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強欲の報い

 その男は糸のような細い眼をしてにこやかに笑っていた。ブラウンの髪もきっちりと整え、仕立てのいい身なりをしている。

「アッテンハイムさんですね? わたくしはノールと申します。お見知りおきを」

「なんだね、あんたは?」

 商売の邪魔だと言いかけてアッテンハイムはやめた。

 男の身なりがあまりにもよかったからだ。なにか金になるかもしれない。

 アッテンハイムは散々だった。

 もう少しでフィニアと引き換えに大金が入るはずだったのに、あの小娘はなにか大罪をやらかしていたらしい。兵士に引っ立てられていった。

 当然グラトニーは罪人の娘に金を出せるかと前金の返還を求めてきたし、あれ以来商売がうまくいかない。

 今までは良くも悪くもフィニアが客を呼び寄せていたのだし、商品の値段や品質に気を使っていた。

 フィニアちゃんがいたから来ていた――今までの常連はそういって遠のいたし、近所の人間はあのときのアッテンハイムの行動を非難し店によらなくなった。

 おまけに女手がなくなった家は悲惨な状態になった。人は雇えないし、アッテンハイムもグランも炊事洗濯掃除などできない。今までは全部フィニアにやらせていたものを、自分達でしなくてはいけなくなった。

 料理は焦げるか生。味は食えたものではなく、かといって外に食べに行けばその分金がかかる。洗濯、掃除など、女手のありがたさを骨身にまで思い知った。おかげで店も家も汚れ放題。服も異臭を放っている。

 おかげでより客足が遠のくといった悪循環だ。

「実はフィニア嬢のことでお話が」

「帰ってくれ! あんな小娘は知らん! わしの子じゃない! あいつがどんな罪を犯そうが、わしには責任がない! 無関係だ!」

 ノールと名乗った男は手をふって否定した。

「いえいえ、お嬢様はなんの罪も犯しておりません。わたくしは誤解をときにきたのです」

「誤解?」

「はい。お嬢様は罪人ではありません。あってはならないことですが、配布のさいの誤解が浸透しまして、功をあせったものが罪人と思い込んだだけなのです」

「じゃあ、無実だったのか?」

「そのとおりです。すでにお嬢様に無体を働いたもの、誤解となる間違いを犯したものは罰せられております。しかしながらあまりにも手荒に引き立てられたためここでの誤解を正しませんと、お嬢様の名誉にかかわりますので」

 ノールはまずフィニアの生家の話を始めた。

「フィニア様はやんごとなきお生まれの方です。しかしながら、母君が他国より嫁いでこられた方でして、あちらの国の風習に従ってだんな様にも知らせずお嬢様を里子に出しておしまいになられたのです」

 アッテンハイムはノールの言葉を疑わなかった。フィニアを引き取るとき、養育費として大金を渡されたのだ。普通の家庭が二十年は軽く暮らせる金である。生家がとてつもなく裕福な家であることは間違いない。うまくすればもっと甘い汁を吸えると思っていたのだが、結局生家がどこなのか分からなかった。

「そして、お嬢様のことが旦那様の知ることとなり、慌てて探させたのですが、元の商家は没落しておりまして、行方が知れませんでした」

 アッテンハイムは投機に失敗して田舎に引っ込んだのだ。それがなければ生家からもっと金を搾り取れただろう。

「もうしわけありませんな。商売に失敗して店を潰してしまいましたので」

「そこで我々は働いていた人達や伝を頼りまして探していたのですが、王宮で働いております知り合いが勝手に独自に探させたのです。あまりにも焦っていたため、末端に行くほど話がおかしくなりまして、罪人と間違われてしまったのです。お恥ずかしい」

「ではフィニアは……」

「生家にお帰りです。このままこちらの方で引き取らせていただきます。問題はございますか?」

 アッテンハイムは頭の中で計算した。

 ごねて取り戻しても、グラトニーのところとの約束はもう駄目だろう。金は惜しいが、あちらが引き取る気がない。それよりおとなしく渡していくらかもらうほうがいい。

「そういうことでしたら仕方ありませんな。わしは親御さんが承知の上で里子に出したとばかり思っておりました。今まで手塩にかけて大事に育てておりましたが、涙をのんでさしあげましょう」

「感謝いたします」

 ノールはにこにこ笑っていた。

「それで……あの、ご相談ですが……わしらはあの子のせいで大金を要求されております。しかし、このように貧窮しておりまして――ご実家の方でなんとかたすけ――」

 その瞬間、アッテンハイムはノールに胸倉をつかまれ締め上げられた。

「なっなにを!」

「お嬢様のせいだと? 自業自得だろうが、この業突く張りめが」

 にこにこと顔は笑っているのに声は氷だった。

「『手塩にかけて大事に』だぁ? こっちはお前んとこの使用人から話を聞いてんだよ。お情けで拾ってもらった捨て子と罵り、使用人にも劣る扱いで働かせていたってな」

 一気にアッテンハイムの血の気が引いた。

「この話を聞いたときの俺の気持ちがわかるか? ぶっ殺してやりたくなったよ、豚野郎。大事なお嬢様を貴様ごときに預けた侍女にもな」

 ノールはまだ笑っている。

「落ちぶれた後もお嬢様を手放さなかったのは、高く売るためか? グラトニーとの話も聞いた。後妻とは真っ赤な嘘で最初から婚姻するつもりはなく、息子と一緒にお嬢様を陵辱して飼うつもりだった。お前もそれを知っていた」

「な、なにを証拠に!」

「本人に聞いたぜ。前金を渡すときに了解をとったと。話が駄目になったんで金を返すように迫られている――そうだな?」

 ぎりぎりと絞められ、アッテンハイムは息ができなくなった。

「ぐぐぐ」

「自業自得だ。金は自分で返せ。そしてお前は自分で言ったんだ、あんな小娘は知らん! 無関係だ! とな。だから――命だけは助けてやる。今後お嬢様に関わるな! 万が一お嬢様に付きまとったら息子ごと消してやる。わかったな?」

 ノールが手を放した。アッテンハイムは空気をむさぼり咳き込んだ。ひいひいと泣きながら這い蹲る。

「ご主人、ご返答を」

「も、申し訳ありません。もう二度とフィニ……お嬢様の前には現れません。どうか、勘弁してください。わしが悪うございました」

 アッテンハイムは泣きながら謝罪した。

「ではご主人、もう二度とお会いいたしませんがごきげんよう」

 ノールは最後まで笑顔を崩さなかった。


 できれば殺してやりたかったが、あまり血を流すのはよくない。アッテンハイムの所業を報告したとき、アッテンハイムに姫様を託した侍女は泣き崩れ、その場で命を絶とうとした。死なせてやればいいのに、ご主人様は愚かな侍女を救い、後悔しているのならその分姫に尽くせと命じた。

 ならば自分が勝手に豚野郎を処分するわけにはいかない。もっとも放っておいてもすぐに破滅するだろう。手を汚すまでもない。

 色ボケ老人の落とし前もつけさせた。

 実際に手をつけたわけではないが、お嬢様を性奴隷に落とそうとした愚劣極まりない輩を野放しにするつもりはなかった。

 もう跡継ぎも孫もいることだし、()でなくなっても問題はない。むしろ問題が減って家族も助かるだろう。

 お嬢様の生家の身分を出したとたん、顔色が紙のようになった。大公家を敵に回したと宣告すれば親子ともども床に這い蹲って謝罪した。許す条件をつきつけてやれば、そればかりはと泣いて許しを乞う。

 不埒なことを言い出した先代は許さず、当代だけは許した。この差が不和に繋がれば面白い。

 色ボケ老人達はその鬱憤を豚野郎にぶつけるだろう。

 できるだけ惨めな最後がいい。

 さっさと滅べ。

 侘びの印は――こんな汚いものをお嬢様の目に触れさせるわけにはいかない。犬にでも食わせよう。

 ノールは自分の想像にわくわくした。

 お嬢様が気にされていた顔見知りに無事を伝えると、皆泣いて喜んだ。幸せになってくれと伝言をたくさん与った。グラトニーの企みをいち早く伝えてくれたという下働きの女は一番喜んで、さらにグラトニーの内情を教えてくれた。いくら感謝してもし足りない。

 お嬢様も喜んでくださるだろう。

 ノールの心は一点の曇りもなくはれていた。

何を犬に食わせるのかは考えないほうがいいです……ノール無双状態。

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