それでは戦いを始めましょうか
――淫靡で――
――醜悪で――
――残酷な物語が始まる――
雨が降っている、まるで自分の気持ちを代弁しているかのように。親友を失った、妹を失った、家を失った、家族を失った、そして大切な人を失った…… それも全て、一度に。もう涙なんて出ない、既に全て出してしまったから。もう声なんて出ない、口に出す言葉は全て出してしまったから。もう歩くことなんてできない、その気力すら奪われてしまった。周りを見渡せば人、人、人―― 全ては私を追いかけてきた追っ手、そして私が殺した人たち……
「こんなところで、何をしているんだい?」
突然声をかけられる、するとさっきまで降っていた雨が止んだ。いや違う、私たちの周りだけ降ってないのだ。顔を上げる、そこにいたのは男性とも女性とも思える人だった。真っ白で夜明けの太陽のようにほのかに明るく、温かい笑みを向けてくれる。そんな彼/彼女はまるで神のように神々しく、悪魔のように恐ろしかった。私は彼/彼女の問いかけに答えることができなかった、もう口に出す言葉は全て出してしまったから。いつまでも何も話さない私に、彼/彼女は少し困り顔をしていた。違う、そんなつもりじゃない。そう言いたくても声は出ず、ただ時間が過ぎていった……
「そういえば自己紹介がまだだったね、僕の名前は王だよ」
すると彼/彼女は唐突に自己紹介を始めた。それは苗字とも、名前とも思えた。彼/彼女の男性とも女性とも思える声が、少し気持ちよかった。でも、私に名乗れる姓なんて、名前なんて奪われてしまったのだ。すると彼/彼女は気がついたのか気を使ってくれた。
「別に、名乗らなくてもいいんだよ? ただ、君が何をしているのか知りたかったんだ」
この時私には、彼/彼女が救世主に思えた。だから、ここで見捨てられないために私は必死に名前を思い出した。
「……霞、霞です」
やっと、声が出た。それが嬉しくて今度は涙が出た。もう出ないと思っていたものが出る嬉しさを噛み締めた。すると、さっきまで全く開かなかった口がどんどん開くようになってきた。
「あなたは、神様なんですか?」
なんとなく、そんな質問が出てきた。私には彼/彼女が人間には思えなかったから。すると彼/彼女は一瞬悲しそうな顔をして、私に目線を合わせて話しかけてくれた。それは、幼子に言い聞かせるような優しさがあった。
「いいかい、これから大切なことを教えるよ。心して聞いてくれ」
それには真剣味があった、だから私は頷いた。
「もう、この世界には神様はいないんだよ……」
それを聞いて私は、ショックを受けた。唯一恨める存在が、もういないのだ。もし彼/彼女が神であるのなら、それで復讐が果たせたというのに。そう考えると、また涙が出てきた。嬉しかった。
「僕はね、その逆なんだ」
彼/彼女は話してくれた、自分がどういう存在なのかを。害界敵性存在、彼/彼女はそう呼ばれる存在らしい。世界に存在しながらも、その世界を壊さんとする者たち。彼の話を聞いて、希望が湧いた。
「それじゃあ改めて自己紹介しよう、王、“神殺し”の王だ……」
そして私は気がついた、神がいない理由を。目の前の彼/彼女のせい/おかげなんだと……
「私を、連れてって」
気がつけば、そんなことを口走っていた。それでも彼/彼女は笑顔で答えてくれた。
「ダメですよ、私は、世界を壊してしまった……」
「それでも、私はあなたについていきたいのです」
どのみちこれから行くあてもない、どうすればいいのか途方に暮れていたようなものだ。すると彼/彼女は少し困ったかのような顔をして、何かをひらめいたのか手をぽんと叩いた。
「そうだね、それではこうしようか。君には僕の弟子になって僕の手伝いをして欲しいんだ」
「わかった、今から私はあなたの弟子です。よろしくお願いします……」
深々と頭を下げると、彼/彼女が慌てて止めてきた。それが嬉しくて涙が出た。そして彼/彼女は私に手をさし伸ばしてくれた、私はその手を取って立ち上がり、一歩を踏み出した。また、もうできないと思ってたことができて嬉しかった。
◆◆◆数年後◆◆◆
あれから長い年月が立ち、私は自分の住む街の夜空を見上げていた。空は晴れ渡り、星が視界いっぱいに広がっている。彼/彼女の手伝いというのは簡単なことだった。異世界よりの侵略者、世界に仇なすもの、星を食うもの、すなわち害界敵性存在。彼/彼女の手伝いとは彼らを排除することだった。彼/彼女曰く、同じくくりであっても違う存在であるらしい。それに、彼/彼女に言われなくとも私は戦うだろう。
「……ついに、始まるのね」
一筋の流れ星が闇夜を切り裂く、これは合図だった。あれこそが害界敵性存在が訪れた証拠、私たちの、敵。短刀を握る手に力が入る。今度こそは奪われない、今度こそ守るんだ。
「それでは戦いを始めましょうか、私たちがこの世界を滅ぼすのが先か、あなたたちが世界を壊すのが先か」
零都、人口200万人を超えるこの開発都市で、人知れず争いの狼煙が上がった。
――この時、激動の一年が幕を開けた――
前書きは特に意味はありません。
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