予言の功罪
「そなたがリチャードのもう一人の娘か?」
「はい。フィニアと申します」
フィニアは教えられたとおりに挨拶をする。
フィニアは非公式に国王と対面していた。
国王ウィリアムは父リチャードの兄でフィニアには伯父にあたる。
豊かな金髪の、男らしい顔立ちの王様だ。皇太子は母親似なのだろう。
「このたびの不手際はすまなかったな。宰相の勇み足であった。意図してなかったこととはいえ、女子に傷を負わせてしまうとは」
「もったいないお言葉です」
非公式とはいえ、王が謝罪し、フィニアがそれを受けたことになる。
この会見はそれが大事なのだ。
これであの一件は終わったことになる。
フィニアが動けない間王宮から医師が来ていた。フィニアは知らなかったが謝罪の手紙が毎日来ていたらしい。体がよくなるまではと目に触れさせないようにしていたようだ。面会を望む人もいたらしいが……家人以外には……会っていない。
ゆっくり休めるようにという心遣いだ。
治療中、それはそれは手厚い看護を受けた。
あーん、など序の口で、できれば忘れ去りたい黒歴史を積み重ねた。体が動かないから仕方なかったが、羞恥心で死ねる。一日も早く動けるようになろうとがんばる原動力になりましたとも。
傷が治ったからには、これからはただの一村娘ではなく大公家の姫としての行動が求められる。
「フィニア姫、この度は申し訳ないことをいたしました」
列席していた宰相だという中年の男がフィニアに話しかけた。
「そのことはもう――」
「それはそれとして、聞いていただきたいことが――」
「マイスリー殿」
なにかを言おうとした宰相にリチャードが微笑みかけた。
「そのことなら、先ほども言ったよね――寝言は寝て言え――と」
フィニアは背筋が凍った。
顔は笑っているのに――笑顔なのに回りの温度を氷点下にする氷の微笑みだった。
お父様、寒いです。
ブリザードです。
リチャードが発する何かに国王すらなにもいえなかった。
「では陛下、娘もまだ病み上がりなのでここで失礼いたします」
「う、うむ。養生いたせ」
王宮からの帰り道、リチャードは普通に戻っていたがフィニアはちょっと恐かった。
「顔色が悪いね。やっぱりまだ早かったかな? 疲れた? 屋敷までもう少しだから我慢しておくれよ」
「いえ、お父様……大丈夫ですわ。それより、宰相様はわたしになんの用事があったんでしょう?」
「ああ、あれか」
思えば謁見の前リチャードが呼ばれたのが宰相の部屋だった。
そこでナニカがあったらしい――
「縁談だよ。君と皇太子殿下のね」
「え?」
それはない。
天地がひっくり返ってもありえない。
「マイスリーは君とレオンハルト殿下を結婚させたいらしい」
「無理です!」
フィニアは即答した。
「だよねぇ。陛下も殿下もご存じない。もちろん僕も頷く気はないよ。血縁でもないものが突然言い出すなんて、こんな縁談は本来あり得ない。困ったものだよ」
「どうしてそんなことを!」
レオンハルト殿下はいちおう皇太子である。国王陛下は一人しか子供に恵まれなかった。ゆえにどんなものだろうと皇太子である。その妃となれば未来の王妃。
無理無理無理! 絶対無理!
フィニアは頭を抱えたくなった。
身分で言えば――大公家の姫君であるフィニアは王妃に相応しくないわけではない。むしろ可能性としては候補の筆頭であってもおかしくないが――庶民育ちの身としては皇太子妃など恐れ多くて絶対できない。
リチャードが困ったような顔をした。
「生誕の予言のせいなんだよね」
「生誕の予言?」
「そう。ローズもそれに振り回された。知っているだろう? 我が国では王侯貴族に子供が生まれると祝いに予言を贈るんだ。君たちの予言は『国を救い愛するものと結ばれる』『王となるものを助けその伴侶となる』だった」
「なんですか! その無駄に豪華な予言は!」
「いやぁ、君が勝手に養子に出されているって知らなかったから、二つともローズへの予言だと思われてねぇ。大変だったよ」
ひとつの事柄を別方向から表現したものだと思われたのだ。
「大変だったのはなんとなく分かりますが――どのように?」
「まず、国を救うとか王となるものを助けとかいう部分のせいでやたらと期待をかけられてしまってねえ」
それはなんとなく分かる。
「『王となるものを助けその伴侶となる』という予言があいまいな部分があるだろう?」
「あいまい?」
どう考えても皇太子妃になるという意味にしかとれない。
「つまりね『王となるもの』であって、レオンハルト殿下であるとは限らない。ローズが『愛するもの』が次の『王』であると考える者がいたんだ」
「なんですか、それ! なんでそんなことに!」
はははとリチャードが渇いた笑いをもらす。
「人は自分のいいように解釈するものだからねえ。そんなわけで、次の王になりたい輩がローズの回りにたかったんだよ」
「……お姉さま……」
王位後継者候補は一人ではない。血統をさかのぼれば数人はいる。リチャードとローズ自身もそのうちに入るが、従兄弟や又従兄弟がいるのだ。
「あの子はしっかりしていたから大丈夫。僕達もついていたから。まあ、そんなわけで、そういう輩を一掃したい宰相殿は皇太子殿下とローズの婚姻を望んでいたんだよね。皇太子もそれには乗り気だった。ただ、ローズには別に想い人がいたんだけどね」
「義兄さまですか?」
ローズが選んだのは穏やかな魔術師の長。
「そう。おかげで妨害が酷くてね。あの子が戦争を止めるなんて無茶なことをしたのはそれが原因なんだよ。あの子はどうしてもシーリスがよかったらしくてね」
……逞しいわ、お姉さま。尊敬します。
「人事じゃないよ、フィニア」
「え?」
「『国を救い愛するものと結ばれる』がローズの予言なら『王となるものを助けその伴侶となる』はフィニアの予言だ。今までローズ狙いだったやつが君のところに来る。宰相はその魁に過ぎない」
「――」
フィニアは硬直した。
「君のお披露目に舞踏会にでる事になっているけど、君の関心を引こうとするものがあとを絶たないだろうね」
「お披露目っっ!! 舞踏会っっ!! そんな! わたしはなにをすればっっ!!」
「綺麗に着飾って、ほほほと相槌を打ちながらご馳走をつまんでいればいいよ。マナーとダンスに関しては教師をつけるし。まあ、覚えられなくとも君の不興を買いたいものがいるとは思えないけどね」
リチャードはイイ笑顔で請け負った。
「綺麗に着飾るといっても……」
ドレスや装飾品の類は持っていない。
「亡き母に代わって色々してあげたいって、ローズが張り切って準備しているよ。君に似合いそうなデザインももう決定しているし、ドレスはそのうち仮縫いに来るはずだよ。装飾品も発注済だ」
いつの間に! というか、いつ採寸したのだろう?
「夜会のときはなるべく一人にならないようにね。何かあったらすぐ回りに助けを求めなさい。なにかされたら言いなさい。僕が潰してあげるから」
ナニをどこまで、どう潰すのだろう? 恐くて聞けなかった。
頼も恐ろしいです、お父さま。
「でもっ、なんでっ、そんな解釈に?」
フィニアは大公家令嬢に過ぎない。女であるため王弟の娘とはいえ後継順位は低い。そのフィニアと結婚したからといって次の王になれるはずがない。
「まあ普通に考えたらそんなふうに思うことのほうがおかしいんだけどね――生誕の予言は特別だから――そもそも君が勝手に養子に出され、二つの予言がローズのものだという誤解があったから『国を救い愛するものと結ばれる』という予言は成就した。ならば――君が養女にされたことも何か意味があるのかも知れないね。最初から大公家の姫君として育てられていたら――最初から双子姫として育っていたら別の運命を歩いていたかもしれない」
恋愛フラグは立たないのに別の色んなフラグを立ててしまったような気がします。
いつになったら立つんだ恋愛フラグ!!