閑話 顛末
喉が渇いた――水が欲しい。空腹は酷くなるばかりだ。
どうしてこんなことになったんだろう?
フロウは牢の隅でうずくまってぼんやり考えた。
本当ならこんな扱いは違反だ。
囚人にも毎日食事を与えなければならない。
フロウ達数人をひとつの牢に閉じ込め、食事も与えず、水もまとめて決まった分量しか与えない。
牢番が気の毒そうに教えてくれた。
自分達の待遇は特別なのだと。四日間絶食と、一人コップ一杯分の水をまとめて与えるように決められていると。そして牢の中で争いを起こしても止めてはならないし手当ても禁じられていると。
どうしてこんなことになったのかといえば、とある人物へのあつかいが原因だ。
フロウは兵士だった。関所のひとつの下っ端ではある。
ある日大きな荷物をくくりつけた馬が関所に駆け込み、替え馬を頼まれた。
囚人の護送ということだったが、本来なら馬にくくりつけて荷物のように運ぶのは違反である。
関所の兵士の一人が抗議したが、『どんな手を使っても大至急王宮に連行するべし』という触れが出された囚人だと乗り手が突っぱねた。結局は上司の一人が承諾した。
異議を申し立てた兵士は激怒し、上に報告すると言っていた。
しかし多くの兵士は上司に逆らわない。直接の上司に睨まれれば出世できなくなるからだ。フロウは上司に従い馬の仕度をした。
件の兵士ジャスはこんな扱いは不当だと最後まで抗議していたし、囚われていた少女に水を与えた。それ以上に何かをしてやろうともしていたようだったが、乗り手と上司によけいなことをするなと止められた。
それが分かれ道だった。
上司とフロウは突然王都に呼び出され牢にぶち込まれたがジャスは関所に残っている。
牢にはあの乗り手だけでなく何人もの兵士が同じ部屋に放り込まれた。
そこで囚人と思っていた少女が大公家――すなわち王族の分家の息女だと教えられた。
本来なら斬首されてても不思議ではない。だが、手配書の文面のせいもあるのでそれは免れたが――特別扱いの処罰――虜囚への虐待のみへの罰だといわれた。
それが、少女が味わった四日間の絶食だった。
水は――どうもジャスのようにあまりの扱いに情けをかけた兵士が水だけは飲ませていたようなので、一日コップ一杯だけは支給された。
しかしそれにありつけたのは最初の一日だけで、すぐに奪い合いが始まった。最初は地位の高かったものが譲るように言い出し、今はそんなものは関係ないと若いものが反発した。すぐに殴りあいになった。乱闘に巻き込まれないよう隅に避難したフロウは牢番が止めないのを不審に思いこっそりたずねると――争いが起きても止めない、期間が過ぎるまで手当てもしてはならないと厳命されているのだと教えてくれた。
水を巡って争いが起きるのを見越していたのだろう――むしろそれが狙いか。少女には殴られた後があった。自分達の手は汚さずに互いに痛めつけあわせるのが目的だ。
フロウはせめて最少の苦しみですむように争いごとから逃げ続けた。
最初は水を巡っての争いだったが、次第に互いに責任を擦り付け合って喧嘩をするようになった。最初に少女を連れてきた乗り手や、捕らえた兵士が槍玉に上がった。
フロウは隅に逃げ込んで、ただ飢えと渇きに耐えた。
刑期の四日が過ぎてやっと牢の扉が開けられたときには同じ牢に入っていたものはボロボロだった。
やっと傷の手当てがされ、食事と飲み物が普通に出された。
丸四日なにも食べていなかった身には涙が出るほど旨かった。
湯を使うことも許され、それぞれ任地へ帰されるそうだ。だが、免職されたそうで、荷物を引き取りに帰るだけだ。
これからどうしようか?――そんなことが考えられるほどゆとりが出てきた。
「そういえば……迷惑をかけたお嬢さんはどうなりました?」
縄で馬にくくりつけられて運ばれたのだ、酷い傷だったに違いない。
「なんか魔法が効かない体質らしくてな。まだベッドを出られないらしい。男でも四日の絶食はきついだろう? 縄でくくられていたのはもちろん、暴力も受けていたらしくて弱っていたそうだから、回復も遅いんじゃないのか?」
予想以上の惨状にフロウは言葉を失った。
事件からもう半月は経っているのだ。それであれだけの罰となったのだろう。
「……もうしわけないと……」
「ああ、伝えとこう。お前さんも災難だな。俺がお前さんの立場でも上司の命令には逆らわんだろうからな」
リクエストにありました兵士達の顛末です。
死者はいませんが、軒並み心を折られているかもしれない……比較的ましな人を語り手にしてみました。
これが捕らえたグループだとか運んだ兵士だともっと悲惨な目にあっているでしょうから。
本編はいま一生懸命フラグを立てようとがんばってます。フラグ……あれってどうやったら立つんでしょう……(遠い目)……