ、……ありがとね」
それだけ言うと杜若はそっぽを向いて屋上から出て行った。そのあと無駄に緊張した紫蓮はフェンスにもたれかかって青空を見上げた。話すべきことは今のことでよかったのだろうか? 彼女は一度あの生物に襲われている、もしかしたらもう一度襲われることもあるかもしれない。その時に紫蓮が近くにいる可能性は少ないし、いたとしてもまた勝てる自信もない。本当はもっといろいろなことを聞きたかった、いろいろ話してみたかった。体は大丈夫かとか昨日はちゃんと帰れたかとか、でもそれは昨日のことを忘れている杜若に聞いても仕方のないことだし、紫蓮にはそんなことを聞ける度胸もなかった。やはりいつかは人としゃべることへの苦手意識を改善したいと考えながら、紫蓮は食べかけの弁当に手を付けた。力作の出汁巻き卵がおいしい、そんなことを考えていたはずなのに、気が付けば弁当は空になっていた。
「……ご馳走様」
全身を襲うけだるさに身を任せながら、紫蓮は目をつぶる。昨日はあんなことがあったのだ、疲れていないほうがおかしい、それに昨日の晩はあの生物にかまれた左腕が痛んでなかなか眠れなかった。だからここで寝てしまおうかと考えて全身から力を抜く、するとまた風が吹き、柑橘系のさわやかな香りを運んできた。
紫蓮はその香りに包まれて気持ちよく眠りにつこうと考えたその時、違和感に気が付いた。この学校の敷地内に柑橘系の植物は置いていない、ついでにここは屋上で他の誰かが近くでみかんを食べている可能性もないはずだ。一気に眠気が吹っ飛んだ紫蓮は目を開けて勢いよく上半身を起こす。すると目の前に何度見ても見慣れない顔があった。美しい金髪をツインテールにまとめている美少女、どうやらこの香りの発信源は彼女のようだ。
「ど、どうも、金剛さん……」
「あら、やっと起きたのね花柳、探したわよ?」
彼女の透き通るような青い瞳が紫蓮の目に映し出される、そのあまりの近さに紫蓮は後退しようとするが後ろのフェンスが邪魔で後退できなかった(そもそもフェンスがなかったら屋上から落ちているのだが……)。紫蓮が起きたことの確認した姫子は、その整った顔を引いて紫蓮を睨んだ。
「いっつも昼休みにどこかに行くと思ったらこんな穴場にいたとはね、まったく気が付かなかったわ」
「あ、あはははは……」
いつもの癖で作り笑いを浮かべるも、紫蓮の顔は青く冷や汗をかいていた。ついに彼女に見つかってしまった、ここは紫蓮のとって最後の砦であり、唯一の安息の場所、そこがよりにもよっていじめの首謀者である金剛姫子に見つかってしまったのだ。その事実に紫蓮は泣きそうになる、というかすでに涙目だ。
「ねぇ、何笑ってんのよ?」
「い、いや、だって…… いつも言ってるじゃないですか……」
「なに、聞こえないんだけど?」
おびえてほとんど消えそうな声を出す紫蓮に、姫子は苛立ちを覚えたのか表情が厳しくなる。そこで紫蓮は座って姫子を見上げているせいで、風ではためくスカートの中が見えそうになっていることに気が付いた。慌てて目を逸らすと舌打ちが聞こえてきたので、仕方なく立つことにした。紫蓮がたつと、先ほどとは逆に紫蓮が姫子を見下す形になった、なぜなら紫蓮は中学三年生にしては背が高いほうで、姫子は逆に低いからだ。そんな紫蓮を見上げながら、姫子はさらに顔をしかめた。
「なんで、あんたはそんなに平気な顔してんのよ?」
「……えっ?」
突然の姫子の問いに、紫蓮は思わず呆けた声で返してしまった。なぜ、と言われても何に対してか言われていない以上、紫蓮には答えようがない。しかしここで答えなかったら、きっとまた姫子に理不尽にキレられるだろうと思った紫蓮は、とにかく言葉を探した。
「えっと、何の事だかさっぱりなんですけど……?」
「……はぁ?」
発言してから、紫蓮は後悔した。とっさに出た言葉は姫子にとって不満だったようで、怒りに震えて紫蓮を睨みつけてきた。
「あんた、みどりがいなくなったのよ!! あの子はあんたにだって優しくしていたのになんでそんなに平気なのよ!!」
「そ、そんなこと言われても……」
姫子の怒り、それは彼女の親友であるみどりが行方不明になったせいだった。確かに姫子がみどりのことを心配してそのことでイライラしているのはわかる、だがなぜそこで自分が責められているのか紫蓮にはわからなかった。それに紫蓮とて彼女のことを心配していないわけではない、むしろ紫蓮よりも心配していない人間なんて大勢いるのだ。そう考えると、姫子はただ紫蓮に八つ当たりしているだけである。もちろんそんな理不尽なことをされたら紫蓮にだって我慢はできないし、ここで怒らないような性格もしていない。と言ってもここで怒鳴れるような性格もしていないが……
「じ、受験だって近いんだ、僕には関係ないよ……」
結局紫蓮にできたのはささやかな反抗、しかしこの行為は姫子にとっては逆効果だった。姫子の雰囲気が烈火を思わせる怒りから、まるで凍傷を引き起こしそうな冷たさへと変わる。
「……あんた、それ本気で言ってるの?」
その時、紫蓮の頬に衝撃が走った。衝撃で体がよろけてメガネが地面に落ち、体勢を立て直す間もなく後ろに突き飛ばされた。先ほどと同じような体勢になり、突き飛ばされたほうに顔を向けると、今度は上履きの靴底が目に入った。
「うぐぅ!?」
「ふざけないでよ、なんでなのよ!!」
姫子の蹴りが紫蓮の腹に入った。紫蓮はその痛みで思わずうめくが、その声は二撃目の蹴りでかき消される。
「うぐっ、かはっ!!」
「なんでみどりがいなくなってあんたは平然としてるの?」
その一撃は人体の急所である鳩尾に入った。紫蓮の肺から空気が絞り出され、必死に息を吸おうとするが姫子がそれを許さない。紫蓮に息を吸う暇も与えず、何度も罵声を浴びせながら蹴りを入れる。
「ぐっ、ごふっ!! ぐきっ、がっ!! うぅ……」
突然、嵐のような攻撃がやんだ。今まで目をつぶって耐えてきた紫蓮は不思議に思い、目を開けて姫子のほうを見た。そこにいたのは、今にも泣きそうな顔をして、小柄な体を小さく震わせた一人の少女だった。紫蓮はそんな姫子の姿を見て怒りを覚えた、まるで自分が悲劇のヒロインのように振る舞って、自分を悪者にしているようにしか思えなかったからだ。
「なんでみどりなのよ……」
ぽつりと、姫子の口から声が漏れた。それは今にも泣きだしそうな子供の声のようだった。
「あんたが、あんたが消えればよかったのよ!!」
「ぐはっ!?」
しかしそれも次の瞬間には怒りに代わっていた。強烈な一撃が紫蓮に降りかかる。何とか腕でガードするもそれが気に食わなかったのかもう一度、何度もけり始めた。さらにここまで一度も目に見えるようなところに攻撃していないのだから、無駄に徹底している。しかしいつまでも紫蓮だってやられっぱなしと憂いわけではない、すでに怒りは最高潮に達しており、今にも暴れだしそうだった。紫蓮の中に残るかすかな良心が女性に手を上げることを拒んでいたのだったが、その良心もたやすく打ち破られることとなった。姫子がよろけて紫蓮のメガネを踏みつける、そのメガネは紫蓮にとって大切なものだった。そして姫子がそのメガネを邪魔に思ったのか足で蹴りとばした、それがついに紫蓮の琴線に触れた。
「やめろよ!!」
紫蓮が姫子を睨みながら叫ぶと、先ほどまでの怒りが嘘のように姫子の動きが止まった。その表情は困惑と恐怖が入り混じっており、声を出そうとしているのか口をパクパクとさせている。そんな姫子を無視して、紫蓮はそのまま立ち上がって急いでメガネを拾いに行き、屋上のドアへと走って行った。
「……もう、僕にかかわらないてくれ!!」
後ろを振り向かずに、感情を抑えながら必死に声を紡ぐ。それでも最後のほうは大声になってしまった。紫蓮は急いで階段を駆け下りて走って行った、目的地なんてなかったが、とにかく今は一人になりたかった。なぜか涙が溢れ出し、よく周りが見えなくなっていた。それは怒りか悲しみか、紫蓮にはわからなかった。
◆◆◆Now Loading◆◆◆
もう現在地がどこかもわからなくなっていた、紫蓮は最初の目的も忘れて走り続けていた。
「きゃっ!? いった~」
無我夢中で走っていた紫蓮は、曲がり角を曲がったところで誰かとぶつかってしまった。そこで紫蓮は冷水を浴びたかのような心地になって、一気に冷静になった。目の前でこけている少女にどうすればいいのかわからず手をあたふたとさせながら、気が付けば反射的に頭を下げて謝罪していた。
「ごっ、ごめん!! 前をちゃんと見てなくて…… 大丈夫!?」
「むぅ~、これが大丈夫に見えるのか? って、むしろそっちのほうが大丈夫か!?」
「……えっ?」
少女に指摘されて、紫蓮は初めて自分の目から溢れ出しているものに気付いた。ダムが決壊したかのように流れ出る涙は、床に水たまりを作ろうとしていた。紫蓮はそのまま沈み込むように床に座り、必死に顔を見せないようにした。
「ちっ、違うんだ、これは……」
「もしかしてさっきのが痛むのか? とりあえずこれを使って涙拭け!!」
制服の袖で涙をふくも一向に止まらず、どうしたらいいのかわからずにいると、先ほどとは逆にうろたえる側となった少女がハンカチを差し出してくれた。
「あっ、ありがとう…… ぐすっ」
「どっ、どういたしまして……」
紫蓮はハンカチを受け取り、何の遠慮もなく涙をふき始めた。もはや紫蓮の思考回路はまともに働いておらず、女の子からハンカチを借りたという事実にすら気づいていない。そのままハンカチで涙を拭いていると、少女が背中をさすってくれた。
「もう大丈夫なのか?」
「う、うん、もう大丈夫です、ありがとう…… って、おわぁ!?」
紫蓮が顔を上げる、するとそこには銀色の天使がいた。光り輝くかのような白い肌、その顔の造形は絵画に描かれる天使のようで、瞳は黄金色に輝き片目は眼帯で隠され、腰まで伸びた髪は本物の銀のように美しく輝いていた。そのあまりの美しさに驚いたせいで、紫蓮は変な声を上げて思いっきり後退した。
「さっ、さすがにその反応は傷つくぞ……」
「ご、ごめん!! そんなつもりじゃ……」
少女がしょんぼりとした表情を浮かべると、紫蓮はまたあたふたとし始めた。しかし少女はそんな紫蓮の行動を見ると、可笑しそうに笑った。
「まったく、さっきから忙しい奴だな」
「ご、ごめん……」
もはや何に対して謝っているのかもわからない返事に、少女は少し頬を膨らませた。
「なんかさっきから謝ってばっかりだな?」
「えっ? その……」
「謝罪以外を要求する!!」
「……ど、どうも」
「なぜだ!?」
頭を抱えてオーバーリアクションをする美少女に、思わず紫蓮は笑ってしまった。すると少女はこちらを向いて笑いかけてきて、紫蓮は思わずその笑顔に見惚れてしまった。
「うむ、やっぱり人間は笑顔が一番だな!!」
「えっ?」
もしかしたら、この少女は紫蓮を笑わせるためにあんなことをしたのかもしれない。そう考えると、紫蓮の目尻から、何か熱いものが込みあげてきた。すると突然少女は立ち上がり、右手を無い胸に手を当て、胸を張って誇らしげに紫蓮に顔を向けた。
「心して聞け!!私は神に抗い地に堕とされた漆黒の堕天使、白銀 翼だ!!」
両手を広げてこちらを見やる彼女の美しさは、堕天使というよりむしろ神の使いそのものであった。
「少年よ、ワールドオブメモリーズへとたどり着きたければ名を名乗れ!! さすれば道は開かれんぞ!!」
「あはははは、花柳 紫蓮です。どうもです……」
「だからなぜなのだ!?」
しかしこのノリにはついていけそうもないようだ。ここで少年は運命の出会いを果たす、運命の歯車が廻り、激動の時代が動き始める……
誤字脱字報告、感想まってます。