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運命は動き出す

 ふと目が覚めるとまだ日は高かった。寝台は柔らかく、寝具の寝心地もこの上なくいい。薬がまだ効いているのか傷の痛みはなかったが、とにかく眠気がする。

 部屋に他に人気はなかった。

(もうちょっと寝よう。どうせ体動かないし)

 骨に異常は無いようだが、打ち身や打撲がいたるところにあるそうだ。擦り傷などは数えるのが虚しくなる。今のフィニアは包帯とガーゼに包まれ原型が分からないほどだ。

 ふと風を感じて顔を向ければ――勝手に窓を開けて入り込もうとする若い男と目が合った。

(――誰?――)

 豪奢な金の巻き毛に青い瞳。高価なものだと一目で分かる衣装。身分ある家のものだと思うのだが、なぜ窓から――

 男は本来整った甘い顔立ちなのだろうが、それを嫌悪するように歪めていた。

「貴様がローズの代わりか?」

「……」

 姉を呼び捨てにし、自分を“代わり”呼ばわりする男にフィニアは嫌悪を覚えた。

「俺は認めん! いきなりふってわいた“代わり”なんぞ、いらん! 貴様など見つからねばよかったのだ!」

 フィニアは腹が立った。

「誰が代わりよ! 失礼ね!」

「はっ! 貴様だ! 貴様などローズの代わりだ! どんなものかと見にきてみれば、包帯女、貴様本当にローズの妹か? 騙りではないだろうな? その格好ならどうとでもごまかせる」

 フィニアは怒りのあまり言葉を失った。体が動くなら、枕のひとつもぶつけてやるところだ。

「十八年存在さえ分からなかった妹など、誰が信じるものか! 急遽取り繕った偽物だろうが! なにが目的だ? 金か? 地位か? 言ってみろ」

「なに言ってんのよ、あんた! ばっかじゃないの!」

 体さえ動けば――動かない体を心底恨むフィニアだった。

「ばかだと!」

「ばかじゃない! それに礼儀知らずだわ! とっとと出て行きなさいよ!」

「出て行くのは貴様のほうだ! 化けの皮をはいでやる!」

 窓を乗り越え、包帯を剥ぎ取ろうとでもいうのか男はフィニアに手を伸ばし――慌てて引っ込めた。

 男が避けたナイフが窓を通り過ぎ庭のほうに消えていく。

「申し訳ありません、お嬢様! 侵入者はすぐ排除いたします!」

 開け放たれた入り口には火かき棒を引っつかんだノールがいた。顔は穏やかに笑っているのに――背筋が凍るようなプレッシャーを振りまいていた。

「ノールさん!」

「ふっふっふっふっ、我が家の警備はなにをしているのでしょうね? こんなどでかい異物を見逃すとは。後で訓練のしなおしですねぇ」

 ノールは火かき棒を武器のように構えた。

「まっ、待て、ノール! 余だ! レオンハルトだ! 怪しいものではない!」

 ノールと顔見知りなのか闖入者は慌てて名乗る。レオンハルトといえば――この国の皇太子と同じ名前だ。

(……――偶然よね――)

「ふっふっふっふっ、どなたのことでしょう? よくある名前ですねぇ」

 ノールはぴたりと火かき棒の先端をレオンハルトと名乗った男に向けたままだ。

「ふざけるな! 余を忘れたとは言わさん! この顔を見忘れたか!」

「ふふふふふ、同じ名前の我が国の皇太子様なら知っておりますが――まさか皇太子ともあろうものが、触れも出さず貴族の屋敷に現れるわけはないでしょう? 忍びとしても門を通るはず。まさか塀を乗り越え、庭をつっきり、昼間とはいえレディの寝室に窓から押し入るような闖入者が我が国の皇太子? 不敬ですな。そんなことが、あるはずがない――そうでしょう? 今日、この屋敷に来客はございませんでした」

 そうよね、あるはずがないわよね――フィニアは現実逃避した。

「ノール!」

 レオンハルト(自称)が悲鳴をあげた。

「王族を騙り、お嬢様を罵る犯罪者はとっとと排除しましょう」

 くくくくくっと喉で笑うノールにレオンハルト(自称)が焦って剣を抜く――フィニアには見えなかった――いつの間にか入り口近くにいたはずのノールがレオンハルト(自称)に肉薄していた。レオンハルト(自称)の手に握られていた剣はどこかへ消えていた――レオンハルト(自称)が抜いた瞬間ノールが間合いをつめ、剣を火かき棒で跳ね飛ばしたのだ。

「ふっふっふっ、昼間とはいえお休みになっておられるお嬢様の寝室に若い男が侵入するなど、あってはならぬこと。お嬢様の名誉にかかわります。我が屋敷の警備の汚点です。なかったことにしなければ。戯言を撒き散らす闖入者は刻んで家畜に食わせましょう」

「悪かった! 余が悪かった! 無法で無礼であったかもしれん! ゆる――」

 これは夢よ――あの穏やかそうなノールさんが自国の皇太子を火かき棒で滅多打ちにしているなんて――うん、夢だわ。まだ薬が効いて朦朧としているのよ、わたし――皇太子を刻んで家畜に食わせるなんて――ない、ない、絶対ない。

「――寝よう」

「寝るな! 助けろ!」

「幻聴よ。まだ薬が効いているんだわ。夢よ、夢」

 フィニアはとりあえず眠った。

「ノールさまあぁぁあああ!」

「おやめください! 皇太子様です!」

「気を、気をお静めくださいぃぃ!」

 警備の兵士が三人がかりでノールを羽交い絞めにし、一人がノールとレオンハルトの間に立ちふさがった(勇者だ)。

「なにをいうのですか? 他家の屋敷に忍び込む皇太子がどこにいると? こんな大きな異物を見逃したお前達の目は節穴もいいところですね。そんな役立たずな目は捨ててしまいなさい」

 ()る気だ。本気で殺る気だよ、この人。自国の皇太子を殺る気だ。

 警備のものは恐れおののいた。

 もちろん警備の兵士はレオンハルトに気づいていた。だが、兵士達はレオンハルトを見知っており、権力に物を言わせてレオンハルトが押し通ったのだ。

「お、お嬢様の部屋を血で汚すのはどうかと!」

「眠っておられます。お部屋で騒ぐのはさけられた方がよいかと」

 皆がノールを説得している間に一人が主人の元に走った。

 眠るフィニアを見てノールが舌打ちした。

「……それもそうですね。ではお前達、侵入者を牢に入れておきなさい。今度こそ職務をまっとうするように」

「はい」

 かくてラゼリア大公家の使用人たちはノールによる皇太子惨殺を防いだのだった。


 ふと目が覚めると部屋にアリアがいた。

「お目覚めですか? お嬢様。お食事は?」

「貰うわ」

 フィニアが応えるとアリアが部屋の外に声をかけて、すぐさま食事が運ばれた。まだ消化によい病人食だが、だいぶ食べられるようになった。

「お目覚めと聞きまして、お薬をお持ちしました」

 ノールがいつもどおり薬を運んでくる。

 いつものようにノールは微笑んでいる。

(うん、あれは夢よ)

「お加減はいかがでしょう?」

「だいぶいいわ……変な夢を見たけど」

 窓の外の立ち木に突き刺さっているナイフはきっと幻覚。

「――夢でございますか? どのような」

「……思い出したくないわ」

 食事を終えて薬を飲むとまた眠気が襲ってきた。どうもこの薬は眠気を誘うものが入っているらしい。

「そうだ……ノールさん、わたし……ああ、手紙も書けやしない」

「どうなさいました」

「ここにつれられてくるとき、かなり強引につれてこられたのよ。前の……家族はどうでもいいけど……近所のおじさんやおばさん、知り合いの人に無事だって知らせたいの……でもこの手じゃ手紙も書けない」

「ではご近所の方に無事だと知らせましょう。それでよろしいですか?」

「うん、怪我のことは言わないでね。心配させるといけないから。こっちで本当の家族と暮らすって伝えて」

「かしこまりました」

 そうしてフィニアは眠りについた。

現実逃避はいくない。現実を見ろ~庭に剣が突き立っているから。


皇太子さまの顛末は……書かないとまずいだろうな。なんで彼があんなことをしたのか書かないと続かない。

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